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2007/11/13

こわいもの

 ある会社の広報誌に寄稿したものが出版された。その会社のホームページに掲載(『こわいもの』)されているので、お読みいただきたいと紹介する。この会社(長瀬ランダウア株式会社)は、放射線を扱う仕事(医療機関とか産業とか)をしている人たちが、どれだけ放射線に当たったか(被ばく線量)を計測するサービスを行っている。私が現役だったころは、胸にフィルムバッジをつけて仕事をしていたが、今はもっと進んだバッジなどが開発され使われている。放射線作業従事者が多数いる職場では、自前で被ばく線量管理をしているが、個別の医療機関や大学、放射線を使う産業現場(非破壊検査など)などでは、このような会社に外注している。その種業務の大手のようだ。

 この会社の月刊広報誌「NLだより」の編集者が、私のブログをごらんになって、巻頭言をこの人に書かせて見たらと思いついたらしい。メールで突然の依頼があった。まもなく既刊の広報誌が送られてきたが、放射線安全管理などに関連したしかるべき方が専門的なことを書いてきている。だが時には無声映画の女性活弁士のように特に業務に関連の方が書いたりもしている。私はこの分野の専門家ではないが、関連した仕事に就いていたことはあるので、なにか感想めいたことを書けるだろうと思って引き受けた。

 最近私はこんなことを考えている。人間社会のややこしい問題を考え直す一つのアプローチとして、しょせん人間は動物、というところまで戻ってみたらどうだろうと。その観点で放射線とか食品の安全とかの問題を考えてみると、「怖いという感情」は当たり前のことではないかと思われる。むしろ動物として進化の過程で生き残るための大事な要件だった。そんなことを書いてみた。怖いとの感情は、知識を持ったり、慣れたりすることによって、ある程度克服できる。しかしいったん怖いと思ったら、専門的知識のない一般の人に恐怖感をぬぐい去ってもらうのは、容易なことではない。それぞれの業界や行政はそう覚悟したほうがいい。何しろ怖がることは動物として生得のものだから。そんな趣旨のことを寄稿した。

 そこで少し触れた「安全・安心」を決まり文句のように口にすることの問題性については、その後このブログに敷衍して書いた(『おかしいぞ、「安全・安心」という連語』07/10/02)。しかし、そのことを問題視する識者は少なく、毎日のようにCMや政治家の言などで、「安全・安心」が鈍感に繰り返されるのを聞いて、私は多勢に無勢と観念している。

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コメント

実はここのバッチを使用しています。前に勤務していた病院がここのバッチを採用していたので、累積の被曝を記録するために契約しました。最近は注腸などは全くしないので被曝はほとんどしていません。が、法律で義務づけられておりますので今後もずっと使います。

投稿: drhasu | 2007/11/16 16:53

ドクター、どうも。

医療機関の方の利用が多いようですね。一つ前の号に年間の統計が出ていますが、この会社のバッジを使っている放射線作業従事者が12万人ほど、そのうち約9万人が医療機関の方ですね。被ばく量は比較的少ないようですが、放射線は診断・治療に欠かせないもののようです。放射線診断・治療の場合、被検者はあまり「こわい」と感じていないようです。ドクターに対する信頼感でしょうか。「いのち」がかけられているからでしょうか。

投稿: アク | 2007/11/17 16:42

放射線を異常に怖がる方もときにいます。
その時には、CTとか胃透視などは比較的線量は多いが、胸部単純XPなどは飛行機に乗って東京とニューヨークを往復したときより少ないと説明するとやっと納得してもらえます。(太陽フレアが発生するとさらに多くの被曝をするといわれています。)

投稿: drhasu | 2007/11/22 23:27

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