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2008/02/13

『求めない』をもとめない

 加島祥造の『求めない』(小学館、07/6月刊)というタイトルの本が売れているそうだ。40万部も売れたという。出版間もなく本屋で見たが、私はこの手の本は苦手で、買い求めなかった。80歳を超えた英文学者、詩人である。長い人生経験の果てに到達して心境を、「求めない、すると、・・・」という句ではじめて、短く印象的な言葉で結んだもの、百編あまり。見事だ。しかし、短い詩編をこの人の生から切り離して、ひとり歩きさせることに疑問を感じた。今月の総合雑誌『文藝春秋』(08年3月号)で、この短詩集がどのようなバックグランドから生まれたかを、著者が赤裸々に語っているのを読んだ(『「求めない」僕が、愛した女性』上記号176ページ)。やはり、著者の意図は、一般の受け止め方と違っているようだ。諦観ではなく、むしろ人間の本性である希求本能をおおらかに肯定しているのだ。逆説的に語られた「求めない」ともいえる。

人生訓めいた本が嫌い 「この手の本が苦手」と書いた、この手とは、人生訓めいた金言集(アフォリズム)とか、癒しや救いを安直に説く本である。さまざまな苦境に陥り、生きていくことに疲れ、何かの言葉に救いや癒しを求める人々がいることは分かる。宗教者や人生の達人が、さまざまに語っている言葉に救われる、あるいは少なくとも生きる上でのヒントをもらう、そういうことは確かにあるのだろう。でも、現実にはそれぞれが自分の抱えている問題を自分なりに対処していくしかないだろう。他人の言葉に頼ることは、多少のヒントにこそなれ、場合によっては、問題に向き合うことから逃げる方途にならないかと心配する。加島には悪いが、この本が売れる風潮は、安易に喜べないのではないか。そう思う。

失敗の見事さ 加島祥造という人を知ったのは、小島信夫について書いた評論によってであった。小島信夫が明治大学教授を退任するのを期にまとめられた記念論文集、『小島信夫をめぐる文学の現在』(福武書店、1985)の中で、『「失敗の見事さ」について』というタイトルで、同じ英米文学会仲間として寄稿しているのに注目したことがある。小島の文学については、直接何も書いていないようでいて、日本の文学界での小島信夫の位置づけを的確に語っている、その文意の鋭さに惹かれたのを覚えていた。

フォークナーの逸話 そこで加島は、フォークナーがアメリカの小説家をどう評価したかの逸話を紹介している。加島は多くの英米文学を翻訳しているが、最も力を入れたのはフォークナーである。そのフォークナーが、ある講演会でアメリカの現代の小説家をどう評価するかを問われたのだそうだ。フォークナーは5人の名をあげて、その順番と、なぜそのように評価するかを語った。一番はトーマス・ウルフで、次に自分自身を入れているのはともかくとして、4番目にヘミングウェイを置いて、その理由として「彼はまるで勇気がない」といった。そのことを知ったヘミングウェイは激怒した。1947年のことだ。その際のフォークナーの評価基準は、作品の成功度とか表現の巧みさとかではなく、文学者としてどれだけ夢を描いて文学の高嶺に挑戦し、かつ失敗したかの度合にあった。ヘミングウェイは、自分のこなせる手法を見いだし、そこに留まり、冒険しようとしたなかったということでフォークナーの評価は低かった。別の表現で言えば「失敗」しようとしないヘミングウェイが歯がゆかったようだ。フォークナーの評価基準は「失敗の見事さ」だった。のちにヘミングウェイが「老人と海」を出したとき、フォークナーは書評を書いて、「われら同時代作家たちの中で最上の作」と称え、「なにか人間を超えた存在の視点にちかづいている」と書いた。このフォークナーとヘミングウェイの逸話を引いて、加島は小島の文学を、その失敗の見事さにおいて、日本の文学界において特段と評価したのだった。

加島は見事に求めた人 そのことを思い出し、ここに書いたのは、加島祥造という人は、そのような視点を持った人だったということだ。人生において、失敗を恐れず、自分の課題に最大限挑戦することを評価する人なのだ。フォークナーを引いているが、それは加島自身の主張であったといっていい。そして、そのように加島も生きてきた。彼は「求めて、求め続ける」人だったのだ。英米文学の翻訳者としての仕事においても、女性関係においてもである。彼の翻訳したものは、フォークナーからアガサ・クリスティなどまで多岐にわたり、その数においても驚くべきものだ。上記「失敗の見事さ」の最初の「加島祥造」でリンクしたのはウィキベディアであるが、そこに翻訳書一覧表がある。その数と多様さに目を見張る。集中度もすごかったらしく、それで健康を害したりもした。女性関係についても、今回の文春の一文に赤裸々に語られているが、ある女性を求めて家族を捨て、それでいてその女性から捨てられるなど、数々の女性遍歴があったらしい。現在85歳。女性や家族関係を清算して、長野県伊那谷に独居しているが、

 不思議なことに、伊那谷でひとりになった僕を、ヘルプしてくれる女性があらわれたんです。何人かいたけれど、求めないでいると、向こうから来るんだよ。伊那谷にきてから、ひとりでも生き生きとしていたから、そこに惹かれたのかもしれないなあ。僕を哀れんで助けてやろうというふうでもないんだ。

などと、ぬけぬけと書いている。

「求めなさい」が本意 そういう人の書いた『求めない』であることを抜きにして、その本を読むことは間違っていると思うが、出版界と読者の関係は、むしろ誤解とすれ違いをベースに成り立っているようだ。

 ついでに著者の言葉を引いておこう。

 『求めない』という本は、「求める」ことを否定しない。むしろ肯定して、ある意味では「求めなさい」といっているんです。あなたの中のよりよい自分を「求める」ために、今求めているものをやめたらどうか、自分がほんとうに求めているものかどうか、検討してみよう。だからまず「求めない」と呟いてごらん。そういうふうに考えてもらえばいい。

そんなことを書いている。

 最後はこう締めくくられている。

 私たちにできるのは、自分が求める存在であることを知った上で、「求めすぎそうになったら、やめておこう」とバランスをとること。僕の「求めすぎた」人生経験からいえるのは、それくらいですね。

 『求めない』を、表面的に金言集として受け止める読み方とは、ずいぶん違ったことを著者は書きたかったようだ。 

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コメント

1月16日付のブログが適当かとも思いましたが、時系列を無視するのも不自然と考え、書籍の話題として、こちらに書き込みます。まずは、お元気なご様子安心いたしました。
 奥様の著書「ニューヨーク郊外の学校で」を旺文社文庫版で拝読しました。
 アメリカの中学校では、新学期が九月に始まり翌年の六月におわること。
壁のないオープンシステムの教室があること。
教科書は支給されるが、上級生から引き継がれること。
優秀な生徒は能力に応じて特別クラスがあり、先に進むことができること。
教育税や教育委員の公選制のこと。そして人種問題。
自由を規範とする国家の面目と現実を、かいま見ることができました。
 そして何よりも、ご子息への著者の愛情あふれる優しい眼差しです。信念を持ち、与えられた機会に果敢に取り組み、子供たちと共に学ぶこと。これこそ、教育そのものだと教えられました。

 団塊の一人である私は、戦後民主教育の中で育ち、受験競争を経験してきました。
高校時代、田舎の進学校では、校内模試テストの順番で席順が決まることもありました。当時は、そんな自分たちの置かれている教育環境に何の疑問も持たず過ごしていました。
そして今、日本の教育を考えるとき、私が体験してきたこと。私たちの子供が経験してきたこと。さらにはその子供たちの時代になろうとしている今、教育の課題に、さほど違いがあるようには思えません。
 ゆとり教育の見直し、公立校での小中一貫教育。また折りしも、新聞紙上では神奈川県教育員会が学習指導要領に加えて日本史を県独自の必修教科にしたことが、取り上げられています。
 現場を見ていない親たちは、わが子かわいさの余り、教育に関して総論賛成各論反対の立場になりがちです。ぶれながらも正しい方向に向かって欲しいものです。

投稿: sollers | 2008/02/15 20:57

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