« 次男の結婚(1) | トップページ | 岡井敏『原爆は日本人に使っていいな』への疑問 »

2010/06/27

次男の結婚(2)

 (1)で、主として結婚式当日のことを書いた。今回は,それ以前のことを書いてみる。個人的なことなので、まあ、ご興味のある方はお読みいただきたい。テーマは、次男が、仕事(そして、アメフト)に打ち込みすぎて結婚が遅れたのか、それとも理想の伴侶を求めて妥協しなかったゆえに遅れたのか、そのあたりの事情。そして恵子さんとのこと、である。

 あらためて書くと、とうに諦めていた次男の結婚が、私が75歳、次男が46歳にもなって、ひょっこり実現するとは、思いも寄らない嬉しい出来事であった。入籍による結婚は年初に済ませていたが、去る6月12日(土)に結婚式を挙げ、披露宴を終えたことで、ようやく彼が嫁を迎え、所帯を持ったのだと実感するに至った。彼ら(次男とその嫁,恵子)が、それぞれ独身時代の居処から、ともに住む新居へと移ったのは,結婚式の直前であったから、彼らも挙式を終えて、ほんとうに夫婦になった気持だろう。

アメリカ遊学と就職 この子が、と、46歳にもなる中年男子をそう呼ぶのはおかしいが、親にとっては,いくつになろうと,子は子である。この子が,こんなに婚期が遅れる(これは女性にいう表現なのかな)とは思わなかった。大学院に入ってまもなく、奨学生に選ばれて渡米し、彼の地で大学院生として、あるいは研究員として、数年を過ごした。それは一人前になるための遊学の時代だった。それを終えて帰国し、外資系製薬会社に就職し、社会人として歩み出した。これで普通の社会人生活に落ち着いてくれる。あとは結婚を待つばかりだな,その時そう考えた。

アメリカ・ビジネス流のキャリア追求へ しかし、彼はアメリカ滞在の経験から何かを持ち帰ったらしい。それがまもなく表に現れてきた。日本社会では普通のキャリア追求、それは,安定した会社に勤め、同じ会社の中にとどまって自己実現を遂げていくということなのだろうが、彼は、それをよしとせず、個人としての自己実現を求めて行動しはじめた。私のことばで表現すると、彼が持ち帰った何かはそういうことだったと推察する。アメリカで暮らし、多くの友人たちとの付き合いから、アメリカ的キャリア追求を,理想のモデルとして学んできたようだ。

転職渡世 彼はまず製薬会社にバイオの研究者として働き始めたのだが、しばらくして社内求人に応じて、ビジネス部門に転じた。薬業の専門知識、プラス、英語でのビジネス能力、という彼の持ち味を活かす場を、はじめて外資系製薬会社内に見いだし、それにやり甲斐を感じ始めた。それからはめまぐるしかった。外資の親会社が、日本企業を吸収合併した。彼の働く日本支社は、その日本企業の一部となった。だがその企業の日本的会社風土には馴染めない。さっさと,別の外資系の会社に転じた。ところが、そこが他社に売り渡されたり、・・・、そんなことが何度くり返されたことか。私ら親も詳細を理解できないほどの変転があった。一年のうちに3つも会社が変わったこともあった。ヘッドハンティングされて、とか,あれこれ聞いたが、よくわからない。とにかく浮き沈みの多そうな危うい渡世をしているように,親には見えた。

非婚を選択? そんな激動の生活を、ははらはら仄聞しながらも、親としては,よい伴侶とめぐり会い、家庭という生活の基盤をしっかり持ってくれることを願った。親の周囲でも、本人の周辺でも、親族や知人が,そのことを心配してくれた。次男は別に結婚に背を向けていたわけでなかった。紹介されれば,素直に応じて会い、しばらく付き合ったりした場合もあったが、いつも、どちらが断るということもなく、互いに結婚はないな,という結論に達して終わるのだった。そんなことを繰り返すうちに,周辺からは、この人に紹介の労をとってもムダだと見放されるようになっていった。本人も次第に非婚論に傾いていった。「非婚」とは未婚とは別の意味で最近聞く用語である。まだ結婚していないのではなく,もう生涯結婚は無しよ,ということだ。最近の統計では、日本の男性の5人に1人は結婚しないで生涯を終えるらしい(女性の非婚はずっと少ない)。かなり高い割合で男性は、非婚になってしまったり、自分の意志で非婚を選択している。わが家の次男もそのひとりなのか。このところそう観念していた。

転職リスクもあるし 彼の場合、リスク覚悟で転職を重ねつつ、やりがいのある仕事を求め続ける生き方を貫くには,結婚で「身を固める」ことは、かえって邪魔になる,と考えたようだ。そして、日本社会全体がそうなってきたのだが、結婚することを当たり前とする生活規範が揺らいできたということもある。次男も次第に結婚することはどうでもいい、それどころか結婚は不幸をもたらすだけだなどと,私らに主張するようになった。その考えを、私は理解し、それもありだろうとした。しかし、母親はそうもの分かりが良くはなれない。前編で書いたように、毎週日曜の電話で、「何かいい話はない?」と飽きもせず繰り返すのだった。

サプライズ! 昨秋、サプライズ訪問があった。私が写真仲間と横浜で写真展をやっていた。その会場に,予告無しに彼が現れた。そのわきには,目元のはっきりした、怜悧そうな女性が微笑んでいた。彼が、とうとう「彼女と呼べるひと」と出会えたのだと直感した。会場近くの居酒屋に移って,話を聞いた。つい口頭試問か、身元調査風に,私は尋ねたかもしれない。彼女は臆することなく,楽しげに答えてくれた。いい子だなとすぐに分かった。昨年10月18日のツイッターにこう書いている。

昨日は大、大、・・・サプライズが。次男が彼女を同伴して会場に現れたのだ。45歳になっても「結婚は自分の生涯設計にない」と言い続けていた子だ。当番役を免じてもらい、夕食をしながら対面、いや、面接みたいな。次男を大転換させただけあって、さすが良い子。こちらもすっかり気にいった。

つい先日のように思えたが、昨年10月17日、土曜日のことだったのだ。彼は非婚論者でもなんでもなく、ひたすら待ち続けていたのだ。人生の伴侶として彼が理想に描く人が、今にきっと現れると。ついにその時が来たようだ。サプライズだった。「妻をめとらば才たけて、みめうるわしく,情けある」と、鉄幹は晶子のことを歌ったが、旧世代の私は真二の気持はそれだと忖度した。前編冒頭に書いた、真二の涙ながらの新郎挨拶は、10年、いや20年もの長きにわたって待っていた人との結婚の日を迎え、あらためて嬉しさがこみ上げてきたものだったのだろう。


恵子のひととなり 妻とも会った。そのときには、彼女の指に婚約指輪が光っていた。私らも彼女のことをすっかり気に入った。しっかりした考えを持つ大人であること。明るい。いつも微笑んでいて、一緒にいるのが楽しい。心配りが細やかにできる。きっと良い家庭できちんと躾けられて育ってきたのに違いない。贅沢を追わず堅実な人生観を持っている。さまざまなことについて価値観を共有できそう。真二は、彼女の美点の表れとして、友達がとても多いことを言っていた。結婚披露宴に,たくさんの友達が来てくれていた。はるばる彼女の出身地である北海道から学校や職場の友達が、その他彼女の勤務地だったあちこちの場所から,中にはシドニーからわざわざおいでくださった友人もあった。こんなにたくさんの方が彼女の結婚を祝って駆けつけてくれている。すばらしいことだと思った。

赤い糸? 私らは、真二が彼女にぞっこん惚れ込んだのは当然と素直に理解できた。こんなにすばらしい人が、よくぞ真二を待ち受けてくれたものだ。Kさんが主賓挨拶で口にされた「男嫌い?」は当たっていないと思うが、恵子さんの側にも真二と似た事情があり,出会いを待ち続けていたのだろうか。そうだったとしたら,両方にとって念願が叶い、希有な結びつきが実現したことになる。私は両親代表挨拶で,俗なことばをわざわざ使って「二人は赤い糸につながれて,運命的な出会いを果たした」とまで言ったのだが、それが誇張でなかったかもしれない。

娘がもう一人 恵子は、真二のことを、彼の生き方、考え方などを含めて評価し受け容れてくれているらしい(片付けのできない性分には呆れているらしいが、これは父親譲り。矯正してやってください)。また、私らのことを両親として、謙虚にしかし親しく接してくれているのも嬉しい。家族に溶け込もうと、わが家の歴史を反映した私のホームページなど詳しく読んでくれている。ブログやtwitterの読者になったばかりか、友人にまで紹介してくれている。そんなこんなで、恵子が、嫁として、娘として家族に加わってくれたことは、小躍りするほど嬉しいことだ。平穏だった老後のこれからの日々に楽しみが増えた。恩寵とでもいいたいほどだ。

これからの生活 転職の激しかった真二も,ここ数年は落ち着いている。英国系の大製薬会社で経験を積むのもいいだろうと、2年ほど新薬導入の仕事を引き受け、それを軌道に乗せたあと、現在はスイス系の製薬会社で大きな課題を担って働いている。将来のことは分からないが,よき伴侶を得て、賢明・堅実な進路を選択してくれることだろう。恵子も勤めを続けている。仕事と主婦との両立はきついだろうが、これからは二人の人生、楽しいこともあろう。両親挨拶でもいったことだが、結婚が遅れた分、人一倍密度の濃い生活を送ることで,取り戻す、というか、これがかえって良かったというような生涯を送ってほしい。

 真二、恵子、ありがとう。心から。
 つい、いい気になって,書きすぎてしまった、かな?
 だとしたら、ごめん。

|

« 次男の結婚(1) | トップページ | 岡井敏『原爆は日本人に使っていいな』への疑問 »

コメント

アクさま: お久し振りです。1月末に、95歳の誕生日2ヶ月を残して、父が亡くなり、漸く相続税の支払に目処が立ち、ほっとしているところです。
夫婦ともに親を看取り、43と41で結婚、43と45で親になった私たちです。ご次男様もお子様に恵まれると良いですね。非婚が目立つ年下世代ですが、人生の最大の幸福は結婚と子育てと強く信じています。そのためには良い相手と結婚することですね。
それぞれに老齢の片親が残っていましたので、別居を前提に結婚、介護が終わったら娘の大学受験で、また、家族生活が変化しますね。
幸せは築き上げるもの、それぞれの自覚と努力も不可欠ですね。
無事ご結婚おめでとうございました。

投稿: Viola | 2010/08/04 18:30

Viola さん

久しぶりにコメントを寄せていただいて、うれしいです。

このところまとまったブログエントリーを書く習慣がなくなり、久しぶりに書いたエントリーでした。お目にとまり、読んでいただいてありがたいです。

お父上もご長寿でしたね。介護でご苦労があったことでしょう。私ら世代も次第に要介護の年齢層に近づいています。他人事ではありません。

最近ブログの代わりにツイッターを書いています。以下でまとめ読みができますので、よければ近況をそちらでごらんください。

http://twilog.org/aquamasa

投稿: アク | 2010/08/04 20:41

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/48733436

この記事へのトラックバック一覧です: 次男の結婚(2):

» 婚約指輪 買った人、買わなかった人の価値観  [恋愛コラムリーダー ~Love Column Reader~]
映画やドラマでは当たり前のように描かれる、婚約=婚約指輪[エンゲージリング]。でも現実の世界では、意外に「婚約指輪はなかった」という方も少なくありません。婚約指輪があった人、なかった人の事情を覗いてみましょう。→ 続きを読む... [続きを読む]

受信: 2012/10/04 13:07

« 次男の結婚(1) | トップページ | 岡井敏『原爆は日本人に使っていいな』への疑問 »