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2008/01/16

息子の入院見舞いで、親子関係を顧みる

 私の入院を知って、息子たちが見舞いに来た。重大な病気でもなし、わざわざ東京から一日を費やして来ることはないと伝えたのだが、それでもやってきた。それが嬉しかったのである。親子の情が通じ合っていることを喜ぶ自分の気持ちが意外だった。わが家の親子関係は、普通の家庭に比べてかなりさばさばしたものであると自認していた。それでいて、この感情。その出来事をきっかけに、わが家の親子関係を顧みて書いてみようか、という気になった。【病室で書いたものを、午後2−3時間の一時帰宅時にエントリアップしている。退院は1週間後の予定。麻痺は3割程度回復。時間はかかるが快癒の見通しか】

大事ではない入院 私の入院は顔面神経麻痺をステロイドの集中点滴で治療してもらうためである。点滴にともなう副作用、感染に対する抵抗力の低下などの心配があり、入院した方がいいらしい。医者に診てもらう時期を失し、症状が最悪になっての治療開始だったので、入院期間は長くかかる。しかし、しょせん顔の表面だけのこと。身体そのものはまったく問題ない。至って元気である。病院食はおいしく食べられる。読みものをたくさん持ち込みバリバリ読んでいる。運動不足のはけ口として階段登りに励んでいる。

意外に嬉しかった見舞い 休日を利用して、息子たちが見舞いに来るという。入院したといっても、大したことはない、わざわざ時間を使って来ることはないと伝えた。だが、それでもやってきた。長男が車を飛ばし、その嫁と、独りものの次男を同伴してやってきた。「わざわざ来ることはないのに」と開口一番いってはみたものの、来てくれたことがけっこう嬉しかったのである。そのように、うれしく思っている自分というのが、不本意とはいわないものの、意外であった。

ドライな親子関係 わが家の親子関係は、ひと言でいえば、ドライである。一時期はやった言葉だが、ドライ/ウェットは今ではあまり使われない表現だろうか。ベタベタせず、適当に距離をおく関係、というか、自分は自分、あっちはあっちという関係である。下手をすると半年以上顔を合わせないこともある。近頃は、正月やお盆のさいの家族ぐるみの帰郷もなくなった。東京で家族が集まって会食することもごくたまにしかない。まあ電話がかかってくるぐらいである。それでも長男は、昨年の連れ合いのみやの織物の展覧会と、私のグループ写真展を見に来てくれた。次男からは日曜日夜に必ず電話がある。わが家に珍しくウェットなヤツかというと、そうでもない。アメリカ育ちといっていい育ち方をしたこの子は、アメリカ生活で良質のファミリーと付き合った。その影響だろう。アメリカの中流家庭は、日本よりかえって家族関係は濃密なのである。ともかく彼なりの考えでやっていることだ。

自分>夫婦>子の原則 子育ての期間、夫婦で暗黙の原則としていたことがある。小見出しに書いたような優先順位で考えよう。子育てを親自身の生活より上位におくことは避けよう。子供のために親の生活を犠牲にするような家族のあり方をときおり目にしていた。それはするまい。親の自分が充実して生きていく。夫婦であることを大事にする。そのなかで、子供たちへも当然の配慮はしていこう。親が真剣に生きている姿を見れば、子はそれなりに自分で考えていくだろう。理想的にはそういう考え方をとってきた。希望的放任主義といおうか。とはいうものの実情はそうはいかない。臨機応変、判断が揺らいだこともあった。干渉もしたし、感情を高ぶらせて怒ったこともあった。他方放任し過ぎもした。また口では言わなくとも、子らは親の期待をひしひしと感じ、それがプレッシャーとなった面があるだろう。とうに子育て時期は終わり、互いに独立した社会人になった今、やっと親は親、子は子、ベタベタせずにやっていこうというクールな関係になっている。ときおり話は聞くことがあっても、ああしろ、こうしろとはいわない(次男の結婚問題を、みやが放っておけないのは例外だが)。以上書いたことについて、息子たちの見方は、おおいに違うことは予想される。それも親は親、子は子である。

アメリカ行きでの決断 こんなことがあった。私が、アメリカの国立研究所に客員研究員として、1年半ほど、滞在することになったとき、子供たちを連れて行くかどうかが問題だった。水戸市とその周辺で教育熱心な親が子を通わせる附属中、付属小に息子たちはそれぞれ在学中だった。順調に進んでいる教育コースから外れることは、大いにマイナスかもしれない。しかしここでも親の生活を優先し、子らに従ってもらう選択をした。マイナス面が生じることはある程度承知の上で、彼らがアメリカを体験することをプラスに転じてほしいと思ってのことだった。アメリカでは、現地の普通の公立学校に通わせ、英語での各教科の教育を受けた。日本での教育課程はその間ブランクになった。滞在を終えて帰国後、子供たちは大きなハンデを背負って苦労した。しかしプラスも大いにあった。アメリカ滞在中の子供たちの経験を連れ合いのみやが書いたものが本になっている(飯泉美耶子著『ニューヨーク郊外の学校で』1981朝日ソノラマ社刊1984年旺文社文庫刊。いずれも絶版だが、アマゾンのリストから古書として入手できる。文庫本の方は定価1円。各地の図書館にもある可能性あり)。これがわが家の親子関係の一例だ。

子育ての成功とは その後の進学、社会人への進路を含めて、子育てに成功したとは思わない。しかしこの場合、「成功した」とは、何をもってそういうのか。そこはなかなか難しい。いい大学を経て、いい職種への安定的な就職と昇進。そうなれば一応めでたい。しかし、それでいいのだろうか。私はそうは考えない。本人が自分で選び取ったもの、成り行きでそうなったものを、自分でよしとするなら、それでいいではないか。たとえ本人に悔いるところがあったとしても、それは本人の問題。仕方がないというしかないが、親がもっとこうしてくれていたら、ということがあるとすれば、それは親として反省しなければならないだろう。だがもう後戻りできない。

さまざまなケース 知人、友人の家族を見ると、子育てに模範的に成功している例がいくつかある。厳しく、あるいは優しく、賢い配慮を適切に行い、進学、進路ともうまくいっている例を見る。本人の才能もあるだろうが、それをうまく引き出す後押しをしてやっている。一方うまくいかなかったケースも耳にする。この場合、あまり親はいいたがらないが、どうも問題児を抱えているらしいと察する場合もある。それが親の過大な期待を背負いすぎて、それに応えられなかったことが原因ではないかと想像する場合もある。それほどひどくないにしても、私の知り合いをみると、親が高学歴でキャリアとしても成功している場合の方が、子育ては必ずしもうまくいかなかったケースが多いように感じる。その点、わが家の場合は、まずまずであったかと思うのである。ちょっと甘いか。われわれの次世代以降、時代とともに「自分は、どう生きるか」をめぐる考え方がどんどん多様化し、古い価値観がメルトダウンしている。なお生き残る古い出世観と若者の価値観がせめぎ合っている。古い世代のもつ「成功のものさし」で子らの生活を計ること自体間違っているのだろう。

親子の情 さて、親は親、子は子、が家風、と上に書いた。余程のことがないかぎり、それぞれ忙しい生活を中心に動く。私たちは水戸に住むが、よく東京に出かける。東京にそのための塒(ねぐら)をもっている。そこで過ごすときも、自分たちのプログラムで動きまわり、東京に住む息子たちとどこかで会おうか、などということはめったにない。そんな仲なので、息子たちが、私の大したこともない入院を水戸まで見舞いに来るということを、普通なら当たり前とするかもしれないが、私には異例と感じた。それだけでなく、そのことを喜んでいる自分の感情が意外だった。いざというときは親子だよ、ということの表明と、その受けいれといおうか。

自立の老後を目指すが 私たち二人のこれからの老後は、子供たちに頼ることなく、自分で面倒を見るつもりでいる。しかしいつの時期か、病み、そして死を迎えるプロセスがある。息子たちはそれを予期し、その予行演習をしたのだろうか。いざという場合、親子の情が出てくるものなのだなあ。それを予感させられた。しかし親爺はまだまだだぞ。

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コメント

 今日(1月20日)、久し振りにアクエリアンさんのブログを開けてみたところ[息子の入院見舞い・・・]で入院中とのことを知りました。大変遅くなりましたがお見舞い申し上げます。回復の見込みが立ち、間もなく退院出来るとの こと、良かったですね。病院に一時帰宅を申し出てこのブログへの書き込みをされたとの由、アクエリアンさんらしく心身ともにタフでびっくりしてます。
 冬本番の厳しい寒さの毎日が続きますが、退院されましたら、体調の維持・管理には十分にお気をつけてお過ごしください。

投稿: lucky173 | 2008/01/20 14:49

本日、母からアクエリアンさんが退院したことをうかがいました。なにはともあれおめでとうございます。麻痺の方も大分改善されたとのことでよかったですね。今回の担当医が私の後輩で妻の同級生。また昨年は御次男さんが帯状疱疹で入院してみたら、たまたま妻が主治医だったりとかいろいろと縁がありますね。妻の実家も水戸ですし、今後ともいろいろお世話になると思います。
落ち着きましたら、一度快気祝いを息子さんたちとやりましょう!
PS:正月の二の舞は致しません。

投稿: 親類の耳鼻科の医者 | 2008/01/21 14:03

lucky173さん

お見舞いありがとうございます。

身体の根幹に関わるところが悪くなったわけではなく、病院という規則正しい生活の中で、すがすがしい気分で過ごせました。

ストレス原因説もあり、あまり無理をせずに、のんびりとやっていこうと思っていますが、ついつい凝ってしまうのが私のよくないところでしょう。心がけていきます。

投稿: アク | 2008/01/21 17:34

親類の耳鼻科のお医者さん

何というスモールワールドでしょう。東京からこのあたりまでに、耳鼻科と皮膚科の医者は10人ぐらいしかいないのでしょうか。

ともかく正月のご来宅のときのアドバイスで、この病気は耳鼻科で診てもらのだということを知り、それがまっとうな治療につながったのですから、いい親戚を持ったものと、感謝しています。そのうちに東京で、息子どもも交えてやりましょう。そのころまでには完治していることでしょう。

投稿: アク | 2008/01/21 17:45

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