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2008/06/03

中性子研究の進展を喜ぶ

 今朝の新聞に、「中性子放出に成功」との、小さな記事が載っていた(プレス発表はここにある)。茨城県東海村にある J-PARC という加速器施設で、プロトン(陽子)を加速して、水銀ターゲットから中性子をはじめて発生させた、というニュースである。ずっと以前私が関わったことがやっと実現したということで、私にとっても感慨深い。この計画のごくごく萌芽の段階で、大学と原研(私のいた原子力研究機関)の数人の関係者で非公式に話し合いをはじめた。私はそのメンバーのひとりだった。その段階から、計画が具体化し、機関間の調整をし、予算が認められ、技術開発が進み、施設建設に着手、そしてやっとビームが出るというところまで、20年近くかかっている。その間、さまざまな人たちの努力で、科学研究のための新しい道具がついに実現した。実際に研究が行われ、成果が出るまでにはさらに時間がかかるだろうが、今後を期待したい。

中性子散乱研究 私の研究者としての仕事は、中性子を使って物質の性質を調べることであった。専門用語では「中性子散乱」という。中性子をビーム状にして、調べようとする試料に当てる。そこで中性子は散乱される。量子的な粒子である中性子は、波として散乱を受ける。その散乱ぶりを調べることで、原子などが集団的にどのように運動しているかが分かる。とくにものが相転移(水が氷になるとか、鉄の結晶構造が変わるとか)をするあたりでの原子の集団運動の特異性が相転移の原因とどう関係するかを調べることが、研究テーマだった。

遅れを取っていた日本の研究 研究に使う中性子は、研究用原子炉に設備されている実験孔からビームとして取り出す。原子炉の出力その他性能の良し悪しが、どんな研究ができるかを限界づける。その点で、1970年代、日本のこの分野での研究は、アメリカ、ヨーロッパに大きく遅れを取っていた。先端を切る研究をするにはアメリカに行くしかない。1975年前後私もアメリカの研究所に滞在して研究をした。また、その後日米研究協力協定を作って、アメリカの原子炉に日本の装置を設置して研究を行ったりした。80年代には、日本でも遅ればせながら中性子ビーム実験専用の原子炉が作られ、先端的な研究ができるようになった。現在、中性子散乱は、生命科学や産業利用の面で大きな進展を見せている。

もっと強い中性子ビームを やがて、もっと強い中性子ビームがほしいと、研究者たちは望むようになった。研究を未知の領域に推し進めるには、一桁も二桁も強いビームが必要である。アメリカ、ヨーロッパ、そして日本で、次世代の中性子発生装置を作る動きが始まった。中性子の強度を上げるには、原子炉にはもはや限界に達していた。かわりに加速器を使うやり方がある。高いエネルギーに加速したプロトンを重い元素に当てると、核がバラバラに壊れるという核破砕(Spallation)という反応が起きて、その際たくさんの中性子が出てくる。

加速器による中性子研究で進んでいた日本 加速器を使って、中性子を発生させ、中性子散乱研究を行うことは、じつはずっと前から始まっていた。日本は世界で先鞭をつけ、先端を走っていた。東北大で木村一治先生が始め、石川義和先生がリーダーとなって、つくばの高エネルギー物理学研究所(高エネ研)に専用施設(KENS)を建設し、精力的な研究グループを作っていた。しかし、その後アメリカ、ヨーロッパにはるかに性能のいい施設が実現し、先駆者だった日本の研究者は遅れを取った。

道備えをした4者会合 私のいた原研では、別の目的(消滅処理)もあって、核破砕中性子源の開発計画(大強度陽子加速器計画)を進めようとした。高エネ研でもKENSと他の計画とを統括した将来計画(大型ハドロン計画)があった。文部省と科学技術庁とで、別々に、同じような計画を進めようとしていたわけである。ともに並び立たないのは明らかだった。私が関わったのはそのころ(89年以降数年)である。私は原研の企画部門にいた。どちらから声をかけたか記憶が定かでないが、高エネ研所長、東大原子核研究所(核研)所長、原研の研究担当副理事長、そして私という4者会談をはじめ、互いの計画の進め方を協議することになった。核研所長のYさんと私とが、物理学科で同期生であったということが、この会合の機縁を作ったのだった。核研は新計画の中で高エネ研と合流することが予定されていた。3ヶ月から半年に一度、3,4年にわたってこの会合は続いた。これが、両方の側が一緒になってこの計画を推進する端緒になり、現在のJ-PARCの種をまいた。

大学と原研の違い 大学ー文部省と、原研ー科技庁では、こうしたプロジェクトを進めるやり方がちがう。大学側ではコンセンサス作りが必須だ。原研では、科技庁と協議しながら、トップダウンで進める。施設を利用して研究をする人となると大部分大学側にいるが、原研は大型施設を持ち利用に供する経験と実績を持っていた。加速器技術は主として大学側、高出力の中性子発生源は原子炉みたいなものという点で原研側が技術を持っていた。その他さまざまな点で相補的に協力し合えるメリットは確認できた。しかしどちらが施設建設の主体になるか、どちらも譲れなかった。場所の問題もあった。高エネ研は敷地内でできるという。原研は東海村に候補地を持っていた。原子炉に近いものをつくばに建設できるかに疑問を投げかけた。

 私が関わったのはそのあたりまでであった。別の大型施設(放射光施設、SPring-8)や研究所開設(関西研究所)が進み始め、そちらの担当をさせられ、自分の本籍地である中性子研究の方は、後輩に任せざるを得なかった。

役所の主導で具体化 それぞれに進んでいた計画は、ある時期になって俄然具体化することになった。科技庁の担当者が文部省に話を持ちかけ、両方の計画を一本化して進める、予算はそれぞれの分をそれぞれの省庁で手当する、共同チームを作って協力して進める、建設場所は東海村とする、などの全体構想が決まった。たぶん、2000年度の予算査定時期のことだったと思う。文部省と科技庁が統合される前の年のことだった。近頃、官僚支配とネガティブ面だけが強調されるが、時によっては有能な当事者の決断と行動でものごとは動く。その時のことは、私には見事な動きとして記憶に残っている。

遠くから 私はそのころには原研を離れていた。退職後は、古巣であれ顔を出さない、口を差し挟まないということに徹してきた。建設途上にある施設を見に来てほしいと、何度も誘われたが、断ってきた。私の時代はとうに終わっているのだからと。しかし、今度のニュースには、手探りだった時期に関わったものとして、達成の喜びがあった。今後も遠くから見守ろう。

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コメント

アクエリアンさんが以前に関わっておられたお仕事で大きな結果が出たとのこと、おめでとうございます。
 アクエリアンさんの去った後は口挟まないという方針に感心しています。私も遠い将来ですが、そのような立場になれば同様に振る舞いたいものだと思います。

 残念ながらアクエリアンさんのように振る舞われている方は私の分野では少ないようで、遠方、近くの両方から退職された多くの先輩方の有り難い指導がたくさんあります。今の時代にそぐわないのではないかと疑問を感じること、あなた方が現役の時にもう少し頑張っておられたら、もう少し状況は違ったのではないかとこぼしたくなるのを堪えてじっと聞いています。そのような方々を反面教師として、自分の場合は後進がのびのびと良い仕事が出来るよう、気持ちよく道を譲りたいものです。

投稿: Aurora A | 2008/06/06 02:14

アクエリアンさま

中性子産業利用・・・に参加しました。
JPARCも見学しました。
SPring8にも毎月行っており、アクエリアンさん
のホームページの一部はとても感慨深く読みました。

アクエリアンさんのブログ、時々拝見しております。
非常に丁寧に書かれており、その深い思考力には脱帽です。

また、来ます。

投稿: 一人 | 2008/06/11 19:39

Aurora A さん

こんなことを書いたこと自体、まだ完全に脱し切れていませんね。反省しています。

誰しも全力を尽くして従事した仕事には未練があります。また、後に続く人たちに自分のしたことを評価してもらいたがります。辞めたあとも存在を示すことで、評価を高めようとし、少なくとも自己満足を得ようとします。

ほんとうにいい仕事をした人は、どうであれ評価されます。忘れられるような存在であっても、そのとき自分なりに精一杯尽くし、次世代に仕事が受け継がれていることで、自分の役割は終わったとしなければならないのでしょう。

いさぎよい「離れ方」をしたいものです。

投稿: アク | 2008/06/11 21:24

一人さん

中性子と放射光で現役で働いておられる。話題にすることが近すぎて、ちょっと「やばい」ですね。

研究者であっても、人間である。当然ですが。
パスカルのいうように「考える葦」。

現役時代にはできなかった、書くこと、そのために考えること(順序が逆かな)、それを今になってやっています。

ネットのおかげで、読んだくださる方がおられ、張り合いがあります。

投稿: アクa | 2008/06/11 21:32

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