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2009/07/08

撮影旅行での椿事

090708

  【画像は、梓川上流の明神橋、見えている山は明神岳】
 上高地へ撮影旅行に行った。カメラ会社が、愛用者のために運営しているクラブ主催の撮影旅行に参加した。上高地に毎年数回は行くという風景写真の専門家が指導して、上高地の撮影スポットを案内し、撮影法を伝授してくれた。梅雨時にもかかわらず天候にも恵まれて、撮影旅行そのものはとてもよかった。だが、その旅行の往復で、集合時間に間に合わず見切り出発となったり、途中休憩時に置き去りにして行方不明の人が出るなどの椿事があった。それは偶然の出来事ではあったが、垣間見えたのは、こういう旅行を催行するにあたっての会社の事務局と下請け旅行社との間の構造的問題であった。また参加者の自己管理も問題であった。そのことへの感想を書いておこう。

 まず、どんなことが起きたか、概略を。一つは往路。西新宿発の専用バス出発時間に二人の参加者が間に合わなかったこと。復路にも事件があった。途中で一時停車した松本駅で、一人の参加者を置き去りにしてしまったのだ。一つ目は、遅れただけでなく集合場所も知らなかった二人が、新宿に残った係の人と偶然に出会って、JRで松本駅まで来て合流し、事なきを得た。二つ目の置き去り事件は、バスが新宿に着き、解散となった時点では行方不明のままで、その後どうなったかを知らない。

 じつは今回の旅行中の折々に、twitterで実況報告をした。留守中の妻に何度も電話するより、twitterを読んでもらう方が断続的ながら消息を知ってもらえる。私のtwitterページを読んでくれる知人や未知のフォロワーもいる。その人たちにも一興だろう。そんなつもりで、折に触れてtwitterをiPhoneで書き送った。今数えてみると、旅行中に30数件書き込んでいる。その中で期せずして往復のバス旅行での椿事を報告することとなった。

 9時、JR新宿駅近く、西新宿のある銀行の前が集合場所に指定されていた。私は東京の居所から電車一本、15分程度で行ける。それでも早めに30分前にそこに着いた。小雨が降り始めていて、時間が遅くなるほど強く降るとの天気予報だった。カメラリュックを背負い、大型の3脚を肩に、着替えなどを入れたキャスター付きの小型バッグを片手で牽き、雨傘をさしている。できるだけ小雨のうちに着きたかった。少し待ったが、まもなくバスが到着し乗り込めた。仲間もぼつぼつ集まってきた。定刻に数分遅れた人も何人かいた。折から通勤時間で、混雑した電車の中、大きな荷物を持って苦労したと言っていた。岩手県や滋賀県からの参加者もいた。全参加者は30人。新宿から19人、松本から11人が合流してくることになっている。新宿乗車予定者のうち二人が現れない。30分待った。私は決められた集合時間に、こんなに遅れるルーズさは理解できないと、待っている間に twitter に書いた。遅れるとの連絡が担当者にないし、自宅にも連絡が取れない。30分過ぎたところで、主催者は出発と決断した。松本駅から参加する人への対応のために事務局の担当者は中央線特急「あずさ」で先回りすることになっている。バスが松本に大幅に延着するわけにはいかない。

 バスは高井戸から首都高速に乗り、中央高速に入ったあたりで、連絡が入った。事務局担当者がたまたま遅れた参加者と会った。バスは新宿まで戻れないか、との連絡だったようだが、それは無理だった。事務局員と同じ特急「あずさ」で、松本から合流してもらうことになった。

 バスは順調に走り、遅れを取り戻して、松本駅・アルプス口に着いた。ここで合流することになっていた11名とともに、新宿出発に遅れた二人がやってきた。かなりお年のご夫婦だった。最初は詰問調でどうしたのですか、と尋ねているうちに、事情が分かった。集合場所と時間を通知する連絡便が届いていなかったのだ。この撮影旅行はクラブ会員に限られている。配偶者といえども同伴できない。会員になってもらう必要がある。このご夫婦はその手続きをし、その際に旅行費用も一緒に振り込んだ。それが原因とは決められないが、通常の参加者に費用振り込み用紙とともに届いた開催スケジュールなどの文書が届かなかった。彼らは正確な集合時間と集合場所を知らなかった。ご主人の方がかつて同様な旅行に参加したことがあり、その時の集合場所となった西新宿の別の場所に赴いたという。そして会報にあった開催計画の記事に9時頃とあったのを、「頃」なら30分くらいは遅れていいだろうと、9時30分を目指してそこへ行ったという。誰もいない、おかしいと、新宿駅に戻る途中で偶然に事務局の人が声をかけ、遅れた二人だと分かったという。

 この件には、二つ問題があった。事務局側の連絡ミス、参加者側の自己管理。この人たちは事務局に問い合わせをすべきではなかったか。そんな当てずっぽうな考えで参加してくるなんて、いくら何でものんき過ぎる。申込者には事前に確定したスケジュールなどを連絡してくるはずと考えるのが当たり前。それに当日、いざというときの開催者の連絡先ぐらい聞いて置かなければ、こんなことがあった場合途方に暮れるはずだ。事務局側の連絡ミスは、主催団体のカメラ会社と、実施を下請けする旅行社との間で起きたらしい。

 この某社カメラ愛用者クラブは、かつては会社から形の上では分離した同好会であった。しかし、クラブの日常的な運営にあたっているのはカメラ会社から一時的に出向している社員たちのようだった。日常的な業務はともかく、特別開催の行事になると、出向社員だけでは実施できない。下請けに丸投げしてやってもらうのだろう。かつて2度ほど撮影旅行に参加したが、同じ旅行社の同一の担当者が実質的な開催者として世話をしてくれた。今回も同じだった。旅行以外にもこのクラブ主催のさまざまな行事で、同じ旅行社の人が裏方を務めていた。

 数年前に、クラブは会社直属の組織に変わった。その際事務局は強化され、会社員スタッフが実務を担当する分が増えたようだ。今回のような撮影旅行では、手配や添乗は旅行社に下請けさせるが、会員からの参加申し込みの処理、開催連絡などは事務局と旅行社が共同で行ったらしい。かつてはすべてを丸投げしていたが、多少やり方が変わったらしい。旅行社の担当者が何気なく漏らしていたことからの推測である。その狭間でこのような連絡ミスがが起きた。どうであれあってはならないことだが、責任の所在が明確でなかったのが原因のようだ。連絡ミスを認め、弁済するらしいとの話を耳にした。カメラ会社と下請けの旅行社と、きっと弱い方が持つのだろう。

 さてもう一つ。帰途の置き去り事件。上高地から松本駅に寄り、地元や中京・関西方面からの参加者をおろした。新宿へ帰る人にもトイレタイムとして15分あまりの休憩時間が与えられ、必ずトイレに行ってほしいと言われ、全員が降りた。私はトイレはどうでもいいと、iPhoneでtwitterを書いて一人バス内に留まったが、それを終わって、一番最後にトイレに行った。松本駅アルプス口は裏口で閑散としていた。バスもわれわれの一台だけだった。ゆっくり時間を取り、松本で降りた人の分だけ人数が減り、ゆったりと座るため座席を変更したりもした。松本を出発して、中央高速に乗り、1時間半、八ヶ岳PAで、またトイレ休憩。そこを出発する際に、置き去りに気がついた。空いた座席にジャケットとリュックが置いてある。これは誰のだ?とはじめて添乗員が気づいた。そこは松本駅から誰も座っていない席だった。このPAで戻っていないのではなく、松本駅から乗っていない。添乗員は青くなった。名簿で点呼して、それがF氏だと分かった。いつも一人黙々と撮影に取り組んでいた人だ。親しくなった人がいなかった。だから、その人が松本駅で乗っていないと誰も気づかなかった。席替えをしたことも原因となった。そのままだったら、隣の人や後ろの席の人が不在に気づいただろう。

 事務局と旅行社添乗員がどうするか、相談しているようだった。松本駅まで戻ってもどうしようもないだろう。ジャケットのポケットを見ると携帯は置いてある。しかし財布などはない。金もないとなれば、困惑するだろうが、JRで帰るなり、家へ連絡するなり何らかの方策を考えるだろう。中央線特急で新宿方面に向かい途中下車する人もいる。その人たちと合流してくれるといいが。そんなことを期待するしかないようだ。バスは新宿に向かって出発した。添乗員はF氏の自宅に連絡を取った。奥さんが出て、全く連絡がないと驚いていたらしい。添乗員は松本駅に連絡し、駅構内と特急車内とで呼びかけてもらうよう依頼した。

 なぜF氏はバスに戻らなかったのか。私らがあれこれ推測して心配したのは、松本駅のトイレに入り、個室で気分が悪くなったのではないかというケースだった。トイレタイムは十分にあり、私が最後に行ったときにはトイレには誰もいなかった。「大」の方で彼は体調不良に悩んでいたのかもしれない。多少時間が遅れても、よもや置き去りにされるとは思わなかったのだろうか。

 連絡のないまま、バスは新宿へ向かってひた走った。それとともに添乗員の表情には苦悩の色が濃くなった。松本駅で数を数えた。二度も。人数に勘違いがあったようだ。上高地で別方向のバスで帰った人が一人いた。そのマイナスを新宿分と勘違いしたのかもしれない。名簿を出して点呼すればよかった。しかし後悔先に立たず。旅行社の人間としては大失敗だろう。カメラ会社の社員の態度も変わったようだった。あんたの責任だよ、あんたが何とかしろ。そんな雰囲気に読み取れた。日本の企業社会にによくある下請け制度で、しばしば見られ、疑問だなと感じる構造的問題が、こういう事件が起きると露呈してくるのだ。それは組織の問題でもあり、そこに関わる人の人間性の問題でもあるのだ。

 F氏の奥さんから一度連絡が入った。F氏から奥さんへ連絡があったのかと思ったが、電話で長く話しをしていた添乗員は、どんな内容であったかを社員氏にも皆にも報告しようともしなかった。重苦しい雰囲気のまま、新宿に着いた。停車する場所を探してバスが動く間、添乗員は深刻な表情で、こんなことでみなさんに後味の悪い思いをさせて申し訳ないと謝るばかりだった。撮影旅行の締めくくりの挨拶もなかった。私が促して、撮影指導をしてくださった先生に感謝の拍手をしただけで解散となった。

 その後のF氏がどうなったか。帰った日が土曜日。月曜日に旅行社かクラブ事務局に電話で問い合わせようかとも思ったが、彼らは後始末に追われていることだろう。参加者として傍観していたものが、どうなりましたと聞くのもいかがか。彼は自分で何とか切り抜けて無事帰宅したに違いない。そう考えることにした。

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