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2008/04/04

バーンシュテインの新著「核兵器について知っているべきこと」

080404bernstein
 核兵器の開発史については、これまで数多く語られ、文献、書籍の類も多数ある。開発スタートから60年もたったこの時期に新たに出版されたバーンシュテインのこの本(Jeremy Bernstein: "Nuclear Weapons, what you need to know", Cambridge Univ. Press 2008)は、その系譜に属するものだが、いくつかの点でユニークであり、現時点での出版の意義は大である。紹介しよう。

ニューヨーカーという雑誌 The New Yorker という雑誌をご存じだろうか。もともとはニューヨーク・シティのタウン誌的なものだが、市内の話題とか、催し物案内などのほか、エッセイや短編小説を載せている週刊誌である(現在は2週の間をあけることがある)。といっても馬鹿にできない。80年を超す歴史があり、独特の文化の香りを持っている。しゃれたというか、エスプリが効いたというか。村上春樹の短編小説がいくつか掲載されたことがあった。その知らせを受けたときの天にも昇る気持ちを、率直に彼は書いている。『僕にとって「ニューヨーカー」という雑誌は、長いあいだにわたって、ほとんど伝説に近い「聖域」に属するものであったからだ。そんなところに僕の書いた小説が載る・・・と思うと、そんなに涼しい顔はしていられない。(・・・)ぼくにとっては、おおげさに言えば、「月面を歩く」のと同じくらいすごいことだった』と(「象の消滅」新潮社、05/3刊、まえがき)。

ニューヨーカーが育てたサイエンスライター そんな「ニューヨーカー」が一般人向けの科学解説記事を書く専門家として育てたのが Jeremy Bernstein であった。1929年生まれ、ハーバード大卒の高エネルギー物理の研究者であるが、若いときからライターとしての才能を顕し、1960年からサイエンス・エッセイをこの雑誌に書いている。物理学の最前線の話題と、個人的に接した物理学者の逸話とを巧みに織りこんだものだ。その語り口はユニークで、多くの愛読者を持っている(私もそのひとり)。この雑誌に掲載されたものを含めて、いくつかのテーマについてのエッセイ集が、何冊もの(たぶん十数冊)著書となって出版されている。どういうわけか、日本語に訳されたものがない(08/5/05追記、これは間違いであった。エントリの終わりに追記して訂正する)。平易な英語だし、翻訳してしまうと、彼独特の味わいが失せてしまうのだろうか。

核兵器について次世代に語り継ぐ その彼がこのところ、核兵器問題をしきりにとりあげている。これはエッセイというよりまとまった本として出版されている。「プルトニウム・この世で最も危険な物質の歴史」(07年)、「ヒットラーのウランクラブ」(01年)、「オッペンハイマー・謎の人物の肖像」(04年)などである。核兵器への関わりについていえば、この人はいわば第2世代に属する。直接核開発に動員されたオッペンハイマー、フェルミ、テラー、ベーテらを第1世代とすると、彼らに教育を受けて育った世代である。原爆開発のあと、動員されていた世界1級の科学者たちは、通常の研究現場に戻った。そのころ物理学を志したBernstein は、さまざまな大学、研究機関を渡り歩き、第1世代の何人かに教えを受け、知り合いとなった。またサイエンス・ライターとして認められるにつれて、直接インタビューをするという機会もあった。数多くの第1世代の枢要な人々からじかに話を聞いた。第1世代の人はほとんどがすでにこの世を去っている。Bernstein 自身も年をとった。次の世代に核兵器開発の正しい歴史を是非語り伝えておく必要がある。それがこのところこのテーマを取り上げている動機なのだろう。それだけではない。核兵器開発はいまだに続いている現在の問題でもある。

歴史にとどまらず現在の問題 超一級の科学者を結集してなされた超絶のプロジェクト「マンハッタン計画」で生み出され、広島、長崎の悲劇を生んだ核兵器は、人類が産みだした最悪の化け物であろう。それが、いまなお国際政治の舞台で最も難しい問題であり続けている。依然として妖怪は地上を這い回っているのである。北朝鮮で、イランで、そして次は? "What you need to know" という副題を付けて書かれたこの書の内容は、現在の世界状況の中で、核兵器の過去と現在について、一般人が知るべきことが多々あり、それを忘れてはいけない、自分の知っていること、とくにこれまでの文献で正しく伝えられていないことをこの機会に書いておきたい、科学の核心部を薄めることなく分かりやすく書くという、自分ならではの特技を生かして。そうBernstein は考えたのだろう。

 彼がこの本で書いていて、これまであまり知らなかった興味深い点を少し拾って書いておこう。

プルトニウム爆弾の開発は中断したかも プルトニウム爆弾が危うく頓挫しそうだったことはよく知られている。原料(プルトニウム239)を原子炉(プルトニウム生産炉)で作るときに、プルトニウム240が付随してできてしまう。この核種の自発核分裂率(中性子によって誘導されことなく自然と核分裂が起こる、その割合)が高いため、爆弾内部で、起爆以前に多数の中性子が発生してしまう。原爆の基本は、核物質を超臨界にする、ぴったりそれと同時に、反応をスタートさせる始動中性子を注入し、効率のいい核爆発を起こすことである。プルトニウムでは、それが難しい。自発核分裂による中性子があることで、不発(fizzle)になってしまうだろう。プルトニウム爆弾は使いものにならない。そう分かったとき、オッペンハイマーは、原爆開発センターであるロスアラモス研究所の所長を辞そうと考えたそうだ。大プロジェクトはこれで破綻だと、観念したのだ。間もなく、プルトニウムをいくつかに分けて離しておいて、爆発の瞬間に集めるという内爆方式が持ち出された。それは非常に難しい技術だったが、幾多の困難が克服されて、プルトニウム爆弾が実現した。その結果、長崎にこれが落とされることになったのだが、もし、あそこでオッペンハイマーが辞め、プルトニウム爆弾の開発が中断されていたら、原爆開発と日本での被曝の歴史は様変わりしていたことだろう。

ドイツに先を越されるな これが、原爆開発に着手したきっかけであり、ロスアラモス研究所に集められた科学者たちをあれほどの熱情に駆らせた動機であった。20世紀初頭の物理学革命を主導し、核分裂を発見したドイツ科学への畏敬の念は誰もが持っていた。彼らはきっと原爆を開発するにちがいない。それが実戦に使われたら、連合国側に有利に傾いている戦局が反転するのではないか。恐怖に近い感情が、夜に日を継ぐ活動へと彼らを駆り立てたのだった。しかし情報筋は、ドイツは原爆開発をとうに諦めているとの確かな情報を得ていた。そのことはプロジェクトの指揮官グローブス将軍には伝えられていた。彼は、意図的にその情報を科学者たちに伝えるのを避けた。ドイツが降伏したことで、科学者の当初の動機は消えたが、そのころになると、科学者たちは、原爆開発を完成すること、高度の技術的困難を克服しての達成感に駆られていたのだろう。そして日本での投下に至った。グローブスの密かな意図は、戦後のソ連の封じ込めにあったらしい。

原爆スパイが歴史を変えた クラウス・フックスの原爆スパイ事件のことはよく知られていた。最近になって、ソ連側の当事者が詳細を明かしている(ここ)。英国側の研究グループの一員として計画に参加したフックスは、物理学者として一流で、人望も厚く、開発のど真ん中にいた。あらゆる情報に接することのできる立場にいた。そのすべてを彼はソ連側に流した。どんな情報をソ連側が手にしていたかが分かってきている。ごく詳細にわたっている。たとえば起爆装置の設計などの例がこの本に書いてあるが、構造、寸法など細部にわたる。彼の情報なしに、ソ連はあれほど早く原爆開発を行えなかっただろう。著者は、フックスのスパイ行為がなかったら、そしてアメリカ側の情報管理が完璧だったら、現在の核拡散状態は存在しなかったろうと書いている。フックスの行為ひとつで、その後の世界は、大きく変わったものになってしまった。フックスを動かしたのは、アメリカの核兵器独占状態は将来の世界情勢にとってよくないとの判断だった。それが正しかったかどうか。それに、彼は金を受け取っていた。兄弟が結核でサナトリウムへ行くための金が必要であった。些細なことが原因で、歴史が大きく変えられることがあるものだ。

地上核実験を実見しての変化 著者自身、ポスドク時代にロスアラモスの研修生であったことがあり、地上核実験に立ち会う機会があった。それは、現場を見たものならではの経験で、彼にとってその後の核問題を考える上での稀有な経験だったという。実験を見たものは、そのすごさに圧倒され、「橋を渡ってしまった」という実感をえてしまうものらしい。当時彼は、地上核実験の是非をめぐって、アイゼンハウアーとスティーブンソンとの間で闘われた大統領選で、心情的にはスティーブンソン支持でありながら、地上核実験は必要と判断してしまった自分の心境を率直に語っている。

水爆は必要なかったか 水爆開発は必要であったか。現在も続いている原爆の高性能化開発により、広島型の10倍の爆発力(200キロトン)を持つ、小型で高性能の原爆が開発されており、実戦的にはこれで十分で、メガトンクラスの水爆は、保有することに意味があっても、実際に使えない、としている。

テラーの怨念 エドワード・テラーを水爆開発に駆り立てたのは、ハンス・A・ベーテに対する対抗心だったらしい。テラーはロスアラモス研究所所長のオッペンハイマーが、ベーテでなく、自分を理論部長にすべきだったのに、そうしなかったことに怨念を抱いていた。それが水爆開発のエネルギーになったし、オッペンハイマー事件でテラーを反オッペンハイマーに駆り立てたのだった。この話は科学者集団の中でのきわめて人間くさい話である。

核の闇市場 現在の核拡散問題についても最後の章をさいて書いている。パキスタンのA. Q. カーンによる核の闇市場が、自国だけでなく、北朝鮮、リビアを核保有国にしてしまった。そして今後の話だがイランもその線で仲間入りしそうである。核兵器を持つことの国際政治上の魔力が、核拡散が止まらないという事態を招いている。そして秘密情報の漏洩、機微な機器と原料の闇取引に関わる人々が暗躍する。西側の技術者として経験を積み、機密情報を持って、自国に帰り核開発に従事する。それだけでなく、技術と機器などを闇市場で売るところまでいってしまう。どうしたらいいのか。手がない。それが世界の現実だという以上のことを著者は書いていない。核不拡散の制度に信頼を置いていないし、核軍縮が成功することにも期待していない。

被曝の観点の欠如 著者は日本への原爆投下について、きわめて淡々と書いている。被爆者側の視点はない。被曝による死亡者数も最低の数字で書かれている。この点についてはこの本の米アマゾンの項目(ここ)の読者評に、的確に指摘されている。
 
あらためて思うこと かつてこのブログで、核兵器問題を集中して書いたことがある(このブログを「原子力問題」で検索していただくと関連エントリを読むことができる)。この本を読んだことで、あらためて思い返したことがある。かつて書いたことだが、論点をまとめておく。

「知核」が必要 唯一の被爆国であることから、日本人は核兵器について、特別な世論を保持してきた。それが政策としては、非核三原則にまとめられている。原子力の平和利用をし、プルトニウム利用まで踏み込んでいるが、核兵器を開発する意図はない。私はかねてからプルトニウム利用にすら反対している。他方、私はかねてから、核兵器について正確な知識と判断を持ち合わせるべきことを主張してきた。たとえば、「軽水炉使用済み核燃料からの原爆は実験済み(07/1/06)」でこう書いた。

 (別サイトに)「原爆の物理的問題」を何編か書き足していくつもりだ。私の意図は、「原爆を作るために」必要な知識を追究することではなく、われわれの安全保障上重要な「近隣国の原爆技術を間違いなく評価する」のに必要な知識のレベルを上げることである。日本の原子力技術者は、そこに深入りするのを避けてきた。それゆえにいい加減な知識が横行する。原爆を作ることはない。しかし原爆についての科学的知識を詳しく、正確に獲得することは、安全保障上重要ではないかと考えるのである。これについては、識者の議論をまちたい。

 核兵器を持たないということ(「反核」)と、核兵器について正確な知識と判断を持ち合わせること(「知核」:私の造語)とは、矛盾なく両立することである。特殊な利害関係にある北朝鮮が、核保有国になってしまった現在、「反核・知核」が特に重要である。上記した別サイトは、私の怠慢ゆえに中断している。ネタはあるのだが、まとめて書く時間も集中力もなくなってしまった。

核兵器を知る専門家集団を この本を読んであらためて思ったのだが、核兵器について、以下の三つの分野に通じた専門家集団を日本に持つことが必要である。1)核兵器についての技術的知識をもった専門家。2)核拡散防止の専門家。これは技術面と政治面と両方がある。そして、3)国際政治の専門家。この3者が協力して、核兵器問題を専門とする研究グループ、さらにはシンクタンクのようなものを持つことは、これまでタブー視されてきたようだが、安全保障上大事なことだと考える。

 少し詳しく補足しておく。
1)核兵器についての技術的知識。これは原子力技術と同一視されがちである。たしかに共通部分はあるのだが、原子力技術の専門家が核兵器技術に通じているわけではない。そのことは北朝鮮原爆実験後にマスコミに登場した原子力安全専門家がトンチンカンな言論をしていたことで明らかである。日本では核兵器技術を知ることすらタブー視され、専門家が育っていない。それでいいのか心配である。
2)核拡散防止技術及び政治論。これは特殊な分野で、技術知識と核不拡散政治論と二股をかけて通じている専門家を必要とする。原子力分野でこの問題が具体的になった頃、相当数の専門家が育った。私も何人かを知っているが、いずれもユニークな方々で、それぞれの主張が互いに相容れない傾向があった。まあそれは当然だろう。政治学者が各人各様の主張を持つのに類似している。しかしその後、この分野は成熟してきているのか。そして、次世代が育っているか私は現状を知らない。
3)国際政治論。上記分野の専門家は国際関係論の専門家ではない。この分野は技術(前述の通り、原子力技術というより核兵器技術)の十分な把握と、国際政治についての基礎的・現実的知識を必要としている。国際政治の専門家の参加が必要だろう。

【追記 08/5/05】この人の書いたものが和訳されていないと書いたのは、間違いであった。以下の著書がすでに翻訳出版されている。彼の名前がバーンステインとされていたため、検索しそこなっていた。
電子計算機:その過去・現在・未来(喜安孝訳、実業之日本社、1969)
心をもつ機械 : ミンスキーと人工知能(米沢明憲,米沢美緒訳、岩波書店、1987)
ベル研:AT & Tの頭脳集団(長沢光男訳、HBJ出版局、1987)
アインシュタイン : 時間と空間の新しい扉へ(林大訳、大月書店、2007)

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