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2008/06/17

麻布十番撮り歩き

080617kimi_chan

 おととい日曜日(06/6/15)、写真仲間十人で、麻布十番からその裏手の元麻布のあたりを撮り歩いた。その次第と、その折に撮った画像をアルバムにしたことを紹介したい。じつはこの会の案内役をつとめるため、事前にひとまわり歩いてみた。アルバムにした画像の中には、そのときに撮ったものが結構多い。当日は案内役に徹し、あまり撮ることに集中できなかったからだ。アルバムは以下にある。
「アクエリアンのフォトギャラリー」の最新更新「麻布十番撮り歩き」である。

 梅雨入りしていたので、雨にならないか心配したが、さいわいほぼ快晴の好天であった。だが、町での撮影には直射日光はかえって邪魔になる。日射のあるところと影とのコントラストがつきすぎてしまう。それに、ふだんなら賑わう町だが、日照と暑さを避けて日中出歩く人も少なくなってしまう。スナップの撮り方に配慮が必要だが、人々がいて賑わっている街を撮りたい。

 麻布十番は、私は好きな街で何度か行っているが、今回呼びかけて集まってくれた人たちはほとんどが初めてだと言っていた。地下鉄が通り、便利になり、賑わっていると聞いていても、わざわざ行ってみる機会はあまりない街なのだろう。近くの六本木に比べれば落ち着いた街で、散策するにはいい場所だ。特徴のある食べ物屋、お店などがある。名の知られた老舗もあるし、グルメで注目されてい店もある。外国人に気に入られているらしく、近くに住む人も多いようだ。

 街の裏手は台地になっていて、古くからのお屋敷町である。たとえばウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計した松方正熊邸が、現在西町インターナショナル・スクールになって残っている。これは正熊の娘、種子が1949年に創立したものである。松方正熊は公爵松方正義(明治時代に2回総理大臣)の8男。また種子の姉、ハルはエドウィン・ライシャワー夫人。この家で育ったのだろう。戦争中、正熊一家が疎開したあと、スウェーデン大使館などとして使われた。このあたりには大使館が多い。もともと誰かの屋敷だったものを転用したものが多いようだ。

 麻布十番商店街あたりを撮り歩いたあと、雑色通りを南へ、まず善福寺に向かう。参道脇に「柳の井戸」がある。弘法大師がどうのというのは伝説だろうが、都内では古くからある湧水らしい。その名の通り、柳の木の下にある。善福寺に向かうと、勅使門の後ろに、高層マンションのタワーがそびえ立っている。寺とタワー、なにか違和感がある。その対照が面白いともいえよう。カメラマンたちは撮影ポイントを選び盛んにシャッターを切っている。このタワーは下層階よりも上層階が幅広くなっている、極めて特異な形。巨大なキノコがむっくり立ているように見える。森ビルが立てたもので、「元麻布ヒルズ・フォレストタワー」という名だ。

 「麻布山善福寺」は、安政6年(1859)に最初のアメリカ公使館となったところで、初代公使はタウンンゼント・ハリス。下田に総領事としていたころの唐人お吉の話はよく知られている。本堂の前に立っている石碑にハリスの像があるが、戦中は土中に埋められていたという。このお寺は伝承によれば、江戸では浅草寺に次いで古い寺で、もともと真言宗であったが、親鸞が布教に訪れ、浄土真宗に転じたという。笠をかぶった親鸞の大きな銅像が建っているが、北面していて、いつ訪ねても逆光で顔を見ることができない。そのそばに、銀杏の巨木がある。親鸞が杖を地面に刺したものが根付いたとの伝説があり、都内で最大最古の銀杏といわれる。なるほどその樹形のすさまじいこと。

 善福寺の脇道を通って、「仙台坂」に出る。仙台藩伊達家の下屋敷があったことからこの名で呼ばれる。坂を登っていくと左手に韓国大使館があって、警備がものものしい。観光のミニバンが停まろうとすると、警官が駆けつけ、行け行けと命じる。もちろんカメラを向けることは許されない。その先に廃屋となった「国際家畜病院」がある。何年か前に訪れたときすでに無人だった。痛ましい姿だが、なまじ開発の波に飲み込まれるよりいい。

 仙台坂上の六差路を右手前に曲がる。すぐに「安藤記念教会」がある。日本ではめずらしい石積みの教会堂である。ツタが絡まって美しい。少し行った通りの東側にある「麻布氷川神社」へ入る。朱塗りの拝殿の後ろにむっくりとフォレスト・タワーがそびえる。今日の撮り歩きは、どこへ行ってもこのタワーが見える。結局このタワーをひとまわりの撮影行となった。

 先に書いた「西町インターナショナル・スクール」の角を曲がり、西へ向かう。ヴォーリズの建てたこの洋館は、私にとっては懐かしい。九州の大分市、小学校のころから中学生のはじめまで住んだ、教会付属の建物とよく似た外観をしている。外壁のモルタルが、まるでゆるいセメントを投げつけたままというような形状である。モルタル吹きつけという方式だそうだ。建設当時(大正10年)洋館としてはやった建て方なのだろう。

 そのまま行き、突き当たって右へ降ると、異様な景色を目にする。谷間になっている狭い地所全体をトタン屋根葺きの木造建築が埋めつくしている。何となくどういう町か、想像がつくのである。谷の向こうは高台になっていて、麻布中・高校の校舎とグランドが見える。こういう街区と路地風景にノスタルジアを感じて、路地に入ったりするのだが、この日は大人数であることもあり、遠慮した。傍の児童公園には、子どもたちが大勢遊んでいる。中には金髪の子、アジア系の子らも混じっている。

 一本松坂、大黒坂と降る。その途中に「賢崇寺(けんそうじ)」に登る参道がある。かなり長い登り坂だ。佐賀鍋島藩の菩提寺で、藩主の墓苑がある。寺の裏手にフェンスに囲まれた墓所がある。藩主の墓石、堂々とした五輪の塔が並んでいる。墓石には門がしつらえてあり、立派なものだ。鍋島家初代藩主勝茂(1580-1657)が亡くなったとき、数十人(26人とも31人とも、まちまち)の藩士が殉死した(「追腹」という)。その人たちの粗末な石の一枚板の墓石が、後ろの縁に整列している。何とも痛ましい時代があったのだ。勝茂の後を継いだ孫の光茂がこの殉死を悼み、それを禁止したという。その後幕府もこのような殉死を禁止した。

 またこの寺には2.26事件の処刑者22名の墓がある。これはその日、パティオ十番に戻ったあと、地元の人に聞いた。当時当局からの目を気にしたなかで、佐賀県出身処刑者4名のうちのひとりの父親がこの寺に入門し、慰霊をおこない、「二十二士の墓」を建立したという。今では、毎年2/26には合同慰霊祭が行われ多くの人が参列するという。事前に知っていれば、目にしたかったところだ。

 寺の参道を降り、大黒坂を、もとのパティオ十番に戻る。夕方に近い。真昼の日光を避けていた人々もずいぶん出てきて、街が活気づいている。パティオ広場の「きみちゃんの像」が夕陽をまともに浴びている。その横顔はやさしく微笑んでいるようでもあり、悲しい運命を幼心に受けいれて決然としているようでもある。野口雨情作詞でよく知られている「赤い靴」の女の子、きみちゃんは、じつは「異人さんに連れられて」異国へ渡ることもなく、ここ麻布十番に近い孤児院で亡くなっていた。幼くして結核にかかり、それが重症であったため、預けられた宣教師はアメリカに連れて帰ることができなかったのだ。3歳で実母から宣教師へ、6歳で宣教師から孤児院へ、そして9歳で亡くなった。悲しい運命の子だが、地元の人々がこの像を建て、その実話に同情を誘っている。

 一同は半日の街歩きとそれぞれに手応えのあった撮影に満足し、近くの居酒屋での飲み会へと移動した。

 なおこの写真グループは現在mixi内にコミュを作り、そこで作品を公開している。mixiに入っておられる方は、「東京デジタル支部」で検索してみていただきたい。

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コメント

アクエリアンさんは「街歩きと街撮り達人」と言えますね。

写真撮影というもの全般に言えると思いますが、被写体への理解があれば撮り方に味が生まれます。特に街撮りは、歴史のいう縦糸に現在という横糸が織り込まれた瞬間を記録する訳ですから余計にそうだと、人々の営みを優しい眼差しで見つめているような作品を拝見しながら感じ入った次第です。

また、見せていただきに上がります。

投稿: KEN_yokohama | 2008/06/18 16:06

KEN_yokohama さん

コメントをありがとうございます。極め付きの「写真の達人」からのお言葉、おそれいります。

写真のジャンルで強いていえば、私がよく撮るのは旅写真で、その流れで東京などの街写真も撮っています。街の風景といっても、できれば人のいる街を撮りたいですね。でも誰と分かる画像は公表しづらくなりました。

このブログの読者にご紹介しておきますと、KEN_yokohama さんは、私と同じ写真グループのメンバーですが、写真を撮り続けて三十余年。写真のベテランです。花、鳥(とくに最近ではカワセミ)、風景など、素晴らしい写真をHPに載せておられます。ぜひ下記をご訪問ください。

http://www.ne.jp/asahi/office/ken/KEN's_Home.htm

投稿: アク | 2008/06/18 20:56

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