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2007/07/03

ハーバーマスのローティへの悼辞から

 リチャード・ローティが亡くなったことについては、先にちょっとだけ書いた。75歳での死。思想家として、もっと長く生きて、語り続けてほしいと思ったが、彼はすでに語るべきことは、語り尽くしたのだろうと、そこでは書いた。しかしここ何年か、私が物事を考えるさいの「導師」ともいえる存在だったこの人の死について、改めて何かを書いておきたいという気になった。そう試みているうちに、私が駄文を書くよりも、ドイツの思想家ユルゲン・ハーバーマスが書いている追悼文の抄訳と紹介をしたほうがよかろうということになった。以下がそれである。

 すい臓癌だったという。そのことをすでに1年前に彼は知っていた。思想的に同志でもあり論敵でもあったハーバーマスに、そのことを電子メールで打ち明けていた。ハーバーマスは、彼に対する追悼辞 "Philosopher, poet and friend" の中で、そのときのメールを紹介している。ローティは、スタンフォード大学教授を辞めることにした。戦争好きの大統領に腹が立ってせめてもの抗議のつもりだと、その趣旨をいつもの辛辣な口調で綴ったあと、突然、思いがけないことが書いてあった。

「おお、デリダを殺したのと同じ病気にかかってしまった」と。
そして「この種の癌は、ハイデガーの読み過ぎが原因よ」

と娘からいわれたと冗談ぽく付け加えられていた。ハイデガー好きの方、ご用心!

 なおこのハーバーマスの追悼辞は、ドイツ語の新聞 Sueddeutsche Zeitung, 07/6/11 に掲載された。その英訳を signandsight.com が載せている。そこからの紹介である。


 ハーバーマスの悼辞を、もう少し読んでみよう。直訳というより意訳を心がけた。(『』内は原文でゴチック印字)

 三十数年前、彼は「哲学教授」という仕事の『コルセット』をみずから緩めることにした。その仕事の伝統的手法が、あまりに狭量に思えたからだ。それは、分析的思考という学問分野から脱出しようというより、人跡未踏の道へと哲学を導いていくためだった。ローティは、哲学教師という我々の職業の手法に関していえば、親分的な芸域に達していた。同僚の中でもベストといえる哲学者、たとえば、Donald Davidson, Hillary Putnum あるいは、Daniel Dennett らとの「果たし合い」で、彼はいつも、もっとも鋭く、もっとも洗練された議論の仕方を持ち出すのだった。しかも、彼が哲学するとき、私たちが生きているこの「生」が突き付ける問題を、決して忘れないという点で、同僚たちの反論を凌駕し、彼方にまで達していた。

 ローティは、ここ何十年もの間、同僚の哲学者たち、あるいはもっと広い分野の学者たちと対決しながら、哲学の新しい見通し、新しい洞察、新しい定式化に関して、多くのことを成し遂げた。現代の哲学者のうち、その点でローティに匹敵でする人を私は知らない。彼の畏るべき創造力は、彼が、アカデミーの哲学者として身を隠すより、詩人であって、『ロマン的精神』を持っていたことによっている。この文筆家は、一度読むと忘れられないようなレトリックの能力と、完璧な文体を持っていた。それまで読んだこともないゆえに慣れていないストラテジーを使って問題点を露わにしてくるし、予想もしなかったような概念によって反論してくる。そして新しい『ボキャブラリー』(ローティのお気に入りの言葉)で読むものにショックを与えるのだった。

 アイロニーと情熱、遊び心と議論好き、それでもって、私たちの考え方を変革し、世界中の人々に影響を与えたのだが、その印象からすると、すごくたくましい気性の人と思われるかもしれない。しかしじっさいにはとても『優しい性格』の人で、シャイで引っ込み思案な面もあったし、他者に対していつも気を遣う人だった。

 「野生の蘭とトロツキー」という題で、短い自伝的文章をローティは書いている。若いころ、ニュージャージー州西北部で育ったころ、花の咲き乱れる丘を歩いたとき、野生の蘭のすばらしい香りに魅せられたこと。同じ時期に、左翼運動家だった父親の書棚で、スターリンの圧政の犠牲者だったトロツキーを擁護する本を読んだこと。これが若きローティをして、大学に学び、哲学を専攻し、何とかして蘭に象徴される『宇宙的な美』と、トロツキーの夢であった『社会的正義の実現』、との両方を成り立たせるような哲学理論を求めようとしたのだった。探求の末、どんなものごとであれ神聖化できるものは何もないという結論に達し、アイロニスト・ローティが誕生した。

 生涯の最後のころ、「聖なるもの」について問われ、厳密な無神論者だった彼は若いヘーゲルを思わせる言葉でこう答えたという「私の聖なるものについての感覚は希望と結合している。いつの日か私のずっと遠い子孫たちが、愛だけが唯一の法であるようなグローバルな文明に生きているという希望と」

 以上紹介した追悼の言葉を、ハーバーマスは書いている。私見により少し説明を加えると、ローティの考えの特徴は、正義や道徳についての議論であれ、実在とか真理とか神とかの議論であれ、この考えこそ絶対正しい、というものはないという冷めた見方である。絶対的真理を求めたり、そのもとにある社会の実現を図ったりすることが人類を不幸にしてきた。誰もそのような思いこみを持たず、相手には別の考えもあるのだという寛容さをもって、人々が会話を通して連帯し合う社会。ローティが夢見たユートピアはそのようなものである。ハーバーマスは、上記の文で「厳密な無神論者」と書いているが、彼自身はそのような、なんとか論者という言い方自体、それを絶対化するという意味で好まなかった。彼は神があるとか無いとかはどうでもいい、信じる人は信じればいい、自分はその方の感性がないから信じない、という程度の考えだった。ただ宗教のあり方については、宗教のある側面は危険だ、と、それについては闘うのだった。たとえばブッシュ大統領が神の意志だとしてイラク侵攻を決断したというような信仰のあり方を、彼は問題にするのだ。

 彼の生涯と彼の考えを知るには、上にハーバーマスが引用している「野生の蘭とトロツキー」がいい手引きになる。彼の代表作の一つ ”Philosophy and Social Hope"(1999) に収められ、その部分訳本『リベラル・ユートピアという希望』(岩波、2002)の中に収められている。

 ローティの死にあたって、多くの人が追悼を書いている。Slate が、多くの同僚たちに依頼し、寄稿をまとめたものを勧める。上記のハーバーマスの悼辞も一部を載せてある。なお、生前のローティの面影を偲ぶ動画として、NYTのブログ・サイト(Virginia Hefernan; Screen 07/6/18"What died when Roty died?")で見た YouTube を、ここにリンクしておく。さまざまな人がローティの印象を語り、人柄のいい知的なローティの温顔にも接することができる。

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