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2010/08/12

岡井敏『原爆は日本人に使っていいな』への疑問

 タイトルとした本が出版されたので読んでみた。原爆が日本人に対する人種差別意識のもと広島・長崎に投下されたことを示す『覚書』があること、その事実に基づき原爆を犯罪として糾弾するべきであること、それを起点に核廃絶運動を再出発すべきことを訴えている。

 一読してその主張の正当性に疑問を抱いた。原爆開発の進捗状況と戦況の推移とを両にらみしながら原爆投下がどのようなプロセスで決定されたか。その全体像についての客観的理解なしに一文書だけを取り上げ、さらにそれをかなり曲げて解釈して問題だ、問題だと騒ぎ立てているように思える。

 その覚書の中に 〈when a "bomb" is finally available, it might perhaps, after mature consideration, be used against the Japanese" 〉との一節がある。「日本に対して」ではなく「日本人に対して」という表現が使われているところに人種差別意識が顕れているというのが著者の主張だ。しかし、英語の表現としてそれほどの差があるだろうか。これが疑問の一点。

 岡井はさらに、原爆開発を始める動機となった「ドイツに先を越されるな」からすれば、当然予想される「ドイツに対して」でなく、なぜ「日本に対して」なのかを問題にし、人種差別が根底にあるとしている。しかし覚書が書かれた頃の戦況からすれば、ドイツ戦の終息が見えてきており、原爆は日本に使うことになろうとしたのは当事者からすれば自然な推移と思われる。これが岡井の主張に対する疑問点の2。

 この『覚書』(ハイドバーク覚書と呼ばれている。ローズヴェルト大統領の私邸のあるニューヨーク州ハイドパークで会談が行われた)は1944年9月(原爆投下の11ヶ月前)、ローズヴェルト米大統領とチャーチル英首相との会談での合意事項をまとめたもので、ある種の密約文書である。ところが米側ではローズヴェルト大統領によって握りつぶされ(外交文書として公的に扱われることなく、私邸の書庫に眠っていた)、大統領以外の誰ひとりその密約を知らぬ間に大統領は45年4月に亡くなってしまった。あとを継いだトルーマン大統領のもとでの原爆投下決定過程に、この覚書は全く影響を及ぼさなかった。この事実を著者はご存じないらしい。これが疑問の第3点。

 以下では、これらの疑問点を中心に過不足ない程度に書いてみるつもりだ。かなり長文になる。適当に拾い読みしていただきたい。

 まず、著者が『覚書』の問題点について、新しい解釈を提言しているにしては、失礼ながら綿密な考証をしておられないように見受けられる。この『覚書』については、多くの原爆開発史の書籍の中で引用され、言及されている。例えばマンハッタン計画の総指揮官であったグローブス将軍が1962年にマンハッタン計画の全貌を語った ”Now it can be told"(日本訳『原爆はこうして作られた』、恒文社、1964)の第34章冒頭にこの文書のことが書かれている。45年春、戦後の核兵器管理についての米英の協議の場で、英側がこの文書を持ち出して、はじめてそのような文書があることを知ったとそこに書いてある。その段階では対独戦は終わり、日本のどの都市に原爆を投下するかが検討されていた。『覚書』自体は、日本への投下決定のプロセスに何の影響も持たなかったのである。

 また、原爆開発史についてもっとも広範な参照文献とされる、リチャード・ローズ著 "The making of the atomic bomb"(日本訳『原子爆弾の誕生』紀伊國屋書店、1995)の下巻16章「黙示録」で、この覚書(ハイドパーク覚書と明記されていないし、直接の引用でなく、他の著書からの孫引きであるが)が言及されている。その章を読むと、この覚書がどのような事情のもとに両首脳間で合意されたものであるかが分かる。(以下少し詳細)マンハッタン計画への巨大な資源投資とロスアラモスに集結した科学者の努力によって、原子爆弾なるものが実現する見通しがかなり強くなってきた。政治家も科学者も原爆の完成とその軍事使用を当面の目標としつつも、未曾有の爆発力を持つ兵器がもたらす新しい世界を想像しはじめていた。中でも当時物理学界の最長老ともいうべきニールス・ボーアは、戦後(原爆出現後)のことを深刻に憂いはじめていた。核兵器をめぐる国家間競争が起きるに違いない。それを回避することが必要であり、そのためには事前に同盟国ソ連にこの新兵器について何らかの告知をすべきであること、さらには現在でいう国際原子力機関による保障措置のようなものが必要だと考えていた。会談を取り持ってくれる人がいて、ローズヴェルト大統領に直接面談して進言した。大統領には好意的に受け入れられたが、さんざん待たされてやっと会えたチャーチル首相にはとんでもないことと鼻先であしらわれた。チャーチルにとっては原爆の秘密を米英だけのものにすることが、戦後世界で優位を保つ最も重要な鍵であり、それをソ連に教えるなどとんでもない、ということだった。このボーアの提案についての米英首脳間の意見交換がハイドパーク会談の一つのテーマであり、それについての合意文書としてチャーチルの主導でまとめられたのが例の『覚書』なのである。

 ここで覚書全文をあげておこう。さまざまな翻訳があるが、のちに引用する荒井信一の訳を写しておく。()内は訳者の補足である。〈〉は私のつけ足しである。

        『管状合金』

1.管状合金(チューブアロイ、原爆〈の暗号名〉)の管理と使用にかんする国際協定を目的として、世界(ソ連)にこの件を知らせるべきであるという(ボーアの)示唆は受入れられない。本件は最高機密とみなされ続けるべきである。しかし『爆弾』が最終的に利用可能となった時には、それはおそらく熟慮ののちに日本人にたいして使用されるであろう。日本人にたいしては、この爆撃は、降伏するまで繰り返されるであろうという警告が与えられるべきである。

2.軍事的商業的目的のため管状合金を開発する上での合衆国及びイギリス政府間の完全な協同は両者の協定によって停止されるのでなければ、また停止されるまでは、日本降伏後も継続されるべきである。

3.ボーア教授の活動については、調査が行われるべきであり、さらに同教授が、特にロシア人にたいする情報漏洩の原因とならないことを保証する措置がとられるべきである。

FDR〈ローズヴェルトのイニシャル署名〉 WCC〈チャーチルのもの〉 〈44年〉9月18日


 『覚書』の第一項目冒頭に「チュープアロイ(原爆の暗号名)の管理と・・・」とあるのは、上述したようにボーアが両首脳を説得しようとしていた事柄そのもののことで、それを全面的に拒否するというのが覚書の最も大事なポイントである。ボーアに好意的だった「ローズヴェルトは、チャーチルのボーア観になんの抵抗もせずに降伏した」「これは(原爆開発史における)もう一つのブラック・コメディーだった」と、C.P. スノウ(「二つの文化」で知られる)は書いている(”The Physicists-A generation that changed the world", 1981)。この覚書はローズヴェルトにとっては苦々しいものだったので、彼はこの密約文書を関係者の誰にも見せずに、書庫に放り込んだままにしたのは、このような事情だったのである。ボーア提案の件が両者による覚書にいたる主因だったことは、さらに第3項目にボーアはロシア人に情報を漏らさないようしっかり監視すべきだと書いてあることからも確認できる。

 『覚書』第1項目の後半に岡井敏が問題とする「"爆弾”が使用可能となれば、それは熟慮ののち、おそらく日本人に対して使用することになろう」(岡井敏は「日本人に使用していいだろう」と訳し、それが本のタイトル『原爆は日本人に使っていいな』のもとになっている)との文言が出てくる。これは「しかし」ではじまっている文で、冒頭の文に続き、「この事項は今後とも最高機密とされるべきである」としたあと、「しかし、・・・・」と続く。米英が手を組んで機密を断固として守るべきことが、この部分の主旨であって、その文脈の中に「日本人に対して使用」が出てくるのは、原爆が日本に投下されたとなると、初めて世界中の人々が原爆を知ることになり、原爆の存在が秘密でもなんでもなくなるという繋がりからである。と同時に、今や使うとすれば、ドイツではなく、日本に対してだね、と確認したわけだ。ドイツでなく日本にという流れはじつはとうにできていたらしい。のちに引用する荒井信一が関連の第1次資料を数々読んでまとめたところによると、43年5月にマンハッタン計画・軍事委員会が、対独戦の終結までに原爆は間に合いそうにないと結論している。その後、前記グローブス将軍は原爆投下用にB29の改造を指示している。B29はヨーロッパ戦用ではなく、もっぱら太平洋戦で使うための爆撃機である。日本をターゲットにすることはすでにそのあたりから始まっていた。

 44年6月に連合軍がノルマンディーに上陸し、8月にはパリが解放され、東部戦線でもソ連軍が善戦していた。この会談が行われた44年9月には、ドイツ包囲網はどんどん狭まりつつあった。ドイツの敗北はもう時間だけの問題になっていた。他方原爆開発については、科学者たちはまだいくつかの技術的難関を抱えており、原爆材料についても必要な量がいつ準備できるかは先の話で、原爆が完成し使用可能になる時期の見通しは立っていなかった。敗色濃いドイツに対して使うにはとうてい間に合わない。「使用可能になれば日本人に対して」の合意事項は自然の成り行きだった。太平洋での戦況は、米軍がようやくサイパン島を占領し、ここを本拠地として日本本土の爆撃を開始しはじめようとしていた段階だった。これから硫黄島、沖縄での人的被害をともなう激戦が予想されていた。岡井敏が問題とする「ドイツに対してでなく、なぜ日本に対してなのか」は、戦況と原爆開発の進捗状況からすれば、疑問の余地なく「日本に」だったのである。

 「日本」ではなく、「日本人」に対してとの表現に人種差別意識が反映しているか。そんなことはなく"Japan"とするのと”Japanese"と書くのと、ほとんど大差はないとすることもできるし、そこには"Jap"と蔑称することに端的に表れている人種差別意識が込められていると見ることもできよう。私はどちらかというと前者だと思う。岡井敏が書くように「日本の軍艦、軍事施設、日本軍、軍事工場、日本人、それらすべてを含む"日本”でなく、その中の一つだけの"日本人"」というほどの強い意図を一つの単語に含意させることはこの種の公的文書にはないと思う。この文書を注意深く読むと、第3項に「ロシア人(the Russians)」という語が出てくる。ボーアがロシア人に原爆情報を漏らすおそれがある、という文脈で使われている。これも国家としてのロシアすなわちソ連なのか、それともロシア人当局あるいは科学者たちという意味で使い分けられているかといえば、そうではあるまい。

 この覚書はチャーチルが起草したものとされている。マンハッタン計画のさまざまな文書の資料集であるC.C.Kelly(ed.):"The Manhattan Project"(2007)には、この覚書のゼロックスコピーが掲載されている(p.105)。英首相官邸のヘッディングが付いた用箋にタイプライターで印字された文書で、チャーチル側が用意したドラフトであることを示す。これにペンで修正が加えられていて、最後にはイニシャルの署名が書き込まれている。修正は明らかにチャーチルの筆である。特定の国をいう場合、○○国というより、○○国人というのが、ひょっとするとチャーチルの口癖なのかも知れない。ついでに書くと修正された部分が興味深い。原案にあった〈it should be used against the Japanese〉が〈it might perhaps, after mature consideration, be used against the Japanese〉へ、かなり婉曲な表現に直している。チャーチルの断言的な表現をローズヴェルトが諫めたとも想像できる。

 この文書について政治外交史学者としての冷静な目で分析したものが、岡井が覚書を問題にしはじめたよりはるか前に出版されている。荒井信一『原爆投下への道』(1985)である。冒頭の一章がこの覚書(荒井は「ハイドパーク協定」としているが)の詳細な分析に割かれている。覚書にいたる会談のきっかけがボーアの提案(原爆機開発が行われていることをソ連に知らせ、戦後の核兵器管理体制に備えるべきである)についてであり、それをチャーチルが嫌ってきっぱり拒否したことなど、前に紹介したローズと同じ文脈で書いている。荒井はこの覚書にある日本への投下決定に人種差別意識(荒井は「人種主義」という用語を使っている)があるかを問うている。「ハイドパーク協定での対日投下への言及には、もう一つ別の側面での問題があるように思われる」と書いている。ただし、荒井は、この覚書の「日本人」という表現については全く問題としていない。先に引用したように、かなり早い時期に原爆投下は日本へという流れができていたことと人種主義との関連はないかを話題にしている。多数の事例を挙げて分析した結論は、「原爆投下の政策決定過程の人種主義的側面を直接資料の上で確かめることは難しいだろうが、しかし、間接的には、そのような偏見が指導者たちの判断に一定の影響を及ぼしたであろうことは、推察できる」である。なお、荒井はこの覚書が先に書いたような事情で大統領のもとに留め置かれ、現実の原爆投下決定過程には影響しなかったことを知らないらしい。それゆえ『原爆投下への道』を書くに当たって、決定過程の出発点と位置づけて、覚書の詳細な考察を冒頭に配している。歴史的事実は、そのようではなかったのである。

 最後に断っておくが、以上述べてきたことは、岡井敏の表題著作の主張に誤り、偏り、見落としがあるのではないかについてである。核廃絶に向けての岡井敏の執念とも見える言論活動にはいたく感心している。米国の広島・長崎の一般市民への大量殺戮兵器・原爆の使用は、米側にもろもろの言い分があるにしても、正当化され得ないと私も考える。しかしこの岡井の書の論点は、日本でも一般に受け入れられないだろうし、ましてアメリカ側を完全な核廃絶に向けて説得するものとはなり得ないと思う。

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コメント

Twitterでいつもお世話になっております。詳細な論考、大変興味深く拝読いたしました。

岡井氏の論には太平洋戦争当時の米国における日本人差別等の事実が背景にあるのでしょうかね。また、ドイツ敗色濃厚→原爆開発進む→ヨーロッパ戦終了→原爆開発完了という時系列を理解してないのかな、と。それさえ分かれば人種差別が原爆使用の理由ではなかった、というのは結論として導き出しうると思いますが。

結論ありきの論なのでしょうね。

もっとも私は原爆投下には「実験」の要素もあったという考えには一定の説得力があると見ています。ABCCの設立などそういう考えがなければありえないわけで。しかし実験台にされたからと言ってそれが差別意識に基づくかといわれるとそうではないだろうとも考えています。

投稿: number8hiroshi | 2010/08/12 23:53

ボクは広島で生まれ育った21歳就活中の大学生です。核兵器
に対して疑問に思うことがあるのです。日本は核廃絶を願い
ながら、アメリカの核の傘で現在の平和を維持していますし
、軍事力で韓国は竹島を、ロシアは北方領土を支配
しています。本当に核兵器を廃絶することは可能なのでしょ
うか?オバマ大統領は核兵器の無い世界を目指したいと言って
いますが、核兵器を落としたのはアメリカですし、そのアメ
リカが持たなくなるまで廃絶は無理じゃないでしょうか?

すいません。メールアドレスは持ってないので
適当に書きました。申し訳ないです。

投稿: 8 | 2010/08/13 00:23

number8hiroshi さん

早速読んでいただき、ありがとうございます。差別意識は背景にあるでしょう。日系人の強制収容にそれが表れているというのは岡井氏の言う通りです。私のカリフォルニア在住の伯父伯母、従兄弟たちは強制収容された経験を持っています。しかしに日系日本人は忍耐深く堪え忍んで、今や米国市民としてしっかり根を下ろしています。人種差別は、あるいはもっと広い意味での差別は、それとして普遍的で深い問題です。私たちの心の中にもあります。

原爆投下に「実験」の意味がある、とおっしゃるのはその通りです。原爆開発の当事者は(一部の人を除き)実際使って欲しいという気持だったでしょう。トップの方は20億ドルも戦費を注ぎ込んだプロジェクトが、日本を敗戦に追い込むのに役に立ったという「実績」を「政治的に」必要としていました。原爆の効果(対人、対物など)のデータも欲しかったでしょう。ABCC(原爆傷害調査委員会)が占領直後に設立されたのはそのためでした。

長崎は余分でした。これは原爆の別の型、プルトニウム爆弾も試してみたかったというだけの理由で投下されたように思います。

日本がポツダム宣言を即刻受け入れていたら、とか、いろいろの「もし」が指摘されていますが、歴史はこのような現実となったのでした。

原爆は、人間とそれが作る社会の「業」のようなものを、さまざまに浮かび上がらせてくれます。

投稿: アク | 2010/08/13 10:50

8さん

コメントありがとう。

核の傘は、ヴァーチャルなもの。ほんとうに確証されたものではなりません。でもそれがあるとこちらも思い、周辺国も思うことで平和が保たれていることはあるでしょう。秋葉市長の先日の宣言は思い切った提言でした。

しかし、それから離脱すると国が本気で宣言したとすると、さまざまな問題が出てくることになります。アメリカは日本が反米に転じたと思うことで日米関係は悪化します。東アジアの軍事バランスに影響するかも知れません。

完全な核廃絶に向けて、その突破口を開くと、秋葉市長は考えておられるようですが、私はかえって難しくし、混乱を招くだけだと思います。日本は国際舞台で核廃絶に向けて本気度の高い、もっと粘り強い行動をとるべきでしょう。オバマがイニシャティブをとったことで核廃絶に向けての流れは確実にできています。

しかし、それは容易なことではありません。たぶん2国間交渉と国際管理の計画をじっくりと進めることになるのでしょう。オバマも自分の生きている間には難しいと言っています。当面は北朝鮮にギブアップさせる、イランにはなんとしても核兵器を持たせない、そんな現実的な一歩一歩を進めていくことが大事でしょう。

P.S.コメントを書く際、メールアドレスは必須となっていますが、ホンモノを書く必要はありません。それらしきものを書けばいいのです。例:a@b.com

投稿: アク | 2010/08/13 13:52

こんにちわ、長文の論評に違和感を覚えたのでコメントします。私はこの本はまだ読んでいないのですが、空爆や原爆投下の経緯に関しては関心がありそれらに関する日本語書籍はほとんど読んでいるつもりです。

あなたが人種差別を執拗に否定したがっているのに「違和感」を覚えました。

たしかに岡井敏氏はハイドバーク覚書だけを根拠に原爆は日本に落とされたとしているようですが、戦争に関する他の書物を読み、原爆を空爆の歴史の中に位置づけたり、太平洋戦争の中に位置づければ当時の当事者の中に「人種差別」があるのは当然の事です。これは太平洋戦争での日米双方の人種差別を明確にしたJ.ダワーの「容赦なき戦争:太平洋戦争における人種差別」の執筆動機であり、今WOWOWで放映中の戦争ドラマ「ザ・パシフィック」のアメリカ人製作者のメッセージでもあると思います。65年前の戦争は我々が想像する以上に過酷で残酷だったという事です。
 トルーマンはその私的文書では日本人をジャップと呼んでいますし、当時の新聞雑誌にはそうした表現は当たり前です。もし文言だけを根拠にするなら戦争全体が人種差別的動機の上で行われており、原爆も当然人種差別的動機でしょう。そして日本側からの差別もまたしかりでしょう。
 あなたも含め戦後の日本人はアメリカ批判を封じてきたので、それを直視してこなかった。ですので「現在の日本人」としては65年前の戦争では人種差別がその背景にあった事を単純に否定すべきではなく、むしろそういうものもあったと正面から受け止めるべきなのではありませんか?


その上で疑問の2について貴殿への具体的な違和感を書きます。「ドイツが降伏した後日本人に原爆を使うのは米の当事者からすれば自然だ」には、日本人であれば以下のような問題意識があって当然なはずです

1:アメリカは当初ドイツの原爆開発を警戒しそれへの対抗として原爆開発を始めた。しかしドイツ降伏前の1944年の早い時期に投下目標を日本にしている、同時に日本には原爆製造能力がないことを知っていた。つまり早い時期から実際の破壊効果よりもともかく使用したいという動機が強い。そして使ったという事は日本人の方が原爆を「使いやすい」からではないのか?

2:アメリカは原爆が絶大な破壊力があることを使用以前に認識しており、日本への使用直前に、日本人の上にではなく人のいない場所への公開投下というデモストレーションとする事を検討している。目標がドイツであったら原爆は人間の上で使用されずデモストレーションで終ったのではないか?

3:当時の空襲の動機はドゥーエ理論の影響が大きい。即ち民間人に被害を与える事で敵国内で戦争を中止する意見を高めるという心理的効果がその目的の大きな部分を占めている。上記のデモストレーションはまさにその心理的効果を期待するものであり、アメリカはなぜそれを行わなかったのか?

4:「空爆の歴史」で荒井信一氏が明らかにしているように、空爆という本来禁止されている残酷な兵器が使用された背景には人種差別的動機がある。本来使用すべきない兵器でも「敵は下等で野蛮である」、つまり相手が下等だから残酷な兵器も使用してよいという説明が行われる。第2次大戦前には無差別爆撃(当然原爆を含む)はその非人道性から明らかに国際法違反だった。たしかに戦争中に無差別爆撃が公然と行われるようになったが、原爆はその威力から国際法違反としてより非難されやすい。なのになぜアメリカ当局は使用したのか?


原爆を禁止する有力な一つの論理はその非人道性でしょう。冷戦後の今、戦術核兵器を禁止するには「人類が滅ぶ」からではなく、それが過剰に残酷であり使うべきではないから。そして何が残酷で何が残酷でないかは相対的で我々の議論の結果で決まる。アメリカの論理を「当然だ」としてしまっては原爆の残酷さをアメリカ人に認めさせる事はできないでしょう。

投稿: zames_maki | 2010/09/23 14:15

コメントありがとうございます。

私は広島、長崎への原爆投下決定の当事者に、日本人(非白人)に対する人種差別意識があったことを否定しているわけではありません。よく読んでいただけば、そうご理解いただけるでしょう。そうでないとしたら、私の筆力不足のせいです。

私の主張は、岡井敏氏の著書『原爆は日本人に使っていいな』が、ハイドパーク覚書にある"against the Japanese"を、日本への原爆投下決定に人種差別意識があった直接的証拠としていること(それに加えて、鬼の首を取ったかのように、このことを核廃絶に向けての運動の根拠にしようとしていること)が疑問だということです。

私が問題にしている岡井氏の著書そのものを読まれることなく、一般的な観点から私の論点を問題にされているのでは、すれ違うのは当然です。まずはその本を読まれて、政治外交史文献の観点から、岡井氏が新たに意義のある主張をしておられるか、ご判断ください。

一般的観点からすれば、おっしゃっていることは、私も十分理解できます。

私は、原爆投下時に10才。その新型爆弾被爆の衝撃を、同時代人として見聞し、理解しているつもりです。私には日系米国人二世の従兄弟がいます。伯父伯母とともに強制収容所に入れられた経験を含めて、差別感情の被害者たちです。おっしゃるような「戦後の日本人」としてアメリカ非難を封じ、直視してこなかった(「戦後の日本人」がそうであったとも思いませんが)と非難されるのは心外です。

米国の原爆投下については、歴史上の事実、文献を踏まえて経緯を見極め、発言したいということで、数々の文献を読んでいます。その中でタイトルに惹かれてこの本に関心を抱き読んでみたところ、根拠薄弱でエクセントリックな主張に疑問を持ち、このエントリを書いた次第です。事実や状況を踏まえず、一点突破の単線的主張は有効でないどころか、かえってマイナスです。そのことをご理解ください。

投稿: アク | 2010/09/23 21:44

初めまして、私も同じような趣味を持っています。
アイルランド旅日記を読ませていただきました。
9月半ばから2週間、旅日記を参考に、ほぼ同じコースをドライブしてきました。
いま、あらためて旅日記を読んで、自分たちの旅の感動を新たにしました。
素晴らしい名文です。
お名前から、ブログのアドレスを見つけたので、これからはちょくちょく訪問させていただきます。

投稿: 寺田拡 | 2010/11/21 16:48

原爆投下の事実をめぐる報道、書籍、敗戦記念日を機にした様々の番組を見聞きし、人種差別の問題が提起されるのも当然と思われます。しかし、報道にもない問題として、例えば、G.Zero近くにに建設されるイスラムの教会の問題も何故か省かれています。また、最近Norwayで発生したイスラム教の人々対象の銃撃も省かれています。何故なのか?意図的なのでしょうか?
日本に対する原爆使用の問題でも、日本でも原爆を開発しようとしていた事実は殆ど報道で取りあげられたことはないと思います。仮に、日本が先に原爆を手にしていたらどういうことになっていたでしょうか?
仮定の話から結論めいたことを述べる気はありませんが、もっと総合的見地からの問題提起があってよいと思いますし、今後の日本の進路を見据えるうえでも必要不可欠のように思いますが、如何でしょうか?

投稿: m.t. | 2011/08/16 11:08

岡井敏氏ノ説明ハ、重要ナル意味カアル。
亜米利加ノ原爆投下責任ヲ明確化シ後世ニ継承スヘキ。

「過チハ繰リ返シマセヌカラ」
偽物平和偶像崇拝ヨリ脱出
原爆犠牲者ノ御霊ヲ奪還セヨ。

投稿: 伊豆守無宿 | 2014/08/20 20:34

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