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2008/11/12

ハンマースホイ展を見る

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 夏頃からだったか、東京の街のあちこちで、この絵を入れたポスターを目にするようになった。惹き付けられるものがあった。10月最後の日曜日、東京国際文化会館小ホールで開催されたコンサートに出たあと、夕食までの時間が空いたので、友人夫妻とともに、向かい側の国立西洋美術館へ入った。時間つぶしが理由だったが、ポスターで目にしたあの絵とその仲間の絵を見たいとの念願がやっとかなった。デンマークの画家「ハンマースホイ展」である。

 不思議な雰囲気を持った絵だった。印象派の絵や現代絵画に慣れているものにとっては、こんな絵、ありか?といいたくなるようなものである。色が少ない.ほとんどグレーか薄い青、そして黒で描かれている。薄塗りだが、隅々まで繊細に丁寧に描いてある。大部分が室内の絵だ。がらんとした室内や窓や扉、僅かの家具などを描いている。人がいない。いたとしても後ろ姿。画家の夫人だそうだ。まともに正面向きの肖像画もあるが、あまり生気を感じない。建物を描いた絵もあるが、なぜこういう角度で、こう切り取って描いたか、わからない。どの絵も沈み込んでいる。主張がない。弱々しい。じれったくなる。それでいて、不思議に魅力的である。心に染みこんでくる。

 二日後、また上野へフェルメールを見にいった帰り、もう一度展覧会場に行き、展覧会カタログを求めた。この画家の生涯とか背景をもっと知りたかったからだ。ヴィルヘルム・ハンマースホイは、1864年コペンハーゲンに生まれ、この町の中心部にずっと住み、僅かの友人を持ち、画壇からさして高い評価を得ることもなく、それでもひたすら自分の絵を描き続け、1916年に亡くなっている。絵画仲間の妹と婚約したとき、兄がそれを祝福しながらも「驚いた。私は誓って言うが、きみが婚約するなどと、これっぽっちも考えたことがなかったんだ」と書き送ったそうだ。翌年結婚し、穏やかな家庭生活を送ったらしい。彼の描いた室内画の約半分に夫人の姿が見られる。

 画家自身は、彼の描いた絵のごとく、じつに静かで控えめな人だったらしい。友人たちは、彼を人見知りで、きわめて内向的な変人とみなして付き合っていたそうだ。彼は神経衰弱症を患い診察を受けてもいた。詩人リルケはデュッセルドルフの展覧会でこの画家の絵(「イーダの肖像、のちの画家の妻」)を見て、強い印象を受け、わざわざコペンハーゲンにこの画家を訪ねた。画家の固い沈黙に阻まれ、会話が成り立たなかったと、友人への手紙に書いている。なるほど、こういう人が描いた絵なのだ。しかしその絵が心に響いてくるのはなぜだろう。展覧会の副題に「静かなる詩情」という言葉が選ばれている。それがキーノートなのだろうか。私は、少し違うと感じた。

 人間は根源的なところで孤独だとみな感じている。その孤独感、寂寥感を共有するゆえに、心に響くのではないかと、私は感じた。展示されていた数多くの絵の中で、特に私が共鳴したのは「二人の人物像(画家とその妻)、あるいは二重肖像画」であった。夫人イーダと向かい合った自分自身を描いている。夫人は目を伏せ、穏やかながら、淋しげな様子で描かれている。画家自身は後ろ姿とほとんど向こう向きの横顔が描かれているが、その視線は夫人を見つめているのか、逸らされているのか、定かでない。画面はとても暗い。夫婦といえども互いに孤独だ、乗り越えがたい溝がある、そんな緊張感を描いているように私には見えた。

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 この展覧会については、インターネットで検索すると、多くの人が、感想を語っている。そのなかで、「弐代目・青い日記帳」(08/9/29)で Tak さん(フェルメール全作品を見るとの目標を達したことなどで知られている。HP:Blue Heaven)がこう書いているのが当たっているのではないかと思えた。

「ハンマースホイの作品は人の心の色に最も近い色調を備えた作品なのかもしれません。否きっとそうです。」

 生前は一部の愛好家にしか評価されなかったこの画家が、近年、世界中で再評価され、大規模な展覧会が各地で次々に開かれているらしい。今回の展覧会は、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツと国立西洋美術館がタイアップして、ロンドンでまず開かれたものが、日本に来たらしい。これまでほとんど知られていなかったこの稀有な画家の絵を見ることができたのは、過日の東京滞在中の思いがけない収穫であった。

(使用した画像は、展覧会カタログから収録、縮小画像を作成したことをお断りする)

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コメント

こんばんは。
TBありがとうございました。

また拙記事ご紹介いただき
感謝感謝でございます。

人様のブログで自分の書いたテキストを
見ると恥ずかしいものですね。

16日の新日曜美術館でも
取り上げられるようです。

投稿: Tak | 2008/11/12 19:23

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