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2008/11/27

老後はたえざるダウンサイジング

 アメリカのかつての研究仲間に久しぶりに会ったとき話していたこと。退職を機に、自宅を手放し、生活をダウンサイズして、アパートに移るという。うらやましいほどの素晴らしい邸宅に住んでいたが、退職して年金暮らしともなれば、それなりの棲み方に合わせていくという割り切りの良さに感心した。考えて見れば、歳をとるとともに、何段階かで、ダウンサイズしていくのが老後というものだ。

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2008/11/12

ハンマースホイ展を見る

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 夏頃からだったか、東京の街のあちこちで、この絵を入れたポスターを目にするようになった。惹き付けられるものがあった。10月最後の日曜日、東京国際文化会館小ホールで開催されたコンサートに出たあと、夕食までの時間が空いたので、友人夫妻とともに、向かい側の国立西洋美術館へ入った。時間つぶしが理由だったが、ポスターで目にしたあの絵とその仲間の絵を見たいとの念願がやっとかなった。デンマークの画家「ハンマースホイ展」である。

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2008/11/03

藤永茂のオバマ批判

 私が書いた米大統領候補オバマについてのエントリ(『オバマは、久しぶりに強い大統領』08/10/18)について、読者からメールをいただいて、藤永茂氏がブログ『私の闇の奥』で、オバマ候補について、特に彼の問題点について論評していることを知った。半日かけて関連するエントリを読んでみた。読み応えがあった。黒人問題、人種問題について長年広汎にわたる文献を読み、調査をし、著書も書いているこの人の鋭い問題摘出により、オバマについて知らなかった側面に目を開かれた。みなさんにもお読みになることをお勧めして、あとの方に関連するエントリへのリンクをしておく。しかし一方、オバマ本人と、彼を大統領としようとしているアメリカの人々を、「大嘘つき」と、「嘘つきに幻想を委ねるアメリカ人」と見なす藤永の見解に、それは違うのではないかと感じた。

 多様で複雑な社会構成をもつゆえに、意見対立の激しいアメリカ合衆国にあって、さまざまな社会層が一つのスローガン"Change"のもとに、まとまろうではないかと訴えるオバマと、それをようやく理解し受け入れはじめたアメリカ人という構図には、その気になって吟味すれば問題点はいっぱいある。もともとアメリカ自体が問題だらけの国である。黒人というハンデを背負ったオバマが、過半の支持を得て大統領になろうとすれば、意見の違いを乗り越えて、できる限りみなが一致できる理想を高らかに説く必要があるだろう。一方では現実的な問題については、諸方面の利害にギリギリのところまで歩み寄ろうとしたことだろう。しかも、長期にわたるキャンペーンを、どこにも綻びを見せずにやり遂げなければなるまい。相手陣営はどこかに欠陥を見つけて非難しようと虎視眈々としているなかでである。じつに難しい道筋を辿りながら、ここまで来た。一度もオタオタすることなく沈着に切り抜けてきた。それはじつに見事だった。それだけではない。未曾有の規模の草の根運動を生みだし、組織し、見事に統率してきた。どんな難局にも冷静に対応して大統領にふさわしい意志決定能力を示してきた。今やオバマは、黒人であるなしなど問題とされることなく、優れた資質と実績〔これだけの選挙戦を戦い抜いてきたという)を持つ待望の大統領候補とみなされている。明日、11月4日の選挙で次期大統領に選出されることは確実だろう。

 そのオバマの発言について、特に黒人差別問題やその他のtouchyな問題の視点から、藤永のような厳しい目で見ていくと、歴史的事実をねじ曲げた虚偽が紛れ込んでいるとか、迎合的に対しているとの批判が生まれてくるのは理解できる。だが、その批判の言葉は、いささか酷ではないか、あるいは筋違いではないか、と思える。また、彼を選出しようとしているアメリカ人、特に白人の意識下に、人種差別への罪責感があるのではないか、とするのはどうなのだろう。私は、アメリカの選挙民が、もはや黒人だからなどということに拘泥せず、国のリーダーとして最もふさわしい人物として選出しようとしているように見える。

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