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2009/01/31

小分けして、片付けていく

 前のエントリに、大きな問題を抱えて、にっちもさっちも行かなくなった現状を書いた。ふと思い出したことがある。仕事術のヒントである。大きくて、難しい問題は、小分けして、できるところから片付けるといい。マネージメントの本でも読んだこともあるし、現役時代はそれでやってきた。退職後、時間があることをいいことに、あれこれの問題に興味を持ち、それをできるだけ包括的に、原理的なことから考えていこうとするようになった。そんな傾向に気づく。身の丈相応に、当座の納得ですませばいいのに、深く掘り下げようとする。それではいつまでもファイナル・アンサーに辿りつけない。第一、そんなものはありっこない。とりあえずの答えでいいのだ。そう気が変わると、気持ちも楽になった。

 そこで小分けして、考えてみたことを、断片的に書くことにした。今回は、問題意識を書き下ろしてみること。

 くだんの大問題(少なくとも私にとってのことだが)とは、こんなことだ。「経済学は、価値中立的なのか」。発端はこうだ。現在起こっている経済危機について、経済分析の人たちがいろいろと言っている。そこでは「労働」が商品と同列で分析の対象になっている。雇用の問題が深刻だ。さらに深刻さが増すだろう。経営者は企業を守るために、派遣労働者を切り、期間労働者を切り、正規社員までレイオフしようとしている。それは経済学からしたら当然のことなのかもしれない。しかし、それを当然とする経済分析は何か間違っているのではないか。経済分析には、人間の尊さとかそういう倫理的な問題が入ってこないのだろうか。考え、学びはじめた発端は、そういうことである。

 こんなことを書くと、その方面の専門の方からは、なんと素人っぽいことを言っているのかと笑われるかもしれない。社会科学のことは教養課程でしか学んでいない。専門書を読んだことがない。だが、現実の経済問題については、否応なしに関心を持たずにおられない。そこで素人は素人並みに考えるのである。頭の片隅に、マックス・ウェーバーの、社会科学は価値自由(中立)であるべし、というモットーの記憶がある。どんな文脈でそのように言ったのか知らないが、学問とはそうあるべきだ、というのは分かる。自然科学、特に物理学の成功例を見て、あらゆる学問は事実に基づき、それを分析して、一般的な法則性を見いだすべきだ。そこに価値判断を持ち込んではならないと。しかし自然法則はともかく、現実の人間と社会を対象にする学問は、価値中立的でありうるのだろうか。また、経済変動に直面して、経営判断をするときに、これが経済学の常識です、といって済まされるのか。

 厚生経済学という分野があることは耳にしたことがある。ノーベル経済学賞を受けたアマルティア・センが、経済学に倫理的考察、価値判断の問題、を持ち込んでも、理にかなった学問的議論を行えることを示し、厚生経済学の新境地を開いた。そう書いてあるものを読んだことがある。しかしこの方面へ深入りすることは、とても私の手に及ぶまい。しかし何か学んで考えてみたい。

 ということで、小分けして問題を攻めてみるという、第1回分を、とりあえず書いてみた。タイトルに「片付ける」と書いたが、とても片付くような問題ではないようだ。

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コメント

昨年末、NHKの報道特集で吉本隆明がとりあげられていました。
糸井重里さんの企画で、永年の課題である言語芸術論について話されました。
世界理解のための方法論としてのマルクス論から一般言語論への展開。
自己表出と指示表出。
現在85歳、車椅子からでしたが、思想家としての存在感は今も変わりなく、聴衆は納得したようです。

ヒトの知能がオープンエンドレスであることは立証されているそうです。思索は加齢により衰えるどころか、むしろ成熟進化するのではないでしょうか。

ブログに御自身の現在の心境を吐露されたことは、何よりも先生の高潔の表れと理解しています。
私のようなものが言葉をかけること自体がおこがましく
無作法であることは、承知しています。お許しください。

立春です。ご自愛ください。

投稿: sollers | 2009/02/02 18:47

sollers さん

書いてくださったことで、吉本隆明の番組を録画してあったのに、そのうちに見ようとHDの中におきっぱなしになっていたのを思い出しました。たった今、しっかり見ました。

83歳とあって、言葉の出は滑らかではないようでしたが、長年かけてしっかり自分で考えを積み重ねてきた、その結実として発出された言葉には、一つ一つ重みがありました。

あることを究めた傑出した人間の姿を、こうして映像で見ることは、書いたものを読んだだけではえられない強い印象がありましたね。

sollersさんのコメントのおかげで、これを見ることができてありがたかったです。

私が考え、滞り、また考え、書いてみる作業など、まだまだです。でも、心身の健康さえ与えられれば、まだまだ続けられるという励ましもいただきました。

私のつたない書きものにも、引き続きおつきあいください。

投稿: アク | 2009/02/03 12:00

2007/02/18の「仏教と量子力学」というタイトルのブログにコメントした者です。お久しぶりです!

私も以前に池田信夫氏のブログを拝見した事があります。私は経済学を専門にした訳ではありませんから、彼の意見に対して論理的に反証はできませんが、期間工や派遣社員を経験した私からは、机上の空論に思えてなりませんでした。象牙の塔からモノを言うのではなく、もっと汗にまみれた現場を経験してほしいと思います。

経済は人間の欲望が絡んでいます。自然科学と同じ土俵に乗せるのは無理があると常々思っています。

投稿: 佐藤雅美 | 2009/02/22 15:14

佐藤雅美さん

コメントの書き込み、ありがとうございました。続けてお読みいただいているのですね。

私は「汗にまみれた現場」を体験しているほうではありませんが、問題意識はある程度共有しているつもりです。

続けて書いたものをお読みいただいて、ご批判いただけるとありがたいです。

投稿: アク | 2009/02/24 16:54

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