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2008/03/18

長生きはよくないと久坂部医師

 長生きはよくない、危険だ、もっといえば、悲惨だ。そんなことを堂々と主張している本を読んだ。一年以上前に出版されていたものだが、余丁町散人さんのブログに紹介されるまで知らなかった。さっそく読んでみた。久坂部羊(くさかべ よう)「日本人の死に時」(幻冬舎新書、07年1月刊)である。副題に「そんなに長生きしたいですか」とある。先進国の中でぬきんでた高齢化社会となっている日本では、高齢者が世界一、二の長寿を楽しんでいる。あらゆる場に元気な高齢者が溢れている。各種のスポーツ施設、ショッピングセンター、公共施設、海外旅行などなど。健康に長生きすることはいいことだ、が世間の常識である。そんな中で、長生きはよくない、苦しい、悲惨だ。長生きを望まず、死に時をわきまえ、早々と死ぬがよろしい(とまでは書いてないが、そう取れる)と主張しているのだ。元気な高齢者ばかり見ていると見損なってしまう陰の部分が、老いに伴っている。そちらに目配りすることを促している。じつは高齢になると誰もがヒタヒタと忍び寄る陰を感じている。できるだけ遠ざけたい話題だが、著者がどんなことを言っているかを紹介し、考えてみたい。

著者とその指摘 著者は、在宅老人医療を専門にする医者である。自宅にいて治療を受けに通院する、あるいは往診をしてもらう、そういう患者さんを診ている。あるいは介護施設でのデイケア時に相談を受ける。そこで出会う患者の大部分は、長生きを喜ぶよりも、苦痛に感じ、何とか早く死にたいと口にする。健康な長寿を礼賛するだけで、長寿に伴う苦痛に目を背けるのは間違っていないかと、実際立ち会った数々の例をあげて警鐘を鳴らしている。著者は、1955年生まれ。医業のかたわら、医療や医学界を題材とする小説やエッセイを数多く出版している。

 著者が指摘していることは多岐にわたるが、主なものは、以下の4項目にまとめることができるだろう。

1)一般に長寿は良いこと、とされているが、必ずしもそうではない。長生きの最後は、苦しいものだ。悲惨ともいえる。長生きを美徳とする常識を変えるべきだ。昔のように、自然な死を迎えるほうがいい。

2)病気の治療と延命を何より大事とする医療のあり方は考え直したほうがいい。治療することでかえって死に至るまでの苦しみが増してしまうケースが多い。安らかな死を迎えることを手助けする医療へ、老人医療のあり方を切り替えるべきだ。

3)医療に延命を求めるより、死に時をわきまえ、それまでの充実した生を目指したほうがいい。

4)治療を受ける側と医療関係者がこのように考え方を変えることにより、医療・介護などの問題は、よほど良い方向に変えられるのではないか。

長寿は幸せか 健康寿命という考えがあるそうだ。元気に活動的に生きている期間をいう。きちんとした定義があり、統計が取られている。日本の場合、男:72.3歳、女:77.7歳。これに対し、平均寿命は、男:78.4歳、女:85.3歳である(03年のデータ)。その差、平均寿命 - 健康寿命は、病気でいる期間であり、日本の場合、男:6.1年、女:7.6年。これは主として老後に集中する。いわば介護を要する期間である。認知症になったり、寝たきりになったりする場合もある。けっこう長い。人生最後のこの時期に、たいていの人は苦しんで死を迎える。場合によっては悲惨である。多くの老人は、早くその時期をお終いにして死を迎えたいと願う。日本人の平均寿命が延びているのを、めでたいこととしているが、延びているのは平均寿命であって、健康寿命ではないらしい。平均寿命の伸びは、主として医療の進歩のおかげだが、考えようによっては介護期間を延ばしているだけなのだ。いうなれば、人生終末期の苦痛の期間だけが延びている。それが果たして幸せなのだろうか。92、3歳となった両親を相次いで見送った時期のことを思い出す。医療施設を併設した老人ホームに過ごし、まずまずの最後だったと思った。だが、時おり母は「まるで牢獄にいるようだ」とドキリとするようなことを口にした。施設が牢獄だというのではなく、いつまでも死なないで病苦にあえぐ肉体に閉じこめられていることを牢獄だ、といったようだった。

医療の進歩、人々の価値観の変化 日本人の平均寿命が短かった頃、人々は、年をとったり病気になったりするとと、食べたり飲んだりができなくなり、今のように進んだ医療を受けることなく、自然と死んでいた。今では、先進的な検査を受け、病因が突き止められ、手術を受け、抗ガン剤などの進んだ医薬の投与を受け、食べられなければ、点滴やチューブでの栄養補給で、とことん生かされる。死ぬときは身体がチューブだらけということもある。それはほんとうに良いことなのだろうか。必要以上に長生きさせられてしまい、つらいだけではないか。長生きは危険、と著者は書く。苦しみが長びくだけで、延命は価値あることなのか。これは医療側だけに突きつけられた問題ではない。医療を受ける側の問題でもある。人々は欧米流の生活になれ、医療技術の進歩を恩恵とうけとめ、ふだんの健康についても、いざ病となったときも、本人も家族も、とことん手を尽くそうとする。その結果が上に書いたような実態である。「医療が創り出す悲惨な臨終」である。この変化が、ほんとうにいい生き方、いい死に方をもたらしたのか。著者はそう疑問を突きつけている。もっと自然に死を迎えるのが日本人だったのではないかと。

治療、延命の医療から、死をサポートする医療へ 著者が最も重点を置くポイントだ。医者は病気を治すことが使命であると考えている。何とか治してあげようとあらゆる手を尽くす。手術をする。手術は成功するだろうが、その結果はどうだろう。患者の命は多少延びるが、一方不安の日々を過ごし、苦痛にさいなまれる。それがほんとうの医療なのだろうか。医療の現場で著者は悩んできた。治療し、あれこれ手を加えることで死ぬことがますます苦しくなるより、楽に死なせてあげる手段をとったほうがいいのではないかと。「死を支える医療」と著者は主張する。助かる見込みのない患者の命を延ばそうとするより、死をできるだけ良い形で迎えられるようにサポートしてあげること。極言だが、生かす医療から、死なせる医療に切り替えよ、ともいう。しかるべき時期に上手に死なせる医師、「死の側に立つ医師」が必要だ、と書いている。安楽死をも視野に入れる必要があるとしている。すでにヨーロッパでは、厳しい条件のもとで合法化されている国がある。日本ではなかなかそうならないだろう。しかし「裏の安楽死」と呼ばれる、実質的なものはあるらしい。無駄な延命を行わないことだ。モルヒネや鎮静剤をもっと使うことなど、具体的に提言している。

死をサポートする医療は医療費を減らせる 国民医療費がますます増額していくことが国の将来にとって問題となっている。高齢者の割合が増え、若年層が減少し、負担増が問題になっている。「後期高齢者医療制度」などという、おぞましい名の制度が新設される。終末期といわれる死の直前の医療費が大きな負担となっている。老人は老人同士で負担してくださいという制度なのだろうか(健保からの負担があるそうだが)。終末期医療費は老人の医療費の20%を占めるという。国民一人が一生使う医療費のほぼ半分が、死の直前の2ヶ月に使われるという。無駄な延命を多くの人が拒否して、楽な死を選ぶようになれば、ずっと少ない費用ですむようになるだろう。医療が創り出す悲惨な臨終をなくし、苦しみを抑制してもらって、楽な死を迎えることが、医療費の問題も軽減するのだ。

日本人の死に方 書名に「日本人の」とつけたのには、著者の格別の意図があったようだ。日本人には日本人なりの死生観があった。それにのっとって、明治の人、大正の人は、病を得ればじたばたすることなく、従容と自宅で家族に看取られて死を迎えていた。自然な死を尊んでいた。これだけ医療技術が進歩した今、そこに戻ることはできないだろうが、死に方、死に時を見直してみようとの著者の主張に耳を傾けてみるのも良かろう。それは同時に良い生き方を考え直すことにつながる。著者は、江戸期の歌人・禅僧の良寛が、大災害に見舞われた知人に宛てた手紙の言葉を引いている。「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候」。

病院に行かない選択肢 著者は、ある年齢以上の人は病院に行かないという選択肢を提案している。その利点としてあげているのは、
1)濃厚医療による自然でない死を避けられる。
2)つらい検査や治療を受けなくてすむ。
3)よけいな病気を見つけられる心配がない。
4)時間の無駄がなくなる。人生の最後はひたすら病院通いという。
5)お金の無駄を省ける。
6)精神的な負担が減る。病院に行けば安心というのは幻想。かえって不安を増す。
 もちろん病院に行って治る病気もある。死に至る病かどうか、自分の実感で見極める必要があるだろう。著者は、1−3ヶ月で治療の効果があらわれない病気は見切りをつけたほうがいいと勧めている。

私の考え うかうかしているうちに、私も70歳はとうの昔、70台半ばに向かいつつある。つい先日、入院生活を経験した。命に関わることのない病だったが、入院病棟に収容されることで、病気・老い・その果ての死に直面した人々を見た。その前に、たまたま自分の墓を準備するというようなことがあった(そのことはここに書いた)。現在とくに身体がどうのという問題があるわけではない。しかし死を、少し前に比べて、身近に感じるようになった。そんな時期に読んだこの本にはあれこれ考えさせられた。やがて来る死をどのように迎えるか。著者が言うように「死は人生の最後に片づけなければならない大仕事」である。それでいて、死と死に至る過程は、残念ながら意のままにならない領域にある。しかし、できるだけ自分なりの意志で備えをしたいものだ。私の原則はこうだ。ふだんの生活で、健康維持に気をつける。うまいものを食べ、酒もほどほどに飲み、楽しむ老後を元気に過ごすつもりだ。不調の場合、医療機関に行くかどうかは、自分で判断する。判断ミスは自分の責任(先日は判断ミスをした)。手術を要する病気になったら、その成否をよく聞いて、納得がいけば受ける。多少の延命ならそれを避け、「死をサポートする医療」をお願いする。生命維持装置などは拒否するむね、家族にふだんから表明しておく。介護が必要になったら、介護制度を利用する。老人ホーム入りは考えず、できるかぎり自宅で最後を迎える。だが家族の負担も考えなければならない。なかなか望んだようにはいかないものだろう。

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コメント

アクさんの紹介される本は何時も時代の風を吹き込んで下さって感謝しております。
今回、ここに書かれた本は、まさに今の私にぴったりの考えるヒントをぶつけて下さいました。
お書きになっているアクさんご自身もかなり気合いの入った感じが伝わってきます。

副題の「そんなに長生きしたいですか?」
なんと挑発的な言葉でしょう。しかし、ある意味で私もいつも無意味な長生きには疑問を持っていましたから、非常に共感する部分もありです。

医学界あげてアンチエイジングに取り組んでいるこの時にあえてこの発言、どっきりとはしますが、これが全くはずれているとは私も思いません。
ただ、むかしむかしから、どこの国の王様も、皇帝も不老長寿の?を探し求めていたのも事実ですから、長生き願望もあながち現代人だけの欲望でもないと思います。科学の進歩と人間の欲望がかなり近寄ってきた結果ではないでしょうか?

私の知り合いで、若い頃、地方の医師会長などつとめた立派な方でしたが、やはり90歳をこえてから老人の施設ですごし、幾つかの施設を転々としました。それはかつての地位からくるプライドが施設の対応に不満だったためです。
といっても、本人が施設を変えたのではなく、施設から追い出されてしまうためでした。

本人には、苦しい老後であったにちがいないのです。時折「死んでやる」と怒って、ハンガーストライキをするらしいのですが、すぐに空腹にまけて、結果はパクパク食べていたようです。
だから、きっと本人は死にたい位の気分だったと思います。こんな長生きならしない方が良かったかもしれません。今は、こういう人の方が多いのでしょう。

ここから先は、私自身の介護の経験になるのですが、私の夫は自身で意思を伝えることができません。
全くの認知症かといえば、そうでもない、こちらの話のいくらかは通じます。
でも、今現在、夫がどんな老後を望んでいるのかを、妻の私ですら察知することができません。今まで一緒に暮らしていて思うのは、きっと長生きしたいと思っているに違いないという程度です。ただ、今のような老後を迎えるとは想像だにしていなかったのではないでしょうか。

片時も目を離すことができない夫を介護しているということは、いわば、私の命を削っているとも言えるのでます。大げさなと、第三者は言うでしょう。
でも、たとえ寝ている時ですら、夫の気配に気をつけていますから。夫が目ざめて立ち上がれば、ベットの足元にしいてあるマットがキンコンと鳴って知らせてくれます。今ではこのキンコンを聞くだけで憂鬱になりますが、これは便利な機械です。
勿論、一人で用はたせます。ただ転倒や、寝具がきちんと始末できているかどうか確認のために起きるのです。

昔の童謡に「冬はお風邪を召さぬよと お布団直して下さった」というのがありましたね。あれです。だから、私は夜寝てから朝まで目が覚めないなんて事などありません。夜中に何度も起こされるのでから。これってやっぱり身を削っていることでしょう。

それなら、そんな辛い夫の世話が早くなくなればいいのか?
そこなんです、やっかいなのは!だからと言って、決して夫の死など願ってはいないのです。ということは、命って自分だけのものではないという事ではないでしょうか?かりに夫が苦痛よりも死を選びたいと思っても、果たして家族がそれを受け入れられるかどうか?

久坂部医師の「病院へ行かない選択肢」というのに、全く私も賛成です。延命治療などうけないで、さっさと行きたいと思っております。

しかし、夫は癌の手術後2年も元気に生きています。大腿骨も骨折しましたが、人工骨を入れて歩けるようになりました。
脳に溜まった水も管を挿入してお腹に流して歩けるようになりました。

この三つのどの手術をパスしても、現在の夫の暮らしは成り立たなかったことでしょう。おそらくもうこの世にいなくなっていたかもしれません。それでも、「病院へ行かない選択肢」を選べるでしょうか?

かなりの覚悟がいるのではないでしょうか?アクさんなら、この著者のようになさいますか?

もう一つ、4月から実施される後期高齢者制度という失礼な言葉に、私はとても腹がたっています。
私の友人たちもみんな怒っています。嫌な言葉ですね。

投稿: 美千代 | 2008/03/19 22:51

美千代さん

「気合いの入った」コメントをありがとうございました。
一度書き込んで、送信したものが、どこかに消えてしまい、書き直していただいきました。きっと最初のものは、もっと気合いが入っていたことでしょう。

この問題の現場そのものにおられる美千代さんの言葉の重みには圧倒されます。私が書いたような「きれいごと」ではなかなかいかないものですよ、とやんわりとたしなめてくださった。そう受け止めています。

ひとりひとりの死に至る道のりは、ひとさまざま。それぞれの場合ごとに、本人にとって、家族にとって、はじめて出会う修羅場、つらい選択、果てしなく続く闘病と家族にとっての看病、ホッとしたり、また次の山場が来たり、・・・、そういうことのくり返しなのでしょう。こんな軽い言葉では言ってはいけないような現場があるのでしょう。それは経験してはじめて分かることでしょう。

久坂部医師がいいたいのは、こういう場合場合で、とにかく生かそうとしてきたのを、安らかに死なせてあげたらいい場合もありますよ、ということでしょう。

美千代さんの場合、ほんとうによくやっておられると思います。賢明な選択と果断な実行力には敬服しています。ご主人も幸せだと思います。しかし、これから先、外出もできない、寝たきりになる、食べ物も自分で食べられない、苦痛を訴えるようになる。そんな状態になりそうなときに、どう考えるか。久坂部医師のアドバイスは、そういうときの参考になるのではないでしょうか。

私の場合?終わりの部分に書きましたが、「死と死に至る過程は、残念ながら意のままにならない領域」だということは分かっていますし、「なかなか望んだようにはいかないもの」で、じたばたみっともない死に方をすることでしょう。

このエントリを読まれて、自分の経験した場合とか、ぶつかった難しい判断、などを、他の方も書いてくださるといいですね。

投稿: アク | 2008/03/20 10:32

アクさん

もう一度しつこい様でも書かせてくださいませ。
私も久坂部医師の言いたいことはよく分かっていますよ。でも、死に時は難しいです。

ここまでは、お医者さんにかかってみてもらうけれども、もうこの辺から先は自然に任せようか?この時をあやまってはいけませんね。

知り合いのご主人ですが、やはり長い患いから寝たきりになっています。誤嚥のために肺炎になり、治療のあと治りましたが、今度は食事が摂れなくなりました。
点滴にするか、胃ロウにするかの選択を迫られました。彼女は悩んだ末に点滴にしたそうです。最近はやせ細ってしまい、この先長くはないという事でした。

こういう時の事でしょう。分かっていますよ。

病院生活をしていると、そのことが良くわかるのですよ。たとえ美味しくなくても病院にいる時は、食事の時間は待ち遠しいものです。一つの時間の区切りとしてもです。

元気な人には配膳がまわってきますが、ナースセンターの近くには、どろどろの食事のつまった袋がいくつもぶら下がっていますよ。気の毒だなあ、こんなもの食べて生きるのは、さぞかし辛いだろうな。

死に時を自分で決められるものなら、もうこの辺で結構だと、勿論思います。

話は少し逸れるのですが、最近、木の実を拾ってリースなどを作ることを覚えました。秋には、毎日、公園に出向いて木の実を拾い集めていましたが、どうしても欲しい木の実が枝先にへばりついていて落ちてこない、高枝切り機があればと何度も思ったことでした。
年があけて、そんな木の実もパラパラ落ちてきました。ところが、喜んで拾いあげてがっかり。もう木の実はすっかり色あせてリースに使いたいとも思いませんでした。
木の実にも落ち時があるのです。多少の命は残して死ぬことで、美しくリースとして生かして使えるのですよ。

目一杯命をつかい果たさない美学でしょうか?
しかし、命に美学は必要なのか?果たしてどんな風にこの世におさらばする事になるのか?
悩んでいます。 アクさんのこのお話、とても興味深いです。


投稿: 美千代 | 2008/03/20 11:56

この記事を読んでいて頭をよぎったのは吉行淳之介と宮城マリコ夫婦のことです。宮城は吉行をできるだけ看護したかった。その気持ちがわかっていた吉行は延命治療を出来るだけ受けいれた。しかるべき時が流れ、ある日吉行が宮城に言ったそうです。「もういいだろう?」とてもやさしい一言だったようです
 そうありたいものだとは思いますが、そこまで自覚して生きる限度を超えてしまったらそうはいかない。重い問題ですね・・・。

投稿: 魔法使い | 2008/04/01 23:14

魔法使いさん

 この話は知りませんでした。別の第2か、第3の女性の側からの打ち明け話は興味深く読んだ覚えがあります。

 このエントリを出したときに、いったん書いたものの掲載しなかったのは、吉村昭の最後のことでした。津村節子が「お別れの会の挨拶」で明かしていました(「文藝春秋」06年10月号)。最後に自宅治療を受けていたとき、津村の目の前で、自分で点滴のつなぎを外し、それを再びつながれると、今度は針を自分で抜いたのだそうです。津村も娘さんも「もういいよね」と涙ながらに納得したそうです。

 その前、何度目かの入院をした際、経過を見て、本人も津村も、自宅に戻ることをつよく求め、最後に予定されていたCT検査も断って退院したそうです。死期を悟っての延命拒否だったのでしょう。

投稿: アク | 2008/04/02 09:20

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