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2008/07/01

プルトニウム2キロが、予想を下回る ?

 北朝鮮の核計画申告で06年10月に行われた核実験に使用されたプルトニウムの量が2キロと書かれていたことが、予想外に少ないと、驚きをもって報じられている(「北朝鮮、核実験プルトニウム『2キロ』申告 予想下回る〈朝日新聞、08/6/28〉)。日本の科学記者の核兵器に関する知識がその程度だということと、専門家がだれひとりそのことを論評していないことに、私はむしろ驚く。私はかつて、核兵器技術について、研究しないまでも、十分な知識を持ち合わせることは、安全保障上、日本にとって重要なことではないかと、何度か書いたことがある(こことかここ、なお別サイトもある)。その主張に沿って、プルトニウム原爆に必要なプルトニウム量についてしばしば言及される数値が大間違いであることを指摘しておきたい。プルトニウム原爆を実現するときに重要な「爆縮」(implosion、「内爆」とも訳す)によって、プルトニウムは圧縮され、密度が増加する。密度が増えた状態では、必要とされる臨界量が、著しく減るのである。このことが、日本の原子力関係の人にも、あまり知られていないようだ。このことは軍事秘密でもなんでもない。ネット上のサイト、普通の書籍などに公開されていることである。そのことに注意を喚起しておこう。

 上に引用した朝日新聞の記事には、

 核兵器には3〜8キロのプルトニウムが必要とされ、少ない量では起爆も難しい。協議筋は「2キロで爆発させることができるのか検証が必要」と困惑。米専門家は「事実ならば、考えていた以上に技術が洗練されているのかもしれない」と、小型化技術が進んでいた可能性を指摘する。

 とある。協議筋が困惑していると実際に確認が取れたのだろうか。小型化技術についてコメントした米専門家が実在するのだろうか。記者が勝手に作り上げた記事ではないかと、私は疑ってしまう。

 たとえば誰でもが読めるネット上にあるブリタニカ百科事典で”nuclear weapon"という項目を引いてみると、”Principles of atomic (fission) weapons » Gun assembly, implosion, and boosting” の項目にこのように書いてある。

 爆縮型の原爆では、弾丸型の装置に比べ、著しく少ない核分裂性物質で、同じ程度の爆発力を実現できる。爆縮型核兵器で1キロトンの爆発力を得るために必要とされる量は、プルトニウムの場合1ないし2kgであり、高濃縮ウランの場合は、5ないし10kgである。

 ネット上の百科事典に書かれているようなことが、日本では知られていないのに驚く。ここで弾丸型とは、広島に落とされたタイプの原爆で、核分裂性物質を大小二つのの未臨界の塊に分けておき、小の方を弾丸のように大の塊に打ち込む方式のものである。爆縮型については、ずっと以前にこのブログで書いているので参照してほしい。

 長崎に落とされたファットマン型の原爆に、6kgのプルトニウムが使われていたこと、爆縮状態でない、通常密度のプルトニウムの臨界量が、約10kg(反射体も何もない裸の集合体の場合)、反射体付きで約4kgであるということ、などの数値が、誤った量を常識として固着させ、あらためて考え直すことを阻んできたようだ。

 長崎の原爆は最初期の試験段階のものであり、その後の改良と高効率化により、もっと少ない量の原材料で高性能の原爆が作られるようになったことが、案外知られていない。半世紀以上経っている。その間、科学技術がそれほど進歩したことか。日本での原爆の知識だけが、更新されることもなく、間違ったまま生き残っている。

 少し技術的なことを書いておこう。プルトニウムを原爆材料に使おうとすると、生成過程で副産物として同時生成したプルトニウム240が邪魔をする。この核種の自発核分裂によって発生する中性子が、起爆段階で邪魔をし、効率の悪い爆発か、場合によっては未熟爆発を引き起こしてしまう。爆縮という技術は、当初、このことへの対処手段として開発された。原爆開発において、のるかそるかの鍵となった技術だった。その過程で、爆縮が核物質を一定時間、高密度に保持することがわかってきた。簡単な物理的考察で、臨界量は密度の自乗に逆比例することが分かる(これについては専門的になるので、先に言及した別サイトに書いた。『爆縮による密度上昇と臨界量』)。爆縮により密度を倍にまで圧縮できれば、必要なプルトニウムは4分の1の量ですむのである。実際、爆縮時に密度を倍かそれ以上に圧縮できることが確認されている。十分な爆発力を得るには、爆縮時に臨界量そのものではなく、それをかなり上回る量を装填しておく必要があるとしても、上記の1から2キロという量で十分なのである。ブリタニカの記述の先を読むと、ブースティングという技術で、少ない量で効率のいい爆発を得ることができると書かれている。

 原爆関係の記事を書く人たち、テレビなどに登場する科学評論家、あるいは原子力問題専門家は、せめてこの程度の知識をもって、論評するなり、外交政策立案者に助言してほしいものだ。

 核兵器の技術的詳細は上記で引用したBritannicaのほか、ネット上にかなりある。たとえば以下を参照するとよい。
1) Wikipedia-Nuclear weapon design
2) Carey Sublette's Nuclear Weapon Archive

とくに、この2) は、原爆についての総合的で、膨大なアーカイブである。このサイトの "FAQ" に詳細な技術情報があり、ネット上でここまで紹介されていいのかと思えるほどだ。原爆について安全保障上の技術的助言をしたり、公の場で発言したりする人は、ここにある程度の知識を消化しておく必要があるのではないか。

また、原爆の技術的なことを書いた書籍として、
3) リチャード・ローズ「原子爆弾の誕生」(上、下、原書出版:1986)
4) Robert Serber: The Los Alamos Primer (1992)
5) Jeremy Bernstein: Nuclear Weapons (2008)
6) Jeremy Bernstein: Plutonium (2007)

などがある。4) のマンハッタン計画に参加した科学者に対する入門書をのぞけば、一般向けの科学解説書である。とくに、5、6) は、一般向け科学書の書き手として著名な著者により最近書かれたものであり、私もこのブログで紹介したことがある。

【08/7/1 22:30 追記】読者の方からメールでいただいたご意見から、お断りしておいた方がいいと思った点を書いておく。
 本稿は、北朝鮮の申告が事実であるかどうか、意図的な虚偽申告ではないか、というような側面、また、実際の核実験はどのようなものであったか、北朝鮮の核技術はどの程度のものであるか、・・・などの問題点(それは当然あるし、それ自体問題でもあるが)については別の問題として、使用した(あるいは使用されたとされる)プルトニウム量が2キロであることについて、核兵器物理上の問題はないことを指摘しようとしたものである。そのことをふまえた上で、別問題としたことを論じないと、朝日新聞の記事のように、どう判断したらいいか困惑した状態に陥ってしまうのである。

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コメント

http://162.teacup.com/sinopy/bbs?OF=0&BD=2&CH=5
塵からの検出など検証が不十分であるので、2kg使ったとしても不成功だったのではなかろうかという論評の方もいらっしゃいます。

投稿: sionoiri | 2008/07/02 12:43

sionoiriさん

エントリに追記しましたが、ここで私が書いた意図は、北朝鮮の核実験がどのようなものであったかを論じることではなく、2キロという量が、別に少なすぎるわけでないということを指摘することでした。

なお、核実験が、事実かどうかについては、アメリカの公式発表などがあり、1キロトン未満ではあるが、確かに核爆発であり、それもプルトニウムによるものであるとされています。

詳しくは、引用した文献 2)の中の以下をごらんください。
http://nuclearweaponarchive.org/DPRK/index.html

地下核実験は、密閉状態でおこなっても、岩の割れ目などを通して、核分裂生成物の希ガスが漏れてきます。Xeの同位体です。3種類の同位対比を調べることで、核分裂物質を特定できます。そのような技術は、冷戦時代のアメリカ空軍の得意ワザで、残念ながら日本はそのような探知まではできないのではないかと思われます。

2キロのプルトニウムが使われたということが事実だとすると、北朝鮮は最初から小型の核弾頭の開発を目指したが、爆縮がうまくいかず、不十分な結果(0.5キロトン程度)にとどまったという評価が、一番当たっているのではないでしょうか。

投稿: アク | 2008/07/02 16:22

朝日新聞の"核兵器には3~8キロのプルトニウムが必要とされ、少ない量では起爆も難しい。"という記事は誤りみたいですね。"協議筋は「2キロで爆発させることができるのか検証が必要」と困惑。"の記事は「」のなかで"朝鮮民主主義人民共和国が"という主語が省略されているのかもしれません。
直後の、アメリカの大統領などの反応は核実験が行われたことを認めたくないような感じでした~このようなリアルな反応を報道するのはどんなものかと思います。
日本では当初から、大気中の何かを採取して核実験が行われたと報道されていました。
核を保有するとテロ支援国家指定解除となるのが国際政治なのでしょう。
新聞はたまにデタラメな報道をしますが今回のは許容値ではないでしょうか?~多くの国民が少し誤った認識をもってしまいますが。
IAEA(国際原子力機関)などが核物質の監視用に取り付けている封印を二度にわたって壊したという報道は本当でしょうかね?
http://www.daily-tohoku.co.jp/tiiki_tokuho/kakunen/news/news2008/kn080424d.htm
2キロで核実験が行われたかどうかではなく技術者の立場から2キロで行われたとしても"核兵器物理上の問題はないことを指摘"されておられるのですが、もし2キロでできたとしたらミサイルにも搭載可能なのでしょうかね?

投稿: bianism | 2008/07/05 00:16

bianism さん

最後のご質問についてだけ、ちょっと。プルトニウムが2キロといっても、爆縮型原爆を構成するには、大量の高性能爆薬(ファットマンでは3トンも)と、タンパーと呼ばれる中性子反射体兼圧縮補助材その他が必要ですから、総重量はかなりのものになります(ファットマンでは4.6トン)。設計次第で、爆薬の量も、タンパーも大幅に減らすことができるようです。アメリカの原爆技術が広島、長崎後、長足の進歩を遂げ小型高性能の原爆が開発されていることは一部の文献(たとえば、本文であげた1.など)で垣間見ることができます。
 北朝鮮もさまざまな情報を仕入れ、小型化技術を開発しようとしていることでしょうが、どこまで行っているか、その評価は難しいでしょう。北朝鮮の核兵器開発計画を押さえ込み、完全な廃棄に至らしめることができるか。その目標に向かって、米政府とIAEAが目下努力しているのだと理解しています。

投稿: アク | 2008/07/05 10:49

お邪魔します。
広島型原爆はウランの量が800グラム(臨界したのが?)ときいていますが、長崎型プルトニウムの量が3トンと考えていいのでしょうか?
是非お願いします。

投稿: naito | 2012/10/01 14:16

Naito 様

広島原爆(Little boy、Gun型)では64kgのウラン(80%濃縮)

長崎原爆(Fat man、爆縮型)では6.2kgのプルトニウム(Pu240 含有僅か0.9%)

が使われたと、ネット上の文献などにあります。
長崎原爆の総重量が約4.6トンと言われています。

投稿: アク | 2012/10/01 17:06

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