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2008/01/31

索引のない本

 日本で出版される本には索引の付いていない本が多い。小説やエッセイなどの文学作品は別としておこう。多少なりとなんらかの見解を主張する類の本には、索引を付けるべきである。欧米の出版物では常識である。本はある種の情報のかたまりである。本を読む目的の一つは、さまざまな情報に接することである。その情報を自分なりに処理し、取捨選別し、他の情報とつないだり、自分の経験と照らし合わせることで、思索が刺激される。場合によっては、同じ本を繰り返し読み返す。本を読みながらも、前に書いてあったことにさかのぼりたくなる。そんな時に、本につけられている索引が役に立つ。

 書店で本を手にする。目次やあとがき以外に、索引を一覧する。何が扱われているか、どんな人が言及されているか、いないか。それが本を買うか、買わないかの判断の目安になる。ところが本に索引が付いていないと、その手がかりが得られない。索引のない本が多いということが、日本における著者、出版社、編集者そして読書人の意識のレベルを反映しているように思う。このデジタル時代、索引を作成する手間はかなり軽減されている。それでも、充実した、的確な検索語の選択など、著者と編集人の力量に負うところは大である。良質の索引が付いていれば著作の価値も高まる。著者、出版社、編集者に「もっと『索引』を重視して」と呼びかけたい。

アマゾンの「なか見!検索」 最近アマゾンは「なか見!検索」というサービスをするようになった。本の目次や序論を含む最初の十数ページと、最後の索引の部分を見ることができる。買うか、買わないかの判断をするのにとても役に立つ。例示するためにアマゾンで「脳」をタイトル欄に入れて本を検索してみる。するとまず茂木健一郎「脳を活かす勉強法」 が、「なか見!検索」を許している。ごらんになるといい。しかし、この本には索引が付いていない。索引を見ることができる例として探していくと、「Minds Hacks-実験で知る脳と心のシステム」がある。検索があると、何を話題にしているかが詳細に分かる。

アマゾンの「洋書」で見てみる 同じことを「洋書」のタブで、タイトル検索語を "mind" にしてやってみる。まず「なか見!検索」を許している本が多いのに注目する。最初に現れたのは、A Whole New Mind: Why Right-Brainers Will Rule the Future である。日本でもすでに出版されている本(「ハイ・コンセプト『新しいこと』を考え出す人の時代」)である。いわゆるハウツーものだが、なか見をすると、充実した索引が付いている。あとで問題にするが、日本訳には同じ程度の索引が付いているかどうか。

索引の少ない新書本 いわゆる「新書」は、本を読む人がもっとも多く手にするようだ。かつては限られた出版社からでていたが、近年、つぎつぎに出版社が参入し、毎月どの社からどんな新刊が出ているか、とても目が行き届かなくなった。この新書に索引がついていないものが多い。軽く流して読む程度の本という位置づけなのだろうか。しかし中味が充実していて、繰り返し読んだり、参照する本もある。ところが索引がない。

岩波新書が元凶? 「新書」なるもののはしりで、戦前からある岩波新書がいけない。ほとんど索引が付いていない。それが方針なのだろう。古典ともいうべき斎藤茂吉「万葉秀歌」(上、下)にない。目次がそのまま索引ともいえるが、歌人別に何が扱われているか知ろうとすると、目次を丹念に当たるしかない。吉田洋一「零の発見」、朝永振一郎「物理学とは何だろう」(上、下)、丸山真男「日本の思想」など、名著と呼ばれているものに索引がない。ついているものが僅かにあることはある。手元にあるものでは、林健太郎「世界の歩み」(上、下)には人名索引がある。内田健三「現代日本の保守政治」には事項索引がある。藤森照信「日本の近代建築」(上、下)は、28ページにわたる人名索引、建築名索引と図版索引がついていて、利用価値が高い。たとえばウィリアム・ヴォーリズの代表的建造物が、どこの、何であるか、たちどころに引ける。

中公新書はわりといい ほかの新書を見てみると、もっともよく索引の付せられているのは講談社の「ブルーバックス」である。これは理系の本だから、あとで述べるが、検索が重視されている。同じ出版社の「現代新書」はひどい。ほとんど索引付きを見たことがない。鬼界彰夫「ウィトゲンシュタインはこう考えた」などは、立派な研究書だと思う。これに詳細な索引が付いていたら、どれだけ利用価値が高まることか。わりと索引に配慮しているのは、中央公論社の「中公新書」である。目についたのでは、ひと時代前のハウツーものだが、野口悠紀雄「『超』整理法」である。検索があり、それも通りいっぺんでなく、キーワードの組み合わせの索引、たとえば「情報」の項目を、その後に続くキーワードで分類している。ただ「情報」で、何十も該当ページが並べられても、いちいち見にいく気にならない。連語を索引項目とした組み合わせ検索は、充実した索引の常識である。ほかに中公新書では、竹内洋「教養主義の没落」、宮田章「霞ヶ関歴史散歩」などが目についた。新興の多くの新書で、索引を付けることに気を遣っているものは見あたらない。

文系、人文系は索引軽視 索引を付けるかどうか、ジャンル別に見ると文系に傾くほど索引無視、理系の方が索引重視という傾向があるようだ。学問分野では人文科学、社会科学、自然科学の順に索引重視になっている。学問分野の性格上そのようになっているのだろうか。一般書は勿論であるが、専門書でもそうである。哲学の専門書でも、日本の著者は索引を不要とする傾向がある。大森荘蔵の単行本では見たことがない。この人は参考文献すらつけない、というか、参考文献の引用を必要としない人として知られている。自分の考えをまとめたものを全体として読んでほしい。索引などで断片化されるのはかなわない、と考えたのだろうか。野家啓一の「言語行為の現象学」に始まる論文集には、人名索引と事項索引が付いていて、たとえば、どの哲学者についてどう論じているかなどを参照するの役立つ。外国の哲学の専門書で索引のないものを見たことがない。

社会科学、自然科学の専門書、一般書 社会科学では、人文科学より索引を重要視する傾向が見られる。手元にある専門書には、ほとんど索引が付いている(ついていない例。井上達夫「普遍の再生」岩波書店、2003年、中山茂編著「パラダイム再考」ミネルヴァ書房、1984年)。自然科学の専門書はほとんどすべて、一般向けの解説書にもだいたい索引が付いている。こうしてみると、出版社は「索引」を必要としているのは専門分野の研究者であるとし、それを分野別に仕分けているようである。

翻訳書の罪 索引に関して、全くひどいと思うのは、翻訳書である。原著でついているのに、翻訳書で省略している例が結構ある。じつは「索引」について、このブログに問題提起のエントリを書こうと思ったのは、このところ話題にしてきたスーパーストリング理論について読んだ、スモーリン「迷走する物理学」(ランダムハウス講談社、2007年)の日本語訳に索引が欠落していた、これはひどい、と実感したことが動機である。原著”The Trouble with Physics" は、アマゾンのサイトで「なか見!検索」ができる。18ページにわたる充実した索引がついている。和訳にこれもつけてくれたら、どれだけ活用できたことか。これだけの書物の価値をずいぶん削いでいる。翻訳者と出版社の怠慢というべきだろう。読者を馬鹿にしているともいえる。翻訳自体もとくに後半はわけの分からない言い回しになっている箇所がいくつも見られる。たぶん下請けにやらせて、よく見直していないのだろう。この本に限らない。原著にあるのに、翻訳で索引を省略している例は多々ある。著名な "A Brief History of Time" の翻訳「ホーキング宇宙を語る」(早川書房、1989)、ラマチャンドランの名著「脳の中の幽霊」(角川書店、1999)などをあげておこう。

文学評論では軽視されている 小説とエッセイは除くと最初に書いたが、文学評論、文学論となると話は別である。評論の本については、索引が役に立つ。だが、この分野でも索引は軽視されている。たとえば、村上春樹の文学評論の本を何冊か持っているが、索引があるものはない。ジェイ・ルービン「ハルキ・ムラカミと言葉の音楽」(新潮社、2006)は日本語訳だが、原著にはきっと索引が付いていることだろう。ついでに書いておくと、文学の個人全集で索引の充実しているもの(たとえば岩波版「漱石全集」、永井荷風「断腸亭日乗」など)は、利用価値が高いし、索引から本文へと読む楽しみを与えてくれる。

結論 本の価値は、索引のあるなしで大いに違う。日本の出版界で索引が軽視されているのは、著者、出版社、編集者そして読者の、書物に対する取り組み方の、ひいては知的活動の、レベルの低さを端的にあらわしていないかと疑わせる。読書を一過性のものとしていないか。知的価値のあるもの、すなわち情報についての、ねちっこさのようなものが足りないのではないかと考える。このエントリが著作者、出版業界の人の目にとまり、多少なりと問題とされることを期待する。

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