« 槌田『CO2温暖化説は間違っている』の間違い | トップページ | 非難ばしご »

2007/07/20

真鍋モデルを貶める槌田(『CO2温暖化説は間違っている』の間違い、その2)

 地球温暖化が人為起源のCO2によることが、多くの科学者のたゆまぬ努力によって、次第に明らかになった来た研究史の中で、金字塔ともいうべき画期的な業績がいくつかある。ハワイ・マウナロア山でのキーリングのCO2濃度観測などがその一つだが、コンピューターを使って気候予測をする分野で画期的な仕事をしたのは、日本人の真鍋淑郎(プリンストン大学)であった。1967年、真鍋が共同研究者と書いた論文について、ワートは『温暖化の〈発見〉とは何か』の中で(143頁)、

 温室効果による温暖化のモデル計算が、専門家に理にかなったものだと見られるようになったのは、このときが初めてのことだった。温暖化に本質的な要因が十全に計算に取り入れられたと認められたのだ。専門家の一人であるブロッカーがのちに振り返って言っているが、この1967年の論文こそが、「これ(温暖化)は憂慮すべき問題なんだと、私を確信させたもの」だった、と。【上記書の翻訳がこの部分はやや生硬であったので、原文から私訳】

 と書いている。この真鍋の業績について、槌田は『CO2温暖化説は間違っている』の中で、とんでもなく見当違いの批判をしている。そのことを少し詳しく検討してみよう。

真鍋の鉛直一次元モデル この真鍋論文は、温暖化のシミュレーション計算の手法と見通しを初めて与え、その後の大展開を導いたのだった。当時のコンピューターは、現在の私たちが想像できないくらい貧弱な性能しか持っていなかった。そこで真鍋は地球の大気を、一本の柱にモデル化して計算した。3次元的に地球表面に広がっている大気を、同じ高さの大気の層を柱の上の一点に代表させるのが工夫だった。そして各点の間での放射(暖められた地表から放出される赤外線)のやりとり(吸収と放出)と、空気の流れ(すなわち対流)を、時間的に変わらない状態(定常状態)になるまで、計算機を走らせて、シミュレーションした。大気の一番上で入ってくる太陽の放射と地球から出ていく放射のエネルギーが等しいこと、地表では下向きの放射エネルギーと上向きに対流によって持ち去られるエネルギーが等しいこと、が境界条件になる。それ以外に仮定されたのは、対流が安定するように、高度とともに温度が低くなる限界値を1kmにつき6.5度としたこと、水蒸気に関しては、温度によって決まる相対湿度が一定、ということだった。

放射対流モデルがCO2温暖化を明示した この計算の結果、大気の高さ方向で、温度がどのように変わるかが初めて計算できた(後述、二つ目の図)。それは実測された温度変化とよく合った。そこで、真鍋は、大気中のCO2の濃度を変えてみた。当時知られていた300ppmに対して、それを倍にした場合と、半分にした場合の計算を行ったのだ。その結果が、同業の専門家たちにはじめて、「これは理にかなっている。温暖化は問題だ」と確信させた有名な図である。オリジナル論文が手元にないので、1985年に真鍋が書いた総説「二酸化炭素と気候変化」から引用する(岩波『科学』Vol.55, No2, p.84-92)。CO2濃度が2倍になると、高度・対・大気温度の曲線が変わり、その結果、地表温度は約2度(正確には2.8度と引用する人もいる)上昇する。逆に成層圏では温度が下がる。大気中の対流と放射の流れをきちんと取り入れてモデル化し、CO2がたしかに温暖化に寄与することを示した初めての計算例だった。

070720manabe1

槌田の真鍋批判 この真鍋の金字塔ともいうべき成果に、槌田は噛みついている。非常に意地悪く真鍋がとんでもなくいいかげんなことをしていると読者に印象づけるような書き方をしている。槌田が攻撃対象にしているのは、上に引用したCO2効果を明らかにした論文ではなく、それに先立ち1964年に真鍋が初めて一次元モデル(大気を上にのべたように一本の柱で代表させるモデル)を確立し、高さとともに大気の温度がどのように変わるかを計算で示した論文に対してである。議論するには原図が必要なので、これは近藤洋輝『地球温暖化がわかる本』から引用する(42ページ、槌田の本では163頁)。

070720manabe2

真鍋の放射対流モデルの結果 ここで3つの計算結果が示されている。(a)は放射のやりとりだけで、対流を考慮に入れない場合、(b)は、これに対流を入れて、それが水蒸気を含まない乾燥した大気でぎりぎり安定に保たれる限界を想定した場合、(c)は、水蒸気を含んだ大気での対流安定の限界値を想定した場合である。(c)が大気の温度変化を成層圏下部まで含めてよく再現した。真鍋は、このモデルと計算結果により、大気の高さ方向の温度変化が、それぞれの高さでの対流と放射のやりとりをきちんと取り入れることで説明できることを示した。真鍋のモデルは放射と対流を両方入れるところに真骨頂がある。(a)は、対流がないとぜんぜん駄目ということを対照的に示すために計算され、図に示したものだった。

槌田は真鍋の大失敗だと これを、わざと曲げて槌田はこう書いている。(・・・)は、ここで私が論じている事柄には関係ない部分を省略したことを示す。

 [真鍋の(a)について] そのようにして得られた(・・・)温度勾配は1・7℃/100m、地表温度は60℃、つまり上の大気が重く、下の大気が軽いというとんでもない結果となった。(・・・)
 真鍋は、(・・・)いきなり計算に取りかかって、大失敗したのであった。
 そもそも、地球大気を動かない放射平衡で近似することは見当違いである。長時間の計算をして間違った結果を得て、それをパラメータで一挙に調整するというのが真鍋説である。
 そこで真鍋説では、(・・・)、この失敗を温度勾配1℃/100m(放射対流平衡)とO・65℃/100m(観測)でいきなり調整し、放射対流平衡曲線(b,c)としたのである。
 これらの条件はすでに述べたように重力場の物理学および観測事実から得られる条件であって、計算する前に考慮すべき条件であるのに、計算してから計算結果が実情に合わないと、その計算結果を対流圏では全面削除して、この当然の条件に置き換えたのである。(・・・)
 これではなんのために計算したのかということになる。この真鍋説の延長線上にあるC02温暖化説はとても物理学とはいえないであろう。
 繰り返しいう。(・・・)論理で考えずに、いきなり計算機に頼ったことに間違いの原因があったのである。(・・・)
 この真鍋論文(1964年)以来、C02温暖化説でこのような「平衡モデル」が採用されたままになっている。このようなことが許されるのは、気象学で大型計算機による計算学が主流になり、物理学つまり物事の論理で考えることがなされていないからである。

 槌田が、真鍋の理のある研究をねじ曲げて、あたかも間違いを犯したかのような印象を読者に持たせようと企んでいることが見え見えである。(a)は大失敗も何も、もともと対流のないモデルでは正しい結果は得られないことを示すためのものに過ぎない。真鍋としては、(c)が本来目的とした結果なのである。

槌田のコンピューター嫌い 槌田は、コンピューター嫌いらしい。自分の研究で一時期コンピューターシミュレーションを試みたところ、結果が発散してうまくいかなかった(モデルを考えるさいに物理思考が足りなかったに違いない)。それ以来、コンピューターは頼りにならない、物理は物事を考えることが重要で、コンピューターでシミュレーション計算をすることは間違っていると考えるようになった。そして、他の研究者のコンピューターによるシミュレーションは、事実と合うようにパラメータを調整しているだけだと無視する。あるいは攻撃する。

物理思考とコンピューター しかし、物理的現象を、その筋道を追って考えることと、コンピューターを使うことは、相反することではない。近頃の若者はコンピューター頼りで、物理思考がいいかげんだとの批判は、コンピューターに不慣れな年寄り研究者のぼやきとして、よく聞く話だ。あたっている面はたしかにある。しかしいくらしっかり考えたからといっても、数量的に結果を示さないと議論にならない場面がある。紙と鉛筆だけでの手計算では、ごく単純な推測程度しか出てこない。しっかり考え、モデル化し、コンピュータープログラムを組み、数値結果を出す。それも物理の手法の一つだ。それを物理思考がないと軽蔑するのはあたらない。

複雑巨大システムを紙と鉛筆だけでは まして気象のように巨大で複雑に要因が絡み合っているシステムを扱う場合、紙と鉛筆ではどうにもならない。槌田は「重力場での大気の物理学」などと、さもこれまでの気象学者が見逃した新理論であるかのように自説を述べているが、これまで知られている当然のことをちょっと変わった言い方に置き換えたにすぎない。むしろ、たとえば大気のそれぞれの高さでやりとりされている放射を考慮に入れていないなどの致命的欠陥があるようだ。この理論では、40年も前に真鍋が出している上記引用の曲線に相当するものすら出てこないだろう。

パラメーター調整への誤解 温暖化の予測などについて、コンピューターを回しているだけだとか、パラメーターを調整して合わせているのだから信用できないという反論がある。パラメーター調整は必要な場合があるだろう。ただ、どのように調整したかは、明らかにされている。結果は、その調整の先に、それを超えて、意味のある結果をもたらすから、理の分かる人は信用するのである。

 槌田の本には、まだまだたくさんの誤りがあるが、別の人による批判も多々あるようだ。私としては、前のエントリと合わせ、彼の異論が信用できないことを、十分明らかにしたと考えている。

 なお、コンピューターシミュレーションによる予測の問題については、以前のエントリでも書いている。参照していただきたい。

温暖化予測は検証されていない?(07/3/9)

|

« 槌田『CO2温暖化説は間違っている』の間違い | トップページ | 非難ばしご »

コメント

産総研の阿部修治氏が「CO2増加は自然現象だろうか」と題して槌田氏の論を検討しています。
http://staff.aist.go.jp/s.abe/butsuri_62_563.htm
ご参考まで。

投稿: kazu | 2007/08/06 17:13

kazu さん、

槌田氏が物理学会誌に投稿した論文に対しての反論論文をご教示くださり、ありがとうございました。物理学会からはだいぶ前に退会しましたので、反論を知りませんでした。槌田論文は文献引用で知り、コピーを取り寄せています。

このように、物理学会内で異論も採択して公表し、それに対して反論がなされるということはいいことですね。それもその分野の専門家でない方があえて反論を書かれるということは、とてもいいことだと思います。さほど専門的知識を必要としない議論ですが、自分は関係ないから、下手にかかわらない方がいいと、見逃してしまいがちです。アメリカの学界だったら、議論ががんがんなされると思います。

槌田氏の異論は、日本独特のもので、他国ではおよそ議論にもならない、変な論のようです。それが堂々と横行し、素人をたぶらかしているのはおかしなことで、私ごときが問題にしてみました。彼の熱学とか、エントロピー論もおかしいのではないかと、検討中です。

投稿: アク | 2007/08/06 20:13

《CO2温暖化説が間違っている》という点については、槌田氏の論文はむしろ枝葉の問題だと思います。
丁度ここのブログがでた2006/06/20以後、8 Jul 2007 (v1)に、これらを総括するかのように、もっと基本的かつ重要な物理的見地から以下の論文(114 pages)が出ています。

「懐疑論」というのもありますが、これらは「温室効果」まで基本的根底から否定するというものではなく、いわば内輪争い・宗派争いの、枝葉末節的な議論なので、温暖化論者もそういう点では都合よかったのではないのでしょうか。

ところが、下の論文では、そんないい加減な論ではなく、そもそも「二酸化炭素地球温暖化論」の基礎になる「温室効果」〔再放射〕というそのものが間違っている(第一種・第二種永久機関メカニズム)ということから理論物理から詳しく述べられているのです。

「温室効果」(再放射)によるとしている「二酸化炭素地球温暖化論」の存在そのものが、土台から吹き飛んでしまう非常に大きなことでしょう。これまでの不毛ないいかげんな議論に終止符を打つ決定打となるでしょう。

しかも、今まで議論されてこなかった基本的な部分ゆえ、これに「反論」を加えるのは至難の業かとは思われます。(素粒子論を含むすべての物理法則で一番基本的な熱力学第一・第二法則を否定しない限り無理と思われます。)

因みに、「温暖化問題懐疑論へのコメント」などというものも、それまで意気軒高に声高にされていたようです。しかし、なぜかこれ以後、その2007/6/15版(V,2.31)を最後に動きが完全に止まってしまっているみたいです。さびしい限りですね!。
http://www.cir.tohoku.ac.jp/~asuka/   

「二酸化炭素地球温暖化論」というものを固く信じていらっしゃるかたも。「懐疑論」の方もまずこの論文を精読するといいでしょう。

100ページを超える読みがいのある英文ですが、ご精読の上、違うと思えば直ちに「反論」し、国際的に論争を挑めばいいのです。「二酸化炭素地球温暖化論」の敵は「懐疑論」ではありません、この論点です。論理的にはすでに潰されているのです。まずここから再出発すべきではないでしょうか。(URLからダウンロード可能です。)

《論文名》:
Falsification Of The Atmospheric CO2 Greenhouse Effects Within The Frame Of Physics
Authors: Gerhard Gerlich, Ralf D. Tscheuschner (2007)
(Submitted on 8 Jul 2007 (v1), last revised 11 Sep 2007 (this version, v3))
http://arxiv.org/abs/0707.1161v3

(解説)以下に簡単に解説がなされています。
http://feliscatus.blog77.fc2.com/blog-entry-61.html
http://akumanosasayaki.blog.shinobi.jp/Entry/13/
 http://phdsamj.ac.affrc.go.jp/topic/1_1.html


投稿: 通りすがり | 2008/06/17 20:46

通りすがり さん

ご教示ありがとうございました。
これまでの議論と違って、温室効果そのものを根源的に問題にしているようですね。
これに対して、IPCCなど関係者からどのような反論がなされてきたのでしょう。
ともかく、勉強してみます。

投稿: アクエリアン | 2008/06/18 06:38

アクエリアンさま

>これに対して、IPCCなど関係者からどのような反論がなさ れてきたのでしょう。

はじめに、この論文で言ってることはごく当然の、“自然の摂理”に基ずいています。IPCCにとっても重大なことのはずですが、IPCCの表立った動きは特にないようです。しかし裏はわかりません、参考にその後の「コメント」の中にその動揺のほどをみてみましょう。

おさらいすると、条約の目的は「温室効果ガス」によって起こるとされてる「地球温暖化」防止のため、それを安定化〔排出削減〕するということです。(「気候変動枠組み条約」)

そして、温暖化の原因を条約で「温室効果=再放射」としているのです。〔枠組み条約第1条5項〕

この論文は、こうした二酸化炭素による地球温暖化論の根幹となすことです。「温室効果」については、下のような模式図がよく出てきます。
      
http://www.eccj.or.jp/summary/warm.html
基本的には、この「温室効果」・・つまり図で赤い逆J字型矢印の部分が「熱力学第二法則」に反する「第二種永久機関」メカニズムです。

簡単に言えば、この赤い矢印の部分は地表から出てまた地表に返っていて(可逆)、これが温暖化の理由だとされるのです。

しかし、熱は高いほう(内部エネルギー高い)から、低い方(逆)へ、一方的にしか流れず、決して逆は無い。・・熱の不可逆性(熱力学第二法則・エントロピー増大の法則)に反する「第二種永久機関」です。

もし逆があったら、低いほうから高いほうに熱が流れたら、真冬でも窓を開けておけば、「寒気で暖房」され「熱中症」になって「凍死」では無くて、「熱中症」で死んでしまうでしょう。寒い上にさらに「冷房」が必要で、大変なことです。

赤外線はどっちに流れてもいいけど、「熱」は「温度差」(高→低)の存在によってしか決して流れることはありません。(熱力学第二法則・エントロピー増大の法則)
  http://www.fintech.co.jp/hikaributuri.htm

「地球温暖化論=温室効果論」で地上が加熱されるとしているのは、この、熱は低いほうから高いほうへ(も)流れるという《実体の無い“トリック”》の部分によっているのです。
つまり宇宙に捨てられるべき地上からの「廃熱」の回収リサイクル(再放射)というトリックよるのです。(もちろん、自然界では、廃熱の回収=第二種永久機関)

地上(平均気温15℃)から上空に放散した熱(平均-18℃)がまた、地上に返って来て地上がそれだけ熱くなるというのです。(温室効果=再放射=第二種永久機関)

また地上から上空に放散した熱というのは、放射冷却の廃熱ですから、地上はその分冷却されるので、冷えても熱くなる事はない。(熱力学第一法則・エネルギー保存の法則)

このことに反論するためには、「熱力学の法則」(エネルギー保存の法則・エントロピー増大の法則)を改めて全部否定し続けなければならないのですから反論は無理でしょう。横目で見ながら、知らない、関わらないで行くしかないでしょう。

「IPCC」ということですが、「IPCC報告」の実態としては、それは日本の「貢献」であるのです。IPCCは「科学者」の集まりで、そこで査読して・・とよくいわれ、みんなそう固く信じて疑わないようです。

ところが実態は殆どこうした日本人が請け負ってやっているのです。これを「貢献」といいます。IPCC報告書というのは、特に筑波のあたりでは、ことによるといつも電車で隣に座っている人が作っているかもしれないのです。

だから、IPCCの反応は、参考までに日本の以下の反応と考えればいいのではないでしょうか。その意味での日本のIPCC関係者の表立った反応は特にないようですが。

というか反論はしたくともできないはずです。知らぬ存ぜぬを決め込んでるのではないかと思われる節が見て取れます。知ったら反論しないと根底から吹っ飛んでしまうでしょう。でも反論はムリです。枝葉の議論で済むような問題ではないのです。簡単なことほど広くて難しいのです。

http://www.cir.tohoku.ac.jp/~asuka/
地球温暖化問題懐疑論へのコメント〔2007年6月15日(V.2.31)〕
Last updated:2008/5/24
(1)地球温暖化問題懐疑論へのコメント〔2007年6月15日  
                 (V.2.31)〕
(2)セクター別アプローチをめぐる混乱及び今後の国     際交渉に於ける重要課題
                〔2008年5月24日版〕

(〔1〕と〔2〕では、趣旨が違いすぎ不自然です。上記(1)と(2)の二つの間(8 Jul 2007 (v1)~ 11 Sep 2007(v3))に、実は上記の決定的な重要なことが起こっているのです。

本来このことに対する反論をしなければならないはずです。

それをせずに、〔1〕の上に〔2〕で蓋をして、そそくさと尻尾を巻いて店じまいしたということではないでしょうか。

また基本的に言えば、政治と違って学問はあるいは真理というものは多数決できまるものではありません。日本は、「国際貢献」という言葉に酔いしれます。それだけが目的〔貢献のための貢献〕のようです。

各国に比べ誰が見ても実質一人負けしてるのに、金とリソースだけは湯水のように垂れ流しているのです。毎年1兆円を超える税金が主に排出権関連などに密かに支出されているのは誰もしらないでしょう。

「今後期高齢者医療制度」(姨捨医療制度)などで血も涙も無い歳出削減が行われていると伝えられます。リストラから病気になり、保険証を取り上げられ医者にかかれず、餓死する人がいます。それはことによると自分たちの未来かも知れません。今そういう社会です。

その一方で毎年100万人に100万円至急できる莫大な天文学的浪費〔1兆円!!〕が実体の無いもの〔温室効果ガス〕に使われ霧散しているのです。

それはイラク自衛隊派遣〔4年で600億くらい〕に比べても桁違いに莫大です。実体の無いものに金を捧げるということが、どれほど危険であるかわかります。人間より重要なものがあるでしょうか。

その原因は、こうした誤った「集団の暴走」にあるのです。その無駄を省くことができれば、財源なんてすぐ確保されてしまうのです。

このコメントに名を連ねているような面々が実質殆ど作ってしまっていて、査読も同じ日本人がやっているのです。どこの世界でも、たくさんの人がよってたかって決めるということはありません。誰かが元を造って、後は形式程度にテニオハ・字句合わせをして、シャンしゃんしゃんというのは何処の世界でも同じです。

日本人はIPCCなど国際的に採用されること、そのことを「至上の栄誉」と考えているようなのです。したがって反論されることに対しては人格を否定されたように思うのでしょう。それが永久機関による疑似科学であっても。
 http://www.cablenet.ne.jp/~m- 
 shine/cho_ken/believe/a.html

上記“コメント”の最初(「要旨」)には・・
「人類起源の二酸化炭素を主な原因として地球規模で温暖化するという、いわゆる地球温暖化論に対し、懐疑的なあるいは否定的な見解を取る論説が日本国内でも存在している。社会からの信頼にその活動基盤を置く科学者コミュニチテイは、こうした現状を座視すべきではないと考える。したがって、本稿ではこれらの論説から主な論点を拾い上げ、一方的なあるいは間違った認識に基ずく主張に対し具体的な反論を行う。」   
・・とある。

上記論文はこの一番前提となる「二酸化炭素地球温暖化論」の「二酸化炭素」がでてくる根本〔温室効果・温室効果ガス〕についてそれを根幹から否定するものです。まずこの重要な指摘を温暖化論者は謙虚に聞かなければなりません。
  http://arxiv.org/abs/0707.1161v3

「京都議定書」の前提である「気候変動枠組み条約」の前提事項である温室効果ガス〔前文・第1条5項,第2条〕の存在を覆すことになるのです。
    http://www.env.go.jp/earth/cop3/kaigi/jouyaku.html
  http://www.eccj.or.jp/summary/warm.html

前提事項を吹き飛ばすことに反論できないで、「負け犬」のように尻尾を巻いて、話題を終了し変えてしまうのは、《敵前逃亡》に等しいことです。今後こうしたことはないでしょう、できないでしょう。

「現状を座視すべきではないと考える。」というのだったら、即座に「反論」したらいいでしょう。それを楽しみにしているのですが、もう1年にもなるのに「心肺停止状態」が続いて触れようともしないのです。いつでも“一言でひっくり返ってしまう”ような“砂上の楼閣”にあるということがいえるでしょう。

IPCCの中核を担う者がこんなでは、なんとも情けないことだと思いませんか!?。反論もできずに敵前逃亡中の彼らに「温暖化」を語る資格、他を「疑似科学」という資格などがあるでしょうか?。まずここから考えてみる必要があるでしょう。

この論文は、こうしたことを決定的に示したものともいえるでしょう。

投稿: とおりすがり | 2008/06/18 22:14

通りすがりさん

詳しいご返事ありがとうございました。

Gerlichらの論文は、勘としてはどこか間違っているように思うのですが、しっかり読んで検討してみないと何ともいえません。私が勉強して、その誤りをいうまでもなく、どなたか専門家が何か言っているのではないかと、IPCCなどの関係者が、とお尋ねしたのでした。

ネットを検索してみますと、けっこう議論になっているようですが、ざっと見た限り、専門よりかなり外れた人がああだ、こうだといっているような風です。決定的な反論は今のところ目にしていません。たぶんあまりに変な議論なので、専門家からはまともに相手にされていないのではないかと思われます。

第二法則に反しているか、ですが、エネルギーの収支を論じているなかで、地表から放出される熱輻射のうち、大気から再放出でどれだけ戻されるかを理論的に計算するradiative transferの議論におかしなところはないと思います。純収支ではエネルギーは温度高から低へ流れていますから。また、熱力学を適用するとしたら、太陽、地球、大気の全体をひとつの系として議論する必要があるでしょう。

ただ、Gerlichらがどういう議論を展開しているかは、きちんと読んでみないといけないでしょう。どなたも結論だけをざっと読んで、鬼の首を取ったように言いふらしているように見えます。

物理屋(かくいう私もそうですが)は、すべての理学は物理が王座にいるかのように、高みからものをいう傾向があります。しかし、やはり餅は餅屋、いくら原理が分かっていても、個別の問題については、専門分野の細部をよく知ってものをいう必要があります。おまえら物理の基本が分かっていないで、計算機だけ回したり、予測をしているのではないかと、見下してものをいってはいけないのです。

それとIPCCのモデル計算ですが、第四次報告書のための第一作業部会の報告書(以下のURL)を見ますと、全世界で23の気候モデル計算が取り上げられ、その比較に基づいた総合的な結論から予測がされているようです。日本の寄与は確かに大きいのでしょうが、23の中の、3モデルを担っているだけのようです(報告書。p597-599)。あまり過大評価をしないほうがいいでしょう。
http://www.amazon.co.jp/Climate-Change-2007-Physical-Science/dp/0521705967/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=english-books&qid=1213878701&sr=1-1


確かに「集団の暴走」を危険視することも念頭におきながらも、気候科学者たちが、さまざまな観点から、検討に検討を重ねながら、どうやら辿りついたコンセンサスを尊重するのが、非専門の科学者としては、モデレートな態度だろうと、私はとりあえず見ています。

「とりあえず」と書いたのは、科学というのは、いつもとりあえずだ、と考えているからです。

投稿: アク | 2008/06/19 21:43

「地球温暖化論」には、「地球の概念」というか、まず「用語の問題」があることが指摘できると思います。

「疑似科学」という言葉がよくつかわれますが、「疑似科学」であるひとつの特徴が「用語」がしっかり確立していないということだとされています。そのとおりだとおもいます。

政治の世界を含めた最初に用語〔の定義確立)がなければなりません。そういう点で、「温室効果」などの背景には用語の問題(疑似科学性!)があるのではないかという気がします。

  http://www.cablenet.ne.jp/~m-shine/cho_ken/believe/a.html
この「用語の問題」が非常に重要で、このことを知らずに、温室効果論の問題点を理解できないと思いますので、ここを借りてその重要性について、「温室効果」との関係から触れさせていただき、参考にしていただきたいと思います。

 ・・左の写真は私たちの地球の姿です。地球は全体が大気の層にすっぽりと包まれています。温室効果ガスの存在しない地球は、毛布をはがされたようなもの。いま、地球全体の平均気温は約15℃に保たれていますが、温室効果ガスが全くなかったとすると平均気温は-18℃に低下すると推定されます。極寒の天体となっていたはずです。もしこんな過酷な環境だったら、地球の現在のような繁栄は到底ありえないでしょう。・・ http://www.nies.go.jp/escience/ondanka/ondanka01/lib/f_02.html(国立環境研究所HP)

これは、必ずといっていいほど、温室効果の説明として出てくるのですが、これは旧国立公害研究所つまり「国立環境研究所」の今のHPからの引用です。

IPCCというのは、お金の部分は外国に完敗状態といわれていますが、特にその作業部分は、こうした「国立環境研究所」を中心とした周辺のいくつかの研究機関や大学等「日本の貢献」で殆ど作られているということです。

これは、「IPCC 報告書」日本語版等には隠し事でもなく必ず、栄誉なこととして付記されているとおりです。

「地球は全体が大気の層にすっぽりと包まれています。」この部分はそのとおりで、そうなんですが、正確に言えば,熱的には大気は地球の一部なのです。大気と地球を分離した考えでは、地球のことを理解できません。

そして、みなさんよくご存知のとおり、「地球の表面」というのは、この「大気の外側」にあるのです。(もちろん大気は上空1000kmくらいまであるとされるが、基本的には殆どの大気が集まっているとされる「対流圏」(約11Km)の半分5.5Kmあたり。)

  国立天文台HP
https://www.rikanenpyo.jp/kaisetsu/kankyou/kan_003.html

地球の「平均気温」というのは、地球の表面つまり「平衡点」にあります。地球の表面とは、必ずしも、「地表」を意味しないのです。(固体である必要はありません。)

でも、地球温暖化論で言う地球の表面は「地表」なのです。「平衡点」ではないのです。ここが「温室効果」・・いわゆる33℃・・というのがが出てくる原因ではないかと思います。この説明に「温室効果」というのを作ったのではと思うが、すべて「熱力学」の法則で説明されてしまうのです。

「熱力学」によれば、「熱と仕事はエネルギーとして一体」であって、地球上に「大気」があって、その重力による仕事効果が当然あって、それが平衡点(上空5.5Km,-18℃)にたいする1気圧「断熱圧縮」による仕事分33℃と説明されます。(結果: 地表の温度=15℃)

、-18℃というのは、いわゆる「温室効果」などすべて含んだ結果の実効温度で、これは人工衛星で実際はかれる温度と一致するのです。

これに「温室効果」?とか加えると二重計上、になってしまいます。現在よりさらに33℃高くなって、15+33=48℃になり、平均温度がイラクのバスラの最高温度くらいになり極暑になります。

重力(引力)と大気の質量(窒素+酸素で99.99%)効果による断熱圧縮による33℃分は、太陽熱に関係しない、地球固有の保温効果です。(→熱力学第一法則)

これは大気の組成とか、昼・夜に関係しません。それと大気の「熱容量」(熱の慣性=冷却遅延効果)による地球固有の「保温効果」です。

これがいわゆる「温室効果」と誤っていっている部分ではないでしょうか。温室効果というのは、大気の組成によって、その温室効果ガスというものの再放射つまり、廃熱の回収・リサイクル=第二種永久機関によるわけです。

もしそんなのがあったら地球上のエネルギー問題は全部、即解消することになるのだが、残念ながらそういうものはない。

ただし心配不要。地球には大気があるので、その仕事効果(熱力学第一法則)のため
昼夜分かたず、「大気の組成等」に一切関係なく保たれて、人類が生きていけるのです。
    http://www12.plala.or.jp/ksp/formula/physFormula/html/node33.html

また、大気があるので、そして同時に「温度差」(熱力学第二法則)があるので、その仕事効果によって風や雨、台風など気象現象があり、温度差の解消がなされる。(エントロピー増大の法則)

温度は平均化・平準化すれば、「温度差」が解消されるので、風や雨、台風など気象現象(つまり大気の仕事)はおきにくくなる。

「温暖化」すれば、「温度差」がなくなる方向なので、風や雨、台風などはなくなるだろう。(一般に均一なら高くなる。山・谷があると平均すれば低くなる。)

「温度」そのものが高い低いは関係するのではなく、その「温度“差”」が重要(=熱力学第二法則))。南極でも北極でも赤道地帯でも嵐は起こる。あの極寒のなかのブリザ-ドに死んだ「南極のスコット」を思い出せばわかる。・・ということでしょうか。

論文には、「熱収支」についても触れられている、無意味という。熱伝導=0にすると、こうしたことになるという。

(温度差があっても、「熱伝導」のない、つまり大気に熱が伝わらないのが「温室効果論」。大気に熱が伝わらなければ、温度差は生ぜず、大気の仕事つまり気象現象は起こることができない。)〔大気のある地球上では、低温域では、殆どが「熱伝導」や「熱伝達」、「放射」(輻射)は無視できるくらいちいさい。〕
   http://www.fintech.co.jp/hikaributuri.htm

そういうことで、みなさんぜひこの論文本文を謙虚によく味わって、地球温暖化?再検討・再考する機会にしませんか、
〔その上で、問題点があれば、国際的に「反論」してみてください。)

今、「税金」こそが限られた最大の資源、という視点が大切だと思います!。

投稿: 通りすがり | 2008/06/21 09:05

通りすがりさん

再三、詳しいご説明、ありがとうございました。

しかし、十分に理解できないでいます。たぶん私の勉強が追いつかないせいでしょう。もう少し時間をください。

今回の説明に放射のバランスの問題がほとんど出てこないのが、温室効果説と対照的であるようです。

>地球の表面とは、必ずしも、「地表」を意味しないのです。(固体である必要はありません。)

とありました。しかし、太陽からの短波長放射(6000Kの黒体輻射)は大気での吸収をあまり受けずに、50%以上、地表に到達します。それが地面を暖め、長波長放射(255Kの黒体放射)となって大気に出ていく。そこから先に温室効果の問題が出てくるわけですが、「地表」があってこその放射スペクトルの変換と、radiative transfer の詳細な議論とを無視して、この議論が成り立つのか。そのあたりに疑問を感じます。

ともかく、もう少し勉強してから(半年ぐらいかかるでしょうか)、必要があったら、新しいエントリを書きますので、お待ちいただけますか。

投稿: アク | 2008/06/22 19:52

はじめまして。槌田さんの弟さん(槌田 劭つちだ たかし氏)が、京都におられてだいぶん前に「使い捨て時代を考える会」を立ち上げられました。京都大学の工学部をやめて京都精華大に行かれたのも今の文明に疑問を持たれたからのようです。道は違いますが、どことなくお兄さんとも似ていますね。
2010年11月20日に琵琶湖博物館で彼の講演を聴き、少しお話しました。とても魅力的な人でした。
著書を送っていただいたお礼に、これから「ふなずし」と「りんご」を持って彼を訪問するところです。
話は変わりますが、二酸化炭素が海の水にたくさん溶けて、クジラ類が困っているようです。ご存知のように彼らは、水中に音を出して、相当遠くの相手ともコミュニケーションをとっているようなのですが、二酸化炭素が水中に溶けている量が変わり、「うるさくてしょうがない」という状況のようです。
音の伝わり方が彼らにとっては「劇的に変わった」ということのようなのです。
熱の放射や対流に関して、「エントロピーの法則」だけでなくなんらかの「伝わり方に影響する要素」などもあるのではないでしょうか?
大都市の温暖化(ヒートアイランド)のモデルと、
「その周辺の気象」との「境目」において、どこでその区分が出てくるのか?など、「カオス」の入り口のようなところで、物理的に説明できる部分を手掛かりにしていくとなんらかの糸口が見いだせるかもしれません。
素人の勘です。(笑)
ではでは。

投稿: danpapa | 2010/12/23 11:27

danpasa さん

温暖化問題については、激した議論が飛び交う中で、穏やかな調子のコメント、ありがたく読みました。

槌田劭さんは、自分の考えに誠実に、京大教授の身分を捨てるという大胆な身の振り方をされたことを記憶しています。ともに槌田龍太郎京大教授のご子息ですね。親子ともに、時流におもねらず、時には反骨を貫くとの血が濃い方たちです。

槌田敦さんは、いい仕事もされており、私も彼の著書を多く読んでいますが、時に、自分の主張を貫きたい余り、冷静なデータ読みを忘れ、自分の主張に都合のよいデータだけに注目したり、本稿で指摘したように、もともとの趣旨をねじ曲げて引用、非難の道具にしたりする傾向があり、私はそれを批判しています。

書いてくださった二酸化炭素の海水溶解度の上昇が、鯨たちの聞く音に影響することは知りませんでした。鯨たちが「うるさくてしょうがない」とは、いい表現ですね。関係者がもっと研究を進めてくれるといいですね。

投稿: アク | 2010/12/24 10:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/15824262

この記事へのトラックバック一覧です: 真鍋モデルを貶める槌田(『CO2温暖化説は間違っている』の間違い、その2):

« 槌田『CO2温暖化説は間違っている』の間違い | トップページ | 非難ばしご »