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2008/05/14

薬師寺展を見て

 薬師寺の日光、月光菩薩が東京にお出ましと、話題になっている(薬師寺展)。大和古寺・仏像好きとしては見逃せない。行ってみたが、いささか違和感があった。人が多すぎる。博物館とはいえ、イベントかなにかの雑踏に紛れて、単なる見せ物を見ているような感じである。本来の信仰の対象としての神秘性が消えてしまっている。美の対象としての鑑賞も、この場の雰囲気ではままならない。仏像は、仏への信仰のあるなしに関係なく、その本来の場所で見るとき、心に響いてくるものがある。古来多くの人が、それぞれ必要としている救済を希って、祈りをささげてきた、その厚みをひしひしと感じる。長年にわたりこの仏を仰ぎ見てきた人々の思いに共感して、その眼差しを想像しながら見上げることができる。それがここにはない。押し合いへし合い入場してすぐに、これは駄目だと感じた。仕方がない、群衆に交じって、見せ物として見てみるかと考えた。

 せめて週日にと、金曜日の午後に行ってみた。それでも長い列ができていて、20分待ちだという。会場内に人が溢れないように入場制限をしているらしい。ある時間間隔で何人と数えながら入れているようだ。やっと入場してみると、入り口から人が溢れていた。目当ては日光・月光の二像だが、それより前の展示場にも人垣ができていて、肩越しにのぞくしかない。これはパスだ。人波をかき分けて、目指す会場へ進む。次の間には、東塔の水煙の模造品、塔上にある相輪を支える根っこの部分、仏足石などがあり、その向こうにはなんと聖観音像が光を浴びている。これについてはあとで書こう。本題の方が先だ。

 その次の間へ、スロープ状に屈曲した通路をたどる。強い光に照らされた日光、月光の像がガッと目に入った。まずは二つの菩薩像を、中二階ほどの高さに設けられたバルコニーから、距離をおいて等分に眺められる会場設定になっている。しかし大変な数の観衆である。辿りついのだけれど、バルコニーの前の方の人がじっくり眺めているらしく、人の動きがない。肩ごしにやっとのぞける程度で待つことしばし。やっと前に出た。久しぶりにお目にかかる日光・月光菩薩である。本尊なし、光背なしにこんなむき出しの展示場にむっくり立っている。これがあの金堂に、脇侍として控え目に寄り添っていたのと同じ仏像なのか。脇役のはずが、ここでは主役。それも裸同然で白い壁を背景にまばゆい光を浴びている。周りにはたくさんの人。

 二菩薩像のために、十分なスペースが確保されている。バルコニーから見、次に下に移り、それぞれの菩薩像を前後左右あらゆる角度から、じっくり眺められるようにしてある。たが、前に書いたように、これでは見せ物だ。見えすぎては有難味も失せる。じっと見つめる人もいるが、やたらお喋りする人がいる。ひっそりとささやき合うならともかく、大声であれこれ言う。それが耳に入り、気に障る。腰のひねりがどうのとか、どちらの方が優しい顔だとか、「げっこう」だとか。そのせいか、こちらのほうもすっかり俗っぽい気分で見てしまう。照明が気になる。もっと柔らかい面的な光で照らしてくれればいいのに、スポットをあちこちに当てている。その反射がまぶしい。日光菩薩のおなかのしわが強調される。今でいうメタボのおなかだ。スポットライトに照らされた腹部のあちこちが光っている。まるで汗をかいているように見える。よく話題にされる腰のひねりが、本尊なしに並立するこの展示では強調されて、少しグロテスクにさえ思えてしまう。インド系のエロティックな彫像の影響が及んできていたのか、そんなこともまで考えてしまう。

 下に降りてみる。光背なしに背中まで鑑賞できるのが売りである。十分な距離をおいて立っている二つの像のぞれぞれを、ぐるりと回ってみることができる。先ほどメタボの汗に見えたのは、おなかの部分の仕上げ、あるいは補修にむらがあって、それが光っているのが分かる。細部を見るにしたがって、肩衣が片方の手の下でぶっつりと切れているのが気になる。これは破損した状態なのか、それとももともとそのように作られたのか。台座の部分を見ると、肩衣の先があり、さらに下に垂れ、広がりをもった終端に至っている。もともとここまでつながっていたのではないか。いや、もともと途中で切れて、その落ちた先が台座上にあるように造られていたのか。そのことに宗教的意味があるのではないか、というような疑問を感じてしまった。確かに両像とも、同じ場所で切れている。だとしたら、もともとそのように造られたのか。その切断面を近くからよく見ようとする。逆光がまぶしくてよく見えないが、もともとそのように造られたとすれば、もっとうまく始末のやり方があろうというものだ。ぶっつりと無様に切れているように見える。

 水戸の自宅に戻って、蔵書にあった「薬師寺」(町田甲一、グラフ社、1984)を参照したところ、欠失したものであることが書かれていた。ただ、いつの時代になくなったのか、書かれていない。長い歴史を経てきたものである。粗末に扱われた時代もあったのだろう。月光の台座の部分はかなり痛んでいて、台座上の肩衣の部分は戦後補修されたものだとあった。

 こんな本を所蔵していたのも、大和古寺詣では、父の影響もあって、若い頃からの趣味であったゆえである。仕事で関西方面へ出かける時期がけっこうあった。そのときどきに法隆寺、唐招提寺、薬師寺、西大寺あたり、あるいは飛鳥地方へ出かけたものだ。はじめて薬師寺に行ったのは、60年代の前半だったと記憶する。当時、金堂は粗末な建物だった。その後有名になった高田好胤が、巧みな話術で修学旅行生の関心を引きつけているのを見た。金堂に入り、金ぴかの光背を背に、黒光りしている薬師三尊を見て、圧倒されるすごさを感じた。東塔の美しさにも見ほれたが、東院堂の聖観音の伏し目ながら整った顔立ちと、凛と立つ端正な姿に見惚れたのを記憶している。

 その聖観音が、今回の展覧会に来ているとは知らずに行って、薬師二尊の前の間に、すっくりと立っている姿を見て、おおこれもか、と感激した。しかしそれも一瞬、近づいて見ているうちに、興ざめした。照明も雰囲気も感心しない。顔や身体のあちこちの部分に強い光があたり、どこから見てもまぶしすぎたり、コントラストが強すぎたりで、心地よく鑑賞できない。印象を強めようとする展示企画者の意図が出過ぎている。現場で見たよりはるかに大きく感じる。小さなお像というイメージがあっただけに、広く場所をとって、高い位置に光を浴びて立っている姿は、まったく別人に見えてしまった。やはり多少薄暗いお堂の中で見るべきものだ。好きな仏像のいくつかの中に入れていながら、めったに見る機会がなかっただけに、この思いがけない再見がこんなことになって、かえって残念だった。

 ほかにも吉祥天像などふだん拝観できないものがたくさん出ていたが、詳しく見る気がせずに、会場をあとにした。とても疲れた。水戸からの高速バスを上野で降り、東京自宅へ運ぶ少し重い荷物(ノートパソコンやカメラ一式など)を持ったまま、会場に行ったためだろうか。年のせいだろうか。鑑賞甲斐のある展覧会だったら、こんな疲労感はなかったのかもしれない。

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コメント

わたくしも9日の金曜日に薬師寺展を見にいきました。ちょうど9時30分開場の時間についたのですんなり、さほど混雑していないなかで鑑賞できました。
照明についての“苦言”はわたくしも全く同感です。スポットライトで強調するのではなく、全体の照明で雰囲気をだすべきでしょう。
この後国立新美術館に足をのばしモディリアニ展を見に行ったのですが、ここでも全体を薄暗くし(薬師寺展はそのほうがよいでしょうが)一点、一点にスポットライトを当てる照明法のため、鑑賞者の目に本来の色彩として伝わっていないと感じました。
思い起こせば、ルーブルにしてもオルセー、プラド、メトロポリタンにしても展示会場全体を明るくしております。
貴重な芸術品にはちがいありませんが、借り物を日本で展示するこの種の展覧会は、なにか必要以上にもったいつけているような気がしないでもありません。
今回はじめて訪れた新美術館ですが、黒川紀章による外観は斬新なものの、なかに入っていささかがっかりしました。
まるで、6年一組などと標識がかかっている教室に入っていくような展示会場の入り口、あるいはこういう設計が現代の機能的デザインということなのでしょうか。中の休憩室から眺める景色の殺風景さ、ロビーにあるカフェテリアの中途半端なレイアウトなど、わたくしにはよくわかりません。

投稿: かたやま | 2008/05/15 12:41

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