« 2010年6月 | トップページ | 2010年9月 »

2010/08/25

海外旅行へ

 2週間ほどの海外旅行に出かける。旅先での便りを別のブログ、『アクエリアン雑記帳』に書くつもりだ。ご興味のある方はそちらをごらんいただきたい。私なりの旅のテーマは、ふくらませていえば、「ヨーロッパを海から」である。ヨーロッパは何度か訪れているが、ぐるりと一回り、海の側からヨーロッパを眺めてみて、何か新しく感じ取るものがあるのだろうか、そんな問題意識を持って、旅に出かけてみる。

 ブログに書くといっても、iPhoneと、iPadを持っていって、無線LANが使えるならば、ブログ通信を送信してみようという程度の、頼りない予告である。機器のつながる通信環境が得られるか。落ち着いて書いて送れるのは船の上ということで、いささか心許ない。何もエントリーがない場合には、そのあたりがダメであったということで、お許し願いたい。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010/08/12

岡井敏『原爆は日本人に使っていいな』への疑問

 タイトルとした本が出版されたので読んでみた。原爆が日本人に対する人種差別意識のもと広島・長崎に投下されたことを示す『覚書』があること、その事実に基づき原爆を犯罪として糾弾するべきであること、それを起点に核廃絶運動を再出発すべきことを訴えている。

 一読してその主張の正当性に疑問を抱いた。原爆開発の進捗状況と戦況の推移とを両にらみしながら原爆投下がどのようなプロセスで決定されたか。その全体像についての客観的理解なしに一文書だけを取り上げ、さらにそれをかなり曲げて解釈して問題だ、問題だと騒ぎ立てているように思える。

 その覚書の中に 〈when a "bomb" is finally available, it might perhaps, after mature consideration, be used against the Japanese" 〉との一節がある。「日本に対して」ではなく「日本人に対して」という表現が使われているところに人種差別意識が顕れているというのが著者の主張だ。しかし、英語の表現としてそれほどの差があるだろうか。これが疑問の一点。

 岡井はさらに、原爆開発を始める動機となった「ドイツに先を越されるな」からすれば、当然予想される「ドイツに対して」でなく、なぜ「日本に対して」なのかを問題にし、人種差別が根底にあるとしている。しかし覚書が書かれた頃の戦況からすれば、ドイツ戦の終息が見えてきており、原爆は日本に使うことになろうとしたのは当事者からすれば自然な推移と思われる。これが岡井の主張に対する疑問点の2。

 この『覚書』(ハイドバーク覚書と呼ばれている。ローズヴェルト大統領の私邸のあるニューヨーク州ハイドパークで会談が行われた)は1944年9月(原爆投下の11ヶ月前)、ローズヴェルト米大統領とチャーチル英首相との会談での合意事項をまとめたもので、ある種の密約文書である。ところが米側ではローズヴェルト大統領によって握りつぶされ(外交文書として公的に扱われることなく、私邸の書庫に眠っていた)、大統領以外の誰ひとりその密約を知らぬ間に大統領は45年4月に亡くなってしまった。あとを継いだトルーマン大統領のもとでの原爆投下決定過程に、この覚書は全く影響を及ぼさなかった。この事実を著者はご存じないらしい。これが疑問の第3点。

 以下では、これらの疑問点を中心に過不足ない程度に書いてみるつもりだ。かなり長文になる。適当に拾い読みしていただきたい。

続きを読む "岡井敏『原爆は日本人に使っていいな』への疑問"

| | コメント (9) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年9月 »