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2009/01/16

文化を尊重してほしい、テレビ・コマーシャル

 今日は、にわかテレビ・コマーシャル評論家。テレビを観ることは比較的少ないのだが、このごろのテレビ・コマーシャルは、ひどすぎると文句を付けてみたい。民放番組を視聴していると、否応なしに見ることになるコマーシャルに、ズレを感じたり、嫌悪感すら覚えることが最近多くなった。コマーシャルを発注したり、制作したりする世代が、僕らからするとずっと若い世代になってしまったせいなのか。それだけこちらが時代遅れなってしまっているのだろうか。

 けしからんと思うこともある。それは、文化に対する敬愛の気持ちがないことだ。破産した英会話スクールNOVAが、ロダンの「考える人」を使ったコマーシャルで、この彫像の足を前後に動かして「入ろか、止めよか、考える」と言わせていた。「考える人」のイメージを、じつに軽薄なものに変えてしまっていて、腹立たしかった。この社のコマーシャルはブレが大きかった。コンセプトがバラバラで、月替わりで極端に様変わりしていた。最後のころはウサギで多少一貫性は見えたが、それでもばかばかしいものが多かった。初期の電柱に抱きついたおじさんが登場したりしていたものは、今でも覚えているほどいい出来だった。それがどうしてあんなに荒れてしまったのだろう。会社が破産して分かったが、堅実な経営理念を欠いた企業だった。企業文化がコマーシャルに反映されるという実例を見た。それにしてもあれだけのコマーシャルだから、大きな広告代理店が制作していたのだろう。その担当者たちはどんな考えで対応していたのだろうか。

 同様に、文化に対する敬愛という点でどうかと思うのは、替え歌である。たとえばオペラの有名なアリアを替え歌で朗々と歌わせている。このオペラを観たり、アリアを演奏会で耳にするたびに、このコマーシャルが頭に浮かんで、鑑賞を妨げられることだろう。歌っている女性歌手は日本のオペラ界で高い評価を得ている人だが、こんなコマーシャルを引き受けているということで、私は彼女の音楽観に疑問符をつけている。

 パロディーというのは文化の形のひとつとしてありうる。モナリザは、ダリを含めて多くの画家によって模作された。それは原画を戯画化するものではない。クラッシックの旋律を借りたジャズに類似するもので、むしろ敬愛の念があってこそ成り立つものと思う。そのあたりのニュアンスが分からずに、安易な替え歌にしたり、イメージを転用し、誰もが見るテレビに流すことは、止めてほしいものだ。オリジナルの作品を冒涜するだけでなく、作品を愛好する人々の気分を害することになる。そのことへの配慮がなさ過ぎる。

 それが大衆文化なのだという見解もあろう。大衆文化も文化である。どの文化を好み、どれを嫌うか。それはそれぞれ好きなように選べばいい。しかしテレビでは番組を選べても、コマーシャルは押しつけられる。みな一様に見るものは、ある一定の品位を保ってほしいと私は考える。

 文化の問題を離れても、近頃のコマーシャルはいやなもの、ばかばかしいもの、反撥したくなるものなどが多い。一度見るだけで、二度と見たくない。残念ながらよく見る番組(ニュースとか、政治番組など)に限って、嫌いなコマーシャルが繰り返される。どぎつくショックを狙っているのが、見え見えで嫌悪感がつのってしまう。制作者側はそんな反応を予測しないのだろうか。たぶん若い世代は僕らとは違う感性を持っているのだろう。

 何度見てもそのたびに微笑ましいと感じるものがいい。メロディーが耳に残るものもいい。60年代だったか、日曜洋画劇場で流れていた「おしゃれでシックなレナウン娘が・・・」の歌は、何十年経ってもメロディーを思わず口ずさんでいたりする。そのたびに画面まで思い出される。現在放映されているものでは、嫁姑が同窓会の通知でトンチンカンな会話をする寸劇は、何のコマーシャルか覚えがないが、つい見とれてしまう。Aflacのアヒルのとか、チョーヤ梅酒のは、ほのぼのとしていい。ジャパネット高田のコマーシャルは、自社で作っているそうだが、登場する社長さんのかん高い売り込み口調が絶品で、その真剣さが笑いを誘う。

 テレビ離れが進んでいるという。若い世代は、テレビより、ゲーム機、携帯、音楽プレーヤーなどを好むのだろう。むしろテレビをよく見ているのは、主婦層とか、高齢者なのではないか。制作者はそのあたりのリサーチをした上で、コマーシャル作りを考えているのだろうか。たしかに老人向けと思われるものもある。くどい作りが高齢者を意識しすぎていて、馬鹿にするなと、反撥してしまう。

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コメント

アクさん、愚痴っぽいのは加齢現象ではありませんか?
昨年のCMで今も心に残るのは旭化成の「水の地球」。
「何億光年」の歌とともに、干上がったアラル海を、馬に乗った人が地平線目指して駆け去るもので、中空糸利用の水再生が広告の対象でした。
若者が好んでみるドラマに挿入されたいた広告でしたが、少なくてもよいものがあると言うことは嬉しいこと、現状と未来に期待できることと思っています。
老年に向かう我々にできることは、若者に期待すること、我々の価値観も伝えてゆくこと。できることはいっぱいありますね。
先日偶然に、1970年前後に「福音と世界」で好んで読んだ最首悟氏が若者と談食するテレビ映像の再放送を見て、幸せな気分になりました。

投稿: Viola | 2009/01/21 11:31

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