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2008/11/03

藤永茂のオバマ批判

 私が書いた米大統領候補オバマについてのエントリ(『オバマは、久しぶりに強い大統領』08/10/18)について、読者からメールをいただいて、藤永茂氏がブログ『私の闇の奥』で、オバマ候補について、特に彼の問題点について論評していることを知った。半日かけて関連するエントリを読んでみた。読み応えがあった。黒人問題、人種問題について長年広汎にわたる文献を読み、調査をし、著書も書いているこの人の鋭い問題摘出により、オバマについて知らなかった側面に目を開かれた。みなさんにもお読みになることをお勧めして、あとの方に関連するエントリへのリンクをしておく。しかし一方、オバマ本人と、彼を大統領としようとしているアメリカの人々を、「大嘘つき」と、「嘘つきに幻想を委ねるアメリカ人」と見なす藤永の見解に、それは違うのではないかと感じた。

 多様で複雑な社会構成をもつゆえに、意見対立の激しいアメリカ合衆国にあって、さまざまな社会層が一つのスローガン"Change"のもとに、まとまろうではないかと訴えるオバマと、それをようやく理解し受け入れはじめたアメリカ人という構図には、その気になって吟味すれば問題点はいっぱいある。もともとアメリカ自体が問題だらけの国である。黒人というハンデを背負ったオバマが、過半の支持を得て大統領になろうとすれば、意見の違いを乗り越えて、できる限りみなが一致できる理想を高らかに説く必要があるだろう。一方では現実的な問題については、諸方面の利害にギリギリのところまで歩み寄ろうとしたことだろう。しかも、長期にわたるキャンペーンを、どこにも綻びを見せずにやり遂げなければなるまい。相手陣営はどこかに欠陥を見つけて非難しようと虎視眈々としているなかでである。じつに難しい道筋を辿りながら、ここまで来た。一度もオタオタすることなく沈着に切り抜けてきた。それはじつに見事だった。それだけではない。未曾有の規模の草の根運動を生みだし、組織し、見事に統率してきた。どんな難局にも冷静に対応して大統領にふさわしい意志決定能力を示してきた。今やオバマは、黒人であるなしなど問題とされることなく、優れた資質と実績〔これだけの選挙戦を戦い抜いてきたという)を持つ待望の大統領候補とみなされている。明日、11月4日の選挙で次期大統領に選出されることは確実だろう。

 そのオバマの発言について、特に黒人差別問題やその他のtouchyな問題の視点から、藤永のような厳しい目で見ていくと、歴史的事実をねじ曲げた虚偽が紛れ込んでいるとか、迎合的に対しているとの批判が生まれてくるのは理解できる。だが、その批判の言葉は、いささか酷ではないか、あるいは筋違いではないか、と思える。また、彼を選出しようとしているアメリカ人、特に白人の意識下に、人種差別への罪責感があるのではないか、とするのはどうなのだろう。私は、アメリカの選挙民が、もはや黒人だからなどということに拘泥せず、国のリーダーとして最もふさわしい人物として選出しようとしているように見える。

 読者からのメールで知った藤永茂氏は、じつは著書では既知の方だった。もともと物理出身で、計算化学の分野で活躍された。私よりほぼ10歳年上の方である。40代早々にカナダに渡り、現地の大学の教授を務められた。カナダから隣国アメリカの事情を長年にわたって見、問題を摘出しておられる。私の書棚には「老いぼれ犬と新しい芸」という興味深いタイトルの岩波書店の本と、「アメリカインディアン悲史」という、科学分野の方が手がけられるとは思えない分野の本がある。あとの方の著作は、アメリカのさまざまな問題に興味を持ち、スタインベックの「アメリカとアメリカ人」、ジェームズ・ボールドウィンの「次は火だ〔「誰も私の名を知らない」を含む)」などを読んだ時期(1970年代の前半だったか)に手に入れて、読んだ記憶がある。あとがきには九州大学でのエンプラ事件を契機に日本をさり、カナダに永住することになったとある。その時代を知るだけに親近感を感じる。この人は、つとに「インディアン悲史」を書いたほど、アメリカ原住民問題、また黒人差別問題、さらには現在のアフリカ問題などに関心を持ち、ブログにそれらの問題について広い知識に根ざした論考を書いている。知らなかったのだが、黒人奴隷に関連してコンラッドの「闇の奥」の新訳と、この作品の背景への考察(『闇の奥』の奥)などを出版している。

 さて、藤永のブログにおけるオバマ関連のエントリはかなりある。予備選でクリントンを破り民主党候補に選出される段階でのものは、
『オバマの正体見たり(1)(08/6/25)(2)(7/02)(3)(7/09)(4)(7/16)』である。

 これより前、予備選が進み始めた段階で、藤永はオバマを問題にしていて、
『オバマ現象・アメリカの悲劇(1)(08/2/27)(2)(3/05)(3)(3/12)(4)(3/19)』を書いている。

 これに続いて、オバマが所属していた黒人教会のWright牧師の黒人差別問題発言の過激さがマスコミで問題にされ、オバマが袂を分かった時期に、牧師発言が正しくオバマの人種問題演説には虚偽が含まれていることを書いたエントリ
『ライト牧師は正しいことを言った(1)(08/3/26)(2)(4/02)(3)(4/09)(4)(4/16)』でもオバマ批判を展開している。

 さらに、『人種についての二つの講演(08/4/30』は上のエントリで問題とした、オバマの人種問題講演についての他者の論考を紹介している。

 さて、これから藤永の論考を取り上げて、書いてみようと思うのだが、すでにとても長いエントリになってしまった。藤永の見解を引用しながら、考察していこうと考えたのだが、短時日でとてもまとまりそうにない。オバマ選出後では、空気が一変してしまい、こうしたエントリを書く意義もなくなったしまいかねない。とりあえず、私の意見の概要だけを書いておこう。

 1.オバマ現象(藤永は、アメリカ白人たちの心には、黒人を大統領としようとすることで、自分たちの正しさ、寛容さ、美しさをを示すことへの自己陶酔があると分析)は、一部のアメリカ人の心の片隅にはあるだろう。しかしオバマはもはや人種を超越(*)して、一政治家として資質を判断してもらおうとしているし、選挙民も人種へのこだわりより彼の政治家としての能力に惚れ込んでいるように見える。深層心理の分析はさほど当たっていないのではないか。まして彼の選出がアメリカを地獄の底に引きずり下ろす悲劇の始まりになる、というのは、言い過ぎだろう。彼はきわめて冷徹な政治家であるようだ。待ちかまている難問を解きほぐすのは容易ではないだろうが、現実的な対応の積み重ねで、自国にとっても国際社会にとっても、ブッシュよりましな政権が出現するのではないか。当然アメリカの国益を優先するだろうし、アメリカは問題であり続けることは変わらないから、甘い幻想は抱けないが。
*ここで、人種を超越しているとは、藤永が書く「〔殺される側の〕黒人たちを見捨てて、〔殺す側)に引っ越しした黒人」となることではない。また、オバマは黒人問題など存在しないと考えているわけでもない。

 2.「私が生まれて今ここにあるのはセルマの大行進〔1965年アラバマ州で黒人解放運動のきっかけとなった事件)のおかげだ」とオバマがいうのは、時間的に前後していて(彼の出生の方が前)、ウソだとすること。これは歴史的事実の文脈ではなく、彼のメッセージの文脈で見れば、許容されるのではないか。歴史的な事実については、米国民はとうに承知の上で、一部の評論家は別にして、多くのマスコミがその点を問題にしなかったのは、彼のメッセージの文脈では、黒人差別反対運動の積み重ねがあったからこそ、彼が今や黒人初の大統領候補としてここにある、という意味に彼の発言をとらえているからだろう。人種問題演説における米国憲法前文の引用で、意図的なすり替えがあったとする問題についても、同様である。

 3.ライト牧師とオバマ。解放運動家と大統領をめざす政治家の言説や行動には、おのずと違いがあっていい、と私は考える。「アメリカという国の過去と現在のほんとうの姿を直視し、そこから国を糺す正しい政策をうち立てるという姿勢」〔それがオバマにないと藤永は責める)では、大統領選での勝利どころか、候補者になることすらおぼつかないのが残念ながら事実である。政治というのはそういう世界なのだろう。鋭い糾弾による差異の拡大ではなく、連帯を求め、まとまるための、おおらかな言葉が求められると理解したい。

 4.オバマは強烈な権力意志の持ち主である。藤永はそれをネガティブな意味でいっている。権力を求め、権力を握ることにより、国のあり方をよりよい方向に変え、人々に幸せをもたらそうとするのが政治である以上、権力志向は当然だと、私は考える。権力が悪であるとか、強烈な権力意志をもつことが間違っているとかいうのは、社会運動家的見方としてはともかく、政治家、まして大統領を志す政治家に投げかける言葉ではない。権力取得の段階で「選挙に勝つ」ということは大事である。しかしこの言葉に「とにかく」をかぶせるのはどうか。「とにかく選挙に勝つ」と。選挙に勝つためには何でもやるというニュアンスに聞こえる。もし選挙運動での発言が場当たり的であったり、辻褄が合わなければ、それをマスコミやネットが咎め、選挙民が判断することになる。キューバなどラテンアメリカ政策や、イスラエルをとりまく中東政策についての彼の発言は、票をあてにした迎合的なものだと、藤永は非難している。これはアメリカの抱えている大問題で、アメリカ政界では琴線に触れる問題だろう。オバマがこの問題に現状以上に踏み込まなかったのは、選挙戦術上ありうる判断だったと考えていい。あえて咎めることはないのではないか。大統領になった上での彼のアプローチに期待しよう。

 5.オバマを批判するとき、彼の政策と実現能力をこそ、まな板に載せ問題にすべきだろう。その主題抜きに「オバマの正体見たり」とするのはいかがか。彼のアジェンダについての論評が藤永のブログに見られなかったのは残念だ。週刊誌TIMEの最新号(08/11/03)で、コラムニストJoe Kleinは「なぜオバマは勝利しつつあるのか」と題する巻頭記事の冒頭でこんなエピソードを伝えている。オバマは本年7月にイラクへ現状視察に行き、司令官Petraeusから説明を受けた。イラクからの早期撤退を表明している候補に向かって、司令官はいかにそれが難しいかを資料などを使い諄々と説いた。オバマはその時こういったという。「私があなたの立場なら(if I were in your shoes)、まったく同じ議論を申し述べたことだろう。あなたの仕事は、イラクでできる限り好ましい時期に任務を終えることだ。しかし、私、やがて軍の最高司令官になるものとしては、あなたがたの見方と利害とを、国全体としての安全保障政策というプリズムを通して考えなければならない」と。そして、予定を超える時間を費やして、激しい議論が行われ、オバマはこの司令官を高く評価し、一方司令官はオバマの戦略的見方を深く理解するに至ったという。ブッシュはイラクをどうするか、司令官に丸投げして任せている。他方、軍事の英雄マケインと司令官は、腹をわって話し合うことは避けた。このエピソードは、いかにオバマが個々の問題に現実的かつ戦略的に向き合う能力を持ち合わせているかを示す事例として、Kleinがとりあげている。これこそがオバマの正体とすべきなのではないか。

 以上、このような問題について長期にわたる深い考察を続けてこられた藤永氏の丹念な論考に、雑ぱくな意見をぶつけてみた。オバマが何者であるかは、いずれ時が顕わにしてくれることだろう。

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コメント

当選から一夜明けて、新しい記事があるかと思い、訪れ、藤永さんに関する記事を拝読いたしました。同氏の背景は知りませんでしたが、私が初めて聞いたオバマ批判がカナダネイティブの行政官であったこととつながっている、つまり、カナダでは、このような見方がある程度されてきたと言うことを感じました。
オバマの勝利宣言は(多少は予想通りとも言えますが)格調高いスピーチで、期待を持てるものでした。
先日の私のコメントはオバマが危害を加えられることなく任期を終えられるのかということと、イラク撤退はよいけれど、アフガニスタンに戦力集中はアフガニスタンでの被害損害が増えることなので懸念すると言うものでしたが、この2点は、今も不安です。
アメリカが変わることは非常に好ましいけれど、イラクで、アフガニスタンで死んだり傷ついたり、壊されたものをどのように、アメリカ人は償うのか、少なくとも殺された命は戻らず、失われた手足や傷ついた心をどのように癒すのか、それは、未だに先の戦争、私たちの親や祖父母が犯した罪を償いきらず、知ろうともしない多くの国民を抱える日本の問題でもあると考えています。

投稿: Viola | 2008/11/06 07:16

Viola さん

 おかげで藤永先生のブログを知り、私の考えても見なかった別の角度からの問題点を知ることができました.藤永先生のブログにコメントを書いたところ、ご自身のエントリでこちらを紹介してくださいました。違った意見を誠実に交換し合うのはいいことです。

 Violaさんの心配しておられる点。みんながそれを心配しています。警護が厳しくなり、一般人と接する場が制限されるのが心配です。オバマは覚悟して望んでいるように見えます。

 もう一つの点、アフガニスタンですが、オバマの考えていることは、単なる攻勢ではないでしょう。イラク情勢が最近改善しているのは、スンニ派の人々に自分たちでこの状況をどうするかを考えてもらい、彼らがある程度覚醒(awakening)したからだと言われます。同じようなアプローチをアフガニスタンでもしようという方向でしょう。すでに「タリバンとの話し合い」という方針がカルザイ政府側から、アメリカ軍司令官から出てきています。もちろんハードな攻撃はするでしょう。誤爆もあるでしょう。

 昨日のオバマの「勝利演説」で、次のパラグラフに注目しています。
To those -- to those who would tear the world down: we will defeat you. (Cheers, applause.) To those who seek peace and security: we support you. (Cheers, applause.) And to all those who have wondered if America's beacon still burns as bright: tonight we proved once more that the true strength of our nation comes not from the might of our arms or the scale of our wealth, but from the enduring power of our ideals -- democracy, liberty, opportunity and unyielding hope. (Cheers, applause.)

投稿: アク | 2008/11/06 09:52

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