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2007/09/11

坂口安吾・ファルス・小島信夫

 先日信濃追分の山荘に友人を訪ねたとき(『今年の信濃追分』07/8/24)、追分宿を散策し、最近開店したという古書店に入った。そこで購入した千石英世の著書「小島信夫ーファルスの複層」の中で、「人間に関する限りの全てを永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定してやむまい」との坂口安吾の文学宣言ともいうべき言葉を知り、さらにはこの宣言は、むしろ小島信夫によって実現したとの著者の指摘から、再び小島信夫を読むことへの熱意がよみがえってきた。

 信濃追分には、ほぼ毎年訪れてきているが、観光地・別荘地としての賑わいに取り残されていることに気づく。ショッピングプラザの開店などで賑わっている軽井沢と対照的である。新幹線の開通により、信濃追分は軽井沢駅から第三セクターのしなの鉄道に乗り換えを必要とする不便な場所になったせいだろうか。ひなびた宿の佇まいを愛する人々には、かえってよかったのかもしれない。しかし、街道沿いにあったお店や食べ物屋は閉店するものもあり、別荘族にとっては不便になった。そんな街道筋に古書店が新しくできた。油屋旅館の東、2,3軒先、堀辰雄文学記念館の真向かいあたりである。いまでも街道筋に何軒かは残っている宿場らしい建物を真新しい木材を使って復元した建物である。二階を少し迫り出し、細かい格子窓をしつらえてある。入口には、何とか屋という木製の看板を立てている。友人は、いまは真新しいが、何十年かすると、江戸時代からの宿のひとつと、見なされるかもしれないと笑った。

 靴を脱いで上がる。脱いだ靴は木札でロックする靴箱に入れる。めずらしい古書店だ。奥の一間には喫茶コーナーがあり、その手前に所狭しと書棚が並んでいる。置いてある本の選別がユニークである。軽井沢や追分に関係をもった文学者の本を中心に、文学通の人が好みそうな古書が並んでいる。堀辰雄、立原道造、後藤明生、中村真一郎などの本の揃いがいい。立原道造の全集もある。これは現在再刊が進んでいる。かつて後藤明生を集中して読んだとき、入手に苦労した本が並んでいる。でも「壁の中」はない。密かににんまりする。持っているからだ。書店主は「笑坂」がよく出る、「壁の中」は古書市場に出ないと話す。店主が鉄道マニアらしく、その関係書も揃っている。全体として高い値段を付けているが、これほど特殊分野の文学書が揃った店は神田にもないだろう。信濃追分ならではのユニークな古書店だ。この先、成り立っていくかどうか、心配だが。

【07/9/13追記】この古書店のことを信濃追分の友人に問い合わせ、詳細な情報を得た。名前を『村の古本屋・追分コロニー』といい、HPを持っている(ここ)。ウェブ上での古書店をめざしているらしい。夏期以外の来店者は少ないだろうから、ネット上に店を持つのは賢明な方針だ。私も考えてみれば、保どんどの古書をネット上で手に入れている。HPには、開店までの奮闘記、追分案内などもあり、面白い。よく利用するネット上の『日本の古本屋』にも近々加入するようである。【追記以上】

 意外なことに小島信夫の著書を見かけなかった。しかし目立たない場所に、千石英世「小島信夫ーファルスの複層」(小沢書店、1988。この本は数日前には、アマゾンの検索で古書が表示されたが、現在はない。【07/9/13追記。千石英世『小島信夫、暗示の文学、鼓舞する寓話』(06/12月刊行)が、話題にした本の復刊増補版であることがわかった。】)という評論書を見つけた。未知の著者だ。一、二年前に集中して読んだ「菅野満子の手紙」、「女流」、 未読の「別れる理由」など、小島の後期作品を中心に評論している。めずらしい。小島信夫を読み続け、それを通して人間なるものを考えてみることは、ずっと私にとっての宿題事項だが、このところ中断している。この本を通して、その興味に再点火してみよう。そんな気になって、高い値付けを気にせずに買い求めた。

 その本をまだ完読していないが、最後の章に、次のような坂口安吾の文が引用されているのが目をひいた。その文を、再引用して見ていただくのが、本エントリを書こうとした趣旨である。

 ファルスとは、人間の全てを、全的に、一つ残さず肯定しようとするものである。凡そ人間の現実に関する限りは、空想であれ、夢であれ、死であれ、怒りであれ、矛盾であれ、トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ、何から何まで肯定しようとするものである。ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し、さらに又肯定し、結局人間に関する限りの全てを永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定してやむまいとするものである。諦らめを肯定し、溜息を肯定し、何言ってやんでいを肯定し、と言ったもんだよを肯定しーーつまり全的に人間存在を肯定しようとすることは、結局、途方もない混沌を、途方もない矛盾の玉を、グィとばかりに呑みほすことになるのだが、しかし決して矛盾を解決することにはならない、人間のありのままの混沌を永遠に肯定し続けて止まない所の根気の程を、白熱し、一人熱狂して持ちつづけるだけのことである。

 ファルスとは、フランス語で「道化芝居」のことであるが、文学書では「笑劇」の語句を当て、ファルスとルビを振るのをよく見かける。辞書には、ほかに茶番狂言、悪ふざけ、駄洒落、軽はずみ、放蕩、などの訳語が並んでいる。上記引用は、坂口安吾の「farce について」(ちくま文庫、坂口安吾全集14所収)からである。彼の25歳、まだ無名に近かった昭和7年に、自分の文学のマニフェストとして書かれものだが、何とも凄い文である。人間のあるがままの姿、そのネガティブな面を含めて全的に肯定するのだというその表現と文意のおおらかなこと。

 とくに、「結局、途方もない混沌を、途方もない矛盾の玉を、グィとばかりに呑みほすことになるのだが、しかし決して矛盾を解決することにはならない」と、いいきっているところが凄い。私も漠然とではあるのだが、根拠もなく、いや根拠のないゆえに、この大いなる肯定を、腹の底に持ち続けている。心ではなく腹といいたいのだが、格別の意味はない。小島信夫を読み、村上春樹を読み、ドストエフスキーを読み、リチャード・ローティの哲学を読みして、感じ取り、考えてきたのはこの大いなる肯定である。そんなわけで、この坂口安吾の言葉の凄さに、わが意を得たり、と思ったのである。

 千石英世は、この言葉を引きながら、安吾のその後の文学は、ここで宣言されたように動いたとは思われない。これは安吾にとっての文学スタート時の理想が書かれただけだとしている。その上で、このファルスへの期待が、小島信夫において結実した、としている。

 小島信夫は、このような矛盾と混沌を肯定し、創出して、しかも、「止まない所の根気の程を、白熱し、一人熱狂して持ちつづけるだけのこと」を実行しているといっていいだろう。

と書いている。小島信夫ともう一度取り組んでみよう。

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コメント

お久しぶりです。後藤明生と小島信夫は(特に後藤明生のほうが)、それぞれの代表作となるような著書の発売時期には、それほど売れていなかったということですが、なぜ今になって話題になっているか考えてみると、若い私などはお二人の小説、果ては人間に対するスタンスがあまりに今日的だったのではないか?というふうに思われます。後藤の『40歳のオブローモフ』は現在の日本に特徴的な「中心核を失った時代」を予見していたかのような小説です。『挟み撃ち』の主人公が思うように現在の人間は(特に若い私などは痛感していることですが)「私は誰だ?」という根本的なアイデンティティが失われています。失っていることすら知らない人が多いです。アクさんがまたふとしたきっかけで、小島信夫を読もうとするように、私も後藤明生を読もうと思っています。お奨めのポール・セローも読もうかと思っています。

投稿: シンペイ | 2007/09/18 18:32

シンペイさん

お久しぶりです。私も何に導かれることもなく、後藤明生、小島信夫に捉えられて読んできました。いくつかのエントリも書いたように記憶しています。彼らのゆかりの信濃追分を訪ねるたびに、新しい刺激をもらって、彼らの文学空間に戻っていったように思います。滔々と流れる文脈に棹さすというような。

以前にそうしたときに一度書いたのですが、このブログでコメントは、一度私が目を通してから、掲載することにしています。何度も書き込みをいただいて申し訳ありませんでした。最近とんでもないコメントの書き込みに悩まされていて、そうしたのでした。

投稿: アク | 2007/09/18 20:00

はじめまして。
一年ほど前から、貴ブログを訪問させていただいている者です。このエントリにあった、小島信夫について、
ジュンク堂書店池袋本店で、11月1日(木)19時から
(tel:03-5956-6111)
立教大学文学部100周年記念連続トークセッション
「小島信夫の小説と小説観」千石英世(立教大学教授)
なるイヴェントが開かれるようです。
余計なお節介かとも思いましたが、もしも興味がおありならと思い、お知らせするだけお知らせしてみることにしました。
                    

投稿: なり | 2007/10/02 15:54

なりさん

おしらせありがとうございます。また、このブログを読んでいただいていることも。
11/1に東京にいるかどうか、まだ予定が立っていませんが、都合がつけば、行ってみたいです。千石先生の名は、ここに書きました事情で知ったのでしたが、今や小島を読み解く人のひとりとして注目しています。

投稿: アク | 2007/10/02 19:46

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