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2007/11/09

九州への旅(3) 新しいものは九州から

071109dohjoh
 【Nさんのアンプの音が聞ける西原村・オーディオ道場】

 日本の新しいものは、何でも九州からはじまると、Nさんは私にのたもうた。思い浮かんだのはポップス界のことだったが、それだけではないのだとおっしゃる。技術革新も、芸術での新しい動きも、ファッションその他の流行も、九州オリジンが多いという。中央にいる人は現在とそのすこし先を見ることに汲々とするが、中央から距離をおいた九州人は、もっと将来を見据えてことを行う。だから新しいものを生み出せるのだという。

 Nさんを見ていると、確かにその言は当たっているような気がする。Nさんは、オーディオアンプの分野で画期的な増幅法を発見し、製品化した。彼の作ったアンプは国際的に評価され、ひろく売れている。弱音から強音まで、低周波数から高音まで、その増幅度は直線性からの歪みがごくわずかであるため、音の再生はきわめて自然だという。彼の音響技術のファンは国内にとどまらず外国でも高く評価されていて、個人の音楽鑑賞用だけでなく、営業用の大きな装置を任されたりもするらしい。私は勉強不足で、この革新的技術の基礎的なことすら理解していないが、この人のHPに詳しい解説がある。

 阿蘇山外輪山の西の麓、西原村に「オーディオ道場」というホールがある。Nさんの知人が経営している、ひとことで説明するのは難しい複合的な楽しみの場である。各種の大小さまざまののスピーカーや、音の道具類、CDやDVD、その他さまざまのジャンク(オーディオ機器の墓場、といわれているそうな)が、雑然とも、整然ともいえる配置でスペースを占めている広大なホールで、Nさんのアンプの生み出す音を聞いた。やたら迫力を強調する人工的な音ではなく、きわめて自然な音だ。歌手や楽団がすぐそこのステージにいて演奏しているのを聞いているように響く。次の日にはNさんの自宅におじゃまして、別の雰囲気での音を聞いた。この自宅がなんともすごい。Nさんはおよそ片づけをしない人らしい。電子回路の工作室は足の踏み場もないほど、電線やその被覆の切りくずが散らかっている。試作品や部品があらゆる空間を埋めている。ここがNさんの開発室である。すでに世に出しているアンプの改良品、新製品を次々に産みだしている。隣のオーディオ室はこれまた足の踏み場もないほどDVDとCDが山と積まれ、その隙間にわずかにソファが確保されていて、そこに身を寄せ合って座り、ジャズ演奏を聴き、シーツを垂らしたようなスクリーンで「スター・ウォーズ エピソードIII シスの復讐」のDVDの出だしを見た。Nさんのアンプとサッカーボール様の多面体の表面にセットされたコーンスピーカー群の生み出す臨場感あるジャズのトリオ演奏、そしてスターウォーズはその映像にふさわしい大音響の迫力満点の音と、Nさんからすれば当たり前かもしれないが、それぞれに応じた音を再生していると感心した。

 このNさんは、私のネット上での写真仲間である。ネットでの付き合いは、もうそろそろ10年になる。今回の九州行きの目的の一つは、Nさんとその近在にいらっしゃる数人の写真仲間にはじめてお会いして、写真やその他さまざまの話をすることであった。ネット上で親しみを感じるようになると、一度会ってみたくなる。九州は遠いが、いろいろな目的を組み合わせて、今回の旅となった。Nさんはうまくスケジュールをたて、みなさんに声をかけてくださった。それが三日にわたる阿蘇山周辺の温泉めぐりと天草への撮影行であった。福岡からひとり、写真仲間では並はずれた才能の持ち主と一目も二目もおいているYさんも参加された。熊本勢のひとりWさんは夫婦で参加した。ほかに夜の宴会にはMさんもやってきた。はじめて会ったとはいえ、ネット上では互いに作品を見たり、批評し合ったりしている。どんな写真を得意としているか互いに知り尽くしている相手である。初対面であると思えないほど、自然に話が弾んだ。集まってくれた仲間はほとんどみな1950年前後の生まれで、私とはだいぶ年が違う。しかし年齢差を越えて忌憚なく充実した会話ができた。

 Wさんは、半日仕事を休み、竹田から阿蘇に入る私たちを阿蘇山頂で出迎えてくれた。じつはそのはずだったが、当日は噴煙の具合で山頂は立ち入り禁止だったので、携帯で連絡し合い、すこし降りたところで落ち合った。鉄道敷設を断念させたトンネル内の湧水などめずらしい場所を案内してもらった。最初の夜は一緒に南阿蘇の地獄温泉に泊まった。Nさんも夕方駆けつけてくれた。この温泉は古い湯治場のおもむきを残し、混浴を含むいくつかの露天風呂がある。混浴には行かず、もっぱら大風呂での温泉浴をした。二十人ほどのアメリカ人の団体が来ていて、古風な宿屋の狭い部屋に布団を敷き詰めて寝、日本食のもてなしを受けていた。日本的な温泉宿をわざわざスケジュールに入れたツアーなのだそうだ。彼らにとっては奇妙な体験だったことだろう。

 翌日は外輪山の一部をなす俵山に立ち阿蘇を眺めた。巨大なカルデラ状旧火口とその中央に今なお煙を吐く中岳その他の火山の輻輳する様相を大きな火山のパノラマとして一望できた。その前に白水の湧水池に撮影に寄った。Nさんは湧水の揺らめく水面に映る反射像を狙っている。私は水面の揺らぎが池の底面に作る影のパターンが面白いと思った。その後、西原村にオーディオ道場を訪ね、さらに白糸の滝へ回った。写真仲間のMさんの経営するギャラリー喫茶店で、福岡からのYさんが合流し、はじめて対面。その夜、西原村の「龍神の湯」に8人が会して宴会をし、付設のロッジに泊まり、夜遅くまで写真などの話が弾んだ。

 その翌日はNさん、Yさんの車に分乗して天草へ行った。不知火湾を眺め、三角港に至り、さらにかつて貿易港として栄えた西港を見た。天草五橋をわたり、天草松島の奇景をながめ、水族館を楽しんだ。その間、Yさんの撮影ぶりを注視した。なるほどユニークな目の付け所、独特のアングルねらい、そして望遠ズーム・レンズをセットしたデジタル一眼レフを機関銃のように連射する撮影スタイルなどを目の当たりにした。このようにしてYさんの比類のない画像は生み出されるのだなと、すこしその手のうちを学んだ。しかし写真は技法だけでなく感性がものをいう。感性は天賦のものであり、まねしてできるものではない。

 この三日にわたる写真仲間との出会いの場で、私は、Nさんの巨大なエネルギーに圧倒されっぱなしだった。じつに多彩な才能の持ち主である。オーディオ機器の製造販売が本職であるが、録音もよくするらしい。最近自分で演奏もはじめた(アルトサックス)。何でも凝る人だ。アルトサックスのたぐいを数十本買って、楽器ごとの音を追及したようだ。写真はプロ級である。個展を何度か開いている。最近は陶芸家と組み、陶器の個展に合わせて、そこに展示されている陶器のマクロ写真を展示するという試みをしているそうだ。陶器のごく微少な部分を、自作のライティング装置で照らし、写し出した写真だ。陶器の部分とは思えない、どちらかというと宇宙彼方の星雲のような不思議な、そして多様な画像を見せてくれる。陶芸家はその画像に触発されて、微妙な肌あいにまで凝って作陶するようになったという。陶芸と写真のコラボレーションだとNさんはいう。各地で好評を得ている。

 この人の写真は、ふつうの意味での写真のジャンルを越えている。ガラス器と発光ダイオードを組み合わせ、長い露出時間の間、発光ダイオードを手持ちで動かして、結果として超現実的な色とパターンの世界を現出したり、先ほどの陶器の部分のマクロ写真、ほかにスキャナーを使った写真など、数々の工夫により、デジタル写真の可能性を見せてくれた。そのあたりは、確かに「新しいものは九州から」を実践して見せてくれている。この人の才能は多方面にわたる。アクセサリー作りもしている。使うビーズは古代のものだ。古いものは1万年も前のものもあるという。作品を見る機会がなかったが、そんなことをこの人がやっているということが想像できない。

 Wさんには、三日間にわたり親しくしていただいた。控えめながら心配りの行き届くおだやかな人柄に触れ、作品にその人柄がそのまま現れる、写真とは対象を写すとともに撮影者のパーソナリティを写す、という事実をこの人の場合にも実感した。私の写真は私の人柄をどう反映しているか、自省しなければならない。

 いっぱい刺激を受けた九州の旅を終え、一週間ぶりに東京へ戻った。10月末の九州は、関東人が想像できないくらい暑かったが、帰ってくると、東京、そして水戸では朝夕が冷えこみ、ようやく残暑が終わっていた。

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