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2007/11/27

先送りでいいのか

 行き詰まり状態の政治状況についての報道から、政治に詳しくない私のようなものにも見えてくるものがある。この国の将来のために今やっておくべきことを決め、実行に入る貴重な時間を失いつつあるのではないか。あとでふり返ってみて、この時代に何を失ったか、それゆえに人々の暮らしがどれほど損失を被ったかが分かるのではないか。行き詰まりのなか、次の衆院選での勝敗を優先して、与野党とも重要な政治案件を先送りしている。そのつけは大きく響いてきそうだ。

 先送りせずに今決めるべきことは、インド洋での給油などではない。歓迎したくないことだが、税制であると思う。消費税をふくめた税体系全体のあり方である。財政の健全化、年金、医療、地方、格差などの問題は、とどのつまり税のあり方に帰着する。徹底的な歳出削減、官僚主導からの脱却、規制緩和なども併行して進める必要があるのはもちろんだ。しかし税制に手をつけずして財政、年金などの問題、すなわちこの国の将来に関わる基本的問題を解決できそうもないことは素人目にも明らかだ。

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2007/11/20

昭和っぽい

 先日たまたま見ていたテレビ番組で「昭和っぽい」という表現を耳にし、「え?」と思った。はじめて聞く言葉だった。タレントの誰かれの印象をひとことで表現すると、というようなトークの場面で、それが出た。そんな言い方があるのかとググッて見ると、「昭和っぽい」が33,400件、「昭和ぽい」が2,160件もある。いまやふつうに使われている言葉らしい。72才、とんと世情に疎い。こんなエントリを今ごろ書くこと自体、「昭和っぽ」く、「昭和な人」とよばれるのだろう。いや、それより古く、「前・昭和な人」といわれるか。

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2007/11/13

こわいもの

 ある会社の広報誌に寄稿したものが出版された。その会社のホームページに掲載(『こわいもの』)されているので、お読みいただきたいと紹介する。この会社(長瀬ランダウア株式会社)は、放射線を扱う仕事(医療機関とか産業とか)をしている人たちが、どれだけ放射線に当たったか(被ばく線量)を計測するサービスを行っている。私が現役だったころは、胸にフィルムバッジをつけて仕事をしていたが、今はもっと進んだバッジなどが開発され使われている。放射線作業従事者が多数いる職場では、自前で被ばく線量管理をしているが、個別の医療機関や大学、放射線を使う産業現場(非破壊検査など)などでは、このような会社に外注している。その種業務の大手のようだ。

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2007/11/09

九州への旅(3) 新しいものは九州から

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 【Nさんのアンプの音が聞ける西原村・オーディオ道場】

 日本の新しいものは、何でも九州からはじまると、Nさんは私にのたもうた。思い浮かんだのはポップス界のことだったが、それだけではないのだとおっしゃる。技術革新も、芸術での新しい動きも、ファッションその他の流行も、九州オリジンが多いという。中央にいる人は現在とそのすこし先を見ることに汲々とするが、中央から距離をおいた九州人は、もっと将来を見据えてことを行う。だから新しいものを生み出せるのだという。

 Nさんを見ていると、確かにその言は当たっているような気がする。Nさんは、オーディオアンプの分野で画期的な増幅法を発見し、製品化した。彼の作ったアンプは国際的に評価され、ひろく売れている。弱音から強音まで、低周波数から高音まで、その増幅度は直線性からの歪みがごくわずかであるため、音の再生はきわめて自然だという。彼の音響技術のファンは国内にとどまらず外国でも高く評価されていて、個人の音楽鑑賞用だけでなく、営業用の大きな装置を任されたりもするらしい。私は勉強不足で、この革新的技術の基礎的なことすら理解していないが、この人のHPに詳しい解説がある。

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2007/11/04

九州への旅(2)  限界集落?

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 【竹田市で訪れた白水溜池堰堤、流れ落ちる水の美しさに見ほれた】

 大分県竹田市に裂織作家を訪ねた。パートナーが全国裂織協会のニュース紙に「裂織人を訪ねて」を連載している。その取材のためであった。竹田市○○とある住所を頼りに大分市からレンタカーを走らせた。カーナビが頼りだったが、指示してくれたルートを行くと、今夏九州地方を襲った台風のため、路床が崩落して通行止めになっていた。そこからの迂回路を見つけるのに苦労した。道路地図を入手してドライブすべきだった。今回以外使うことがないだろうと見送ったのだ。大分で車を借りるとき、カーナビに不慣れだったので、竹田までのルートをカーナビに入力してもらった。レンタカーの会社がこのような通行止め情報を知らないようでは困る。私は遠回りしても主要幹線路を行きたいと言ったのに、こちらのルートで大丈夫です、最短で行けますよと、わざわざ奨めてくれたのだ。

 訪ねる場所は、岡城址などのある竹田市の中心部からだいぶ外れているらしい。そこまでのルートは、簡単な手書きの地図をもらっていた。57号線から入り、途中、小学校、トンネル、赤い橋などなどを辿り、鉄工所の角を左折すると最初の家だという。このルートマップをもらって頭に描いていた距離感とじっさい走った距離の違いに驚いた。目印になる地点から次の地点までの距離が考えていたよりずっと遠い。いくら走っても次の目印が出てこないので、道を間違えたかと思うころやっと次が出てくる。その間は田畑、ススキの原、杉林などが連なる。家はぽつりぽつりと散在している。道路はよく舗装されているが、交通はほとんどない。鉄工所らしき家の角を左折する。すぐと思ったが、5分以上走っても家は見えてこない。これまた間違えたかと思ったころ、杉林に囲まれた家が道路から少し高い位置に見えてきた。あれかなと車を急勾配の導入路に入れて登っていくと、そうだった。

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2007/11/01

九州への旅(1) 50年の隔たりを超えて

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 しばらくブログを空けたのは、10月後半、九州への旅をしたからである。福岡、日田、大分、竹田、阿蘇、熊本、天草とめぐった。観光というより、友人と会うことが目的だった。福岡では高校時代の旧友と50年ぶりにあった。その彼が日田と耶馬渓を案内してくれた。大分では妻と旧知の場所を訪ねた。二人の出会いの地である。竹田では妻の裂織仲間を訪ね、連載ものを書いている機関誌のためのインタビューをした。過疎も極まれりといえるほどの土地に窯を築き陶器を焼く夫と住みついて、織り三昧。じつに面白い人だった。阿蘇から先は、インターネット上での写真仲間4人と合流しての撮影旅行。彼らとは初対面だった。主宰してくれた人の、多方面に亘る創造活動のエネルギーに驚嘆し、異才のフォトグラファーと畏敬している友人と撮影行をともにする充実した日々だった。

 そのすべてを一編で語るわけにはいかないので、今回は冒頭に掲げた写真に写っている3人、NとAと私が、50年の時を隔てて再会した時のことを話題にしよう。この画像は昭和26年(1951年)、私が高校2年、NとAが高校1年の時のものだ。3年生の卒業アルバムのために撮った生物部に所属する生徒と指導教官の集合写真から、3人の写っている部分だけをトリミングしたものだ。後列左からN、A、ひとりおいて右端が私である。当時この3人は折に触れて集まっては、背伸びした知的会話を楽しんだ仲である。Nは現在九州大学名誉教授、Aは経済産業省のキャリアを終え、会社勤めのあと悠々自適の身、一生を独身で過ごした。私はこのあと、大学受験までに物理学志望に転向し、物理研究者の道を歩んだ。この集合写真は、そんな3人の将来を予感させるとも、予想だにつかぬともいえる。

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