« 写真展に参加 | トップページ | 坂口安吾・ファルス・小島信夫 »

2007/09/05

常ならぬ日々

 年とってくると、日々は平穏に過ぎていく。それに慣れてしまう。だからここ1週間、夫婦二人して、東京で、それぞれの展覧会に参加となるとおおごとである。その顛末、私の、にわか独りもん生活、そして誘われてmixiなるものをはじめたことなど、とりとめなく書いておこう。

 まず私の方の写真展。これは小規模の仲間内のものだった。場所も調布市の市民文化会館。所属しているニッコールクラブ・東京デジタル支部会員のうち、支部長の安孫子卓郎氏の呼びかけに応じた10人の作品展示。3回目なのだが、今回は写真の選択も展示の仕方も個々に任せるという方針で行った。組織というものには盛衰がある。この支部も設立してもう6、7年ぐらいになろうか。いささか中たるみ状態である。グループとしての盛り上がりが欠けている。そんな中、写真展をやってみよう、支部展というより、合同個展というような趣旨で、ということで実行に至った。安孫子さんの関係するもう一つのグループ(邪道部とか)との合同展でもあった。

 私はドイツで撮った写真5点を展示した。A3ノビという、新聞二つ折りより一回り大きい程度のプリントを自分で作って額装した。一つ、画像を水彩画風にパソコン処理し、粗目の画材紙にプリントしてものを展示した(一つ前のエントリの挿画)。これはなかなか好評だった。普通の光沢があり精細な写真と違って、絵画風なので、たくさんの写真が並ぶ中で目立ったようだ。何人かの仲間からプリントを欲しいとか、真似してみるとかいわれた。

 写真展には、友人や親戚などが見に来てくれた。他の参加者も同様で、ほとんどの来観者は、何らかの関係者という風だった。調布という場所柄、文化会館の一隅ということゆえだろう。しかし写真展は、見てもらうこと以上に、参加することに意義ありだ。デジタル写真をやっていると、たくさん写真は撮るのだが、その一部をネット上で公表するほかは、ほとんどパソコンの中で眠っている。全くの素人の方は、デジカメで写真を撮ると、DP屋さんに頼んでプリントしてもらったり、互いに見せ合ったりしている。なまじ写真を趣味にすると、そんな安易なことはできない。ひとさまに見せる以上は、写真作品として様になっていなければならない。そんな自己規制がかかって、パソコン画面上で出来映えを見ただけで、ほとんどをお蔵にしてしまう。プリントしてアルバムにしておけばいいのだろうが、そんな自己満足のために時間を労したくない。写真展参加は、そんなマンネリ状態にいい刺激を与えてくれる。デジタル写真のプリントも一つの技術である。そのスキルもひんぱんに磨き直し、向上をめざす必要がある。今度は画材紙プリントに挑戦した。手応えがあった。写真展参加は、私にとってはそこにいちばんの意義があった。

 私の写真展に比べると、連れ合いのみやが参加した全国裂織展は、月とスッポンほどの差がある。規模が違い、展示会場も「上野の森美術館」と、一流の展示場である。毎日数百人の来観者があるという。全国規模の公募展である。応募したもののうちから入選した作品だけが展示される。力作揃いが200点ほど、広く複雑に迷路化している会場に、所狭しと並んでいる。タペストリや敷物は、高さのある壁に段差をつけて吊されている。上を仰ぎ見たり、目線を下に落としたり、首が疲れる展覧会だ。全部をていねいにみたら、半日はかかるだろう。来観者の滞在時間が長い。だから会場は人々で溢れるような時間帯もある。こう書いているのは、私も半日、カメラマンを依頼されて会場にいたからである。

 連れ合いは、今回入賞したこと(二つ前のエントリで紹介済み)もあり、連日たくさんの知人が訪れてくれたようだ。会場係のボランティアも毎日した。展示の準備も、撤収作業も手伝った。何度かあった交流会にも出、来観の知人とのお茶や会食などの付き合いもあった。前回の展覧会では会期全体にわたりボランティアをした。とても疲れ、裏方の仕事に拘束され、さまざまな催しに参加できないなどの事情もあった。最近体力がめっきり落ちていることもあり、今度はボランティアをしないつもりだったようだが、結果としては全期間会場に詰めることになった。アルバイトも使わず、会員だけで何とか展覧会を遂行しようとの組織幹部の熱意にほだされて、引くに引けなかったようだ。

 裂織という美術工芸のほんの小さな分野で、会員が数百人の規模の団体が、一日数十万円もかかる美術館を借りて5日間の展覧会をする。何のスポンサーもなく、収入の当てもない。よくやれるものだと思うのだが、中心になっている人々が、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、この会場での開催に至ったようだ。関係者は大きな赤字にならないか、入場者数や図録の売り上げを気にしていた。裂織作家はプロ級の人もいるが、大部分は女性(少数ながら男性の作家もいるが)の趣味のカテゴリーを出ない。全国に散らばる趣味人たちが、個人ベースで細々とやっている手仕事である。ビジネスになるようなものではなからう。しかし、その細々が結集するとなかなかのエネルギーを発揮する。アートとしても見事な創造性を発揮しておられる方も多々見受ける。はたから見る限り、かなり無理もあるが、無理のしがいのあるゆえに関係者は頑張っているのだろう。

 前に書いたように、この展覧会のカメラマン・ボランティアを半日つとめた。撮影もさることながら、あとが大変である。すでにプリントの注文を多数の方からもらっている。最近アップルが、iPhoto の改訂版を公開した。例の iLife の'08 版の一部としてだ。今回の改訂で、画像を .Mac というウェブスペースに、簡単に、大容量ファイルのまま、多数載せることができるようになった。設定次第で読者側が自由にダウンロードして、使い回せる。この機能を使って画像集を公開し、自分の好きな写真をどうぞご自由にダウンロードしてプリントしてください、ということにしようと考えている。心配なのは、裂織をやっているおばさまたちは、インターネットなどとんと分からないといわれることだ。どなたか周辺にできる人がいることを期待しよう。

 さて私は自分の写真展を終えて、2日前にさっさと帰ってきた。連れ合いは、昨日やっとすべてを終えたが、金曜日にオペラ鑑賞を予定しているので、そのまま東京に滞在して疲れを癒している。こちらは明日、木曜日に上京し、合流する。ということで、水戸で三日ほど、にわか独身生活をしている。やってみるとなかなか大変である。洗濯やゴミ出しがある。毎食のことを心配しなければならない。大型冷蔵庫が二つ並んでいて、食べ物の備蓄はあるようなのだが、ビールの置き場所以外、どこに何があるやら、とんと分からない。冷蔵庫を漁るより、近くのスーパーで、惣菜や弁当を買ってきたほうが楽だと、買い物袋を手に出かける。それも明日のことは念頭にない。「明日のことを思いわずらうな」の聖書の言葉は、幼いときから念仏のように身に染みこんでいる。今夕の食事だけを求めに出かける。

 都会での独身生活ならば、夜はたいてい飲みにいく。東京には何軒かなじみの居酒屋もある。しかしふだん生活している水戸の地元となると、その手の店をさっぱり知らない。この機会に、近くの赤提灯をめざしてみるか。今夜の楽しみである。

 ひょんなことから、mixなるものに参加iすることになった。写真展の会場でのひまなとき話題になったのを覚えていて、安孫子さんが誘いをかけてくれた。耳にはしていたが、どうせ若い人たちの友達作りの場なのだろうと思い、見限っていた。誘われて参加することにしただけで、まだ何のことやら分からないが、さっそく何人かの知人から自分のmixiページへのお誘いがかかった。面白そうだ。大きな会場で、知り合い同士が気軽に話し合う場のようだ。これから少し入り込んでみようと思う。紹介ページの写真に、写真展に出した「屋根の上の眼差し」をトリミングして使ってみた。赤い屋根の上の明かり取りの小窓が、ちょうど眼のように見える画像である。自分の「日記」も、そのうちに書くようにしよう。このブログはちょっと重いものを書きすぎている。軽くて短いものをあちらに書くことにしよう。もし読者でmixi参加者がおられたら、ニックネーム「アクエリアン」と年齢「72」で検索してみてほしい。よろしければ「マイミクシィに追加」操作をしていただきたい。このエントリを読んで、参加してみようという方は、私宛にメールをいただきたい。招待手続きをいたします。メールアドレスは、このブログのプロフィールに。

 さて、明日からまた3日ほど東京である。それが終われば、平穏な日々が戻ってくるだろうか。

|

« 写真展に参加 | トップページ | 坂口安吾・ファルス・小島信夫 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/16349572

この記事へのトラックバック一覧です: 常ならぬ日々:

« 写真展に参加 | トップページ | 坂口安吾・ファルス・小島信夫 »