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2008/12/17

ブッシュに抛られた靴の意味

 ブッシュが記者会見の席でイラク人記者から靴を投げつけられたことは、ブッシュのアメリカに対するイラク人の気持ちをあからさまに表現するものだった。ブッシュ・アメリカは、イラクへの侵攻の理由を,イラク人を圧政から解放し、イラクに自由と民主主義をもたらすことだとした(当初の大量破壊兵器の秘匿という理由が立たなくなったあとで)。しかしイラク人の本音は,そんな西欧側の価値観の押しつけなど要らない,むしろ大迷惑だ,多くの人が死傷し,治安は悪化し,生活の基盤が奪われた、出て行ってくれ、ということだろう。ブッシュのバグダッド最後の訪問の際に,一人の記者がその気持ちをあのような形で表したことは、劇的で,象徴的な出来事だった。

 この事件に対する反応は,さまざまでありうる。一国の元首に対し失礼だ、シークレットサービスは何をしていたのか、ブッシュはよく避けた(抜群の運動神経をしている)、そのあともゆとりのある対応をしていた、さすがだ、などなど、西側から。対してイスラム世界からも、イスラムの倫理に反する行為だ、たとえ敵といえどもこんな侮辱的行為に走らないのがイスラムだ、報道を仕事とする記者が会見の席でこのような行動をすること自体大いに責められるべき、などの冷静な意見から、イラク人の大多数の人を代表してよくぞやってくれた、という支持・賛美の声までさまざまだ。NYTは、バグダッド支局がイラク各地で拾ったさまざまな意見を、以下の記事に載せている。
‘Shoedenfreude’ and Shame: Reaction From Around Iraq(NYT, Baghdad Bureau, 08/12/15)

 ちょうど、佐伯啓思『自由と民主主義をもうやめる』(幻冬舎新書、2008/11)を読んだところだった。そのなかで佐伯は、「アメリカは一貫して,自由・民主主義・人権・市場競争などの普遍性を主張し、その世界化を唱えてき」た。「9・11テロの最大の意味は,西洋近代が掲げた理念や理想の普遍性が」,イスラムの過激な若者たちによって「激しい攻撃を受けたことにあります」と述べている。その後のイラクへの侵攻がうまくいかず、「イラク戦争は泥沼に陥り,普遍的なはずの価値はどうもアラブには根付かないことが明らかになってきた」として、こう書いている。

 イスラム社会は自分たちとは全然違う価値観を持っているという当然の事実に直面したとき、自由や民主主義の普遍という前提は大きく揺らぎます。普遍的なはずの価値も結局は,西欧文化のコンテキストの中でしか適切には了解できないことに気づかされます。

 そう考えると、9・11テロからイラク戦争の流れの中で,最も大きなダメージを受けたのは、イスラム社会というよりは、アメリカの近代価値観だったと言えるかもしれません。

 今回の靴投げ事件もまた、佐伯の指摘とおり,異質で非妥協的な価値観のもとにあるイスラム世界に、西欧的価値観を一方的に押しつけようとするアメリカの勘違いが生んだ悲劇の延長線上にある。アメリカ的価値観の世界とイスラム価値観の間には,深い裂け目がある。そのことが分からない,分かろうともしないアメリカのおめでたさが端的に露呈した出来事だった。

【引用ついでに書いておくと、深い思索で重厚な文章を書く佐伯啓思にしては,この新書はいささか軽っぽい書物で、間違いも目立つ。特にイラン、イラクにおけるスンニ派とシーア派を取り違え,イランをスンニ派の国としているなど、もの書きとしてみっともない。新書の編集者も不注意】

 ビデオで生々しく放映された一部始終を、アメリカ国民は、感情的に反撥することなく、また単なる表面的で些細な偶発事件として見過ごさず(アメリカ人の反応は,たとえばここにある。前記のNYTバグダッド支局発の記事に対する読者コメント、900件ほどにも)、深くその意味を受け止めて,これからのイスラムとの付き合い方を考え直してもらいたい。イスラム教徒の血をひくオバマ次期大統領にそれだけの懐の深さがあるだろうか。

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