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2008/11/27

老後はたえざるダウンサイジング

 アメリカのかつての研究仲間に久しぶりに会ったとき話していたこと。退職を機に、自宅を手放し、生活をダウンサイズして、アパートに移るという。うらやましいほどの素晴らしい邸宅に住んでいたが、退職して年金暮らしともなれば、それなりの棲み方に合わせていくという割り切りの良さに感心した。考えて見れば、歳をとるとともに、何段階かで、ダウンサイズしていくのが老後というものだ。

 アメリカの友人が、大阪での国際会議に招かれて夫婦で来日。日程の最後に東京見物をしたいというので、二日にわたり一緒に過ごし、たくさん話もした(その友人が来ることは「雑記帳」の方にあらかじめ書いた。ここ)。彼らと会うのは久しぶりだった。アメリカの国立研究所に客員研究員として1年半ほど家族づれで滞在した時以来の友人だ。私が在籍した頃は、研究グループの若頭という存在だった。共同研究をし、共著論文も書いた。彼もいい歳になり、先ほどリタイアしたという。リタイアしても、研究所の同じ個室オフィスを持ち続け、週に何日かは研究所に出かけ、自分の好きに時間を過ごしているらしい。この研究所にはそういう制度があるのは前から知っていた。80歳を超えた老研究者が研究所に出て研究を続けているのを見たし、その後も、まだ彼は来ているよ、と耳にした。しかしこの友人はそう長くはそこにいるつもりはないようだ。夫人が老人ホームに仕事を持っているが、間もなく退職することにしているという。それを機に、ボストンに隣接するケンブリッジに移ることに決めたと話していた。その地のアパート(日本のマンションに相当)を契約済みだという。

 ただちに思い浮かんだのは、あの素晴らしい自宅をどうするのか、ということだった。この人の家のことはよく知っている。自宅のディナーパーティーには何度か招かれた。地域コミュニティ共有の池に面した広い庭をもつリゾートハウス風の家である。NY州ロングアイランドは、もともとニューヨークに住む金持らの別荘が多かったところだ。彼の自宅もその種の別荘だった。南に面した日射しのいっぱい入るサンルームがあり、夏期だけに使う家として建てられたものであることは一目瞭然だった。夏はいいが冬は寒いので暖房がたいへんだと、そのころ言っていたのを覚えている。その家を彼はこつこつと建て替え、新しい部分を付け足し、先年訪れたときは、見違えるような「豪邸」になっていた。公園の一部といっていいような広大な芝生の庭がなだらかに池に向かって傾斜している。池の畔に立つと、広い庭の彼方に幾棟か連なった白く塗られた家屋群が見える。いくつもの部屋があり、数十人のパーティが楽にできるほどゆとりがある。もともとのリゾートハウスはどの部分か分からないほどの変貌だった。いつの間にこんな立派な家にしたのだろうとその時思った(そのことはこのブログに書いた→『ヒルダとの再会(05/2/21)』。広大な庭と「豪邸」の写真がそこにある)。アメリカ人研究者の自宅を訪問したことは、この地に限らず、あちこちで度々ある。研究者はそれほど高収入の仕事ではないが、日本の住宅事情からすれば、われわれが及びもつかないような家にどの研究者も住んでいる。しかし彼ほどの豪邸を持つ人は知らない。

 その彼が、それだけの家を離れて、賃貸のアパートに移るのだという。その家は売るつもりだ。折悪しく不動産不況になったので、2年ぐらいのうちに売れればいいがと言っていた。アメリカでは、自宅をきちんと維持するのはけっこう苦労である。春から夏にかけて、庭の芝生を何度も刈らなければならない。家の外装のペンキ塗り、水回りや暖房などのユーティリティーの修理、屋根や雨樋にたまる落ち葉を除去するなど、もろもろの仕事は、一家の主人が当然やるべきことである。自分の家のメインテナンスなどは自分の手でするのが、開拓時代以来のアメリカの伝統である。大改装や増築をするならともかく、病気でもない限り、多少のメインテナンス作業を業者に頼んだりするのは名折れだ。彼は広大な敷地と豪邸を持ったはいいが、歳とともにすべてに手が回らなくなったのを自覚したようだ。テニスの名手でジョギング狂だったせいか、最近足腰を痛めたらしい。膝の手術も受けた。東京で一緒に歩いたときには足を引きずっていて、特に階段の昇り降りがたいへんそうだった。老いとともに、この家には住み続けられないと考え、夫人と相談して、自分の出身地マサチューセッツ州にあるケンブリッジで老後の生活をしようと決心したのだという。それも庭付きの家ではなく、日本でいうマンション、アメリカでいうコンドミニアムに移ることにしたようだ。ケンブリッジにはハーバード大学などがあり、知的・文化的刺激の多い場所であることが、そこを選んだ理由らしい。

 「ダウンサイジングの準備を始めたよ」と彼は、半ば苦笑しながら話した。広い家から狭いアパートへのダウンサイジングだ。生活する空間も、家具も、本や資料などを収める書棚スペースも、キッチンアイテムも、衣類も何もかもを、狭いアパート空間に収まる範囲にダウンサイズしなければならない。自分の生活習慣も心の持ちようもそれに合わせて変えていく必要があるだろう。3台持っている車も1台にするという。老後に備えての一大意識改革だ。

 そう。考えてみれば、歳をとっていくということは、ダウンサイジングだ。それも歳とともにその時、またその次の時に、ダウンサイズしていくことが必要だ。老後はたえざるダウンサイジングの時期である。そして最後は自分自身のダウンサイジングだ。

 私らも心がけている。車は大小2台の態勢から、小1台に換えた。耐久消費財を買うのは、必要やむをえない場合に限る。その際これをどれだけの期間使うか、いうなれば、自分の賞味期限を考えなければならない(「自分の賞味期限」という言葉は、私と連れ合いとの友人仲間のメール交換で一時はやった言葉だ)。ハードウェアだけではない。自分が関心を持つこと、やってみたいことなどを、発散から収束に向かわせることもダウンサイジングだ。なにか新しいことを始めようかという気になったとき、今さらはじめてものになるかを考える。本を買うときも慎重になる。以前はいずれ読むだろうというだけで買っていた。今では、これを買ってほんとうに読むだろうかと考える。いずれではなく、今読む本だけを買う。じつはこれはそのつもりになっているというだけで、本をつい買ってしまう悪癖はなかなか治まらない。旅行にも慎重になった。海外旅行に行って、あちこちを観光する際、連日元気を維持するのがだんだん難しくなってた(特に連れ合いが)。何もしない日を日程に挟まないと、何日もの旅行を続けられない。ハードスケジュールの旅行社を敬遠し、楽な旅行社を選ぶ。できれば滞在型の個人旅行にする。それだけ費用はかかるので、年2,3回出かけていた海外旅行は、年1回のペースに落ちてきた。その分国内にも目を向けるようになった。それも近距離の旅先がいい、と考えるようになった。

 ダウンサイジングはもともと技術分野、特にコンピューターなどの分野で使われてきた言葉だ。たとえば半導体電子回路素子が年々小型化され、コンピューターの大きさが手のひらに載るような大きさになっていく、大きさは小さくなるが性能はむしろ向上する、そんな場合に使われた用語である。それが他分野でも類比的に使われるようになり、組織のダウンサイジングとか、個人生活のダウンサイジングまで話題にされるようになった。

 内田樹のブログでも、この経済危機を個人が乗り越えるには、"Let's downsize" と呼びかけているのを読んだ。こんなことを書いている。

日本社会がこれから採用する基本戦略は「ダウンサイジング」である。

私はこれまで何度も「生活レベルを下げた」ことがある。
仕事がなくなると収入が減る。収入の内側に生活レベルを下方修正する。同じ貧しい仲間たちと相互扶助、相互支援のネットワークを構築する。
だから、私はどんなに貧乏なときも、きわめて愉快に過ごしてきた。
「今の生活レベル」などはいくらでも乱高下するものである。
そんなことで一喜一憂するのはおろかなことだ。
自分の今の収入で賄える生活をする。
それが生きる基本である。

 現在の高齢者にとってダウンサイジングはお手のものである。若年時代に、戦中戦後の窮乏時代を経験済みである。ものが溢れ、ありとあらゆる欲望が充足され、欠乏を知らないこれまでの時代風潮は、何かおかしいのではないかと感じてきている。やはりきたか、というのが率直な感想だ。心の備えはできている。老いとともにダウンサイズするのは自然のこととわきまえている。さあ、Let's downsize。

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