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2010/12/12

When you are getting on in years

 When you are getting on in years (but not ill, of course), you get very sleepy at times, and the hours seem to pass like lazy cattle moving across a landscape. 〈年をとってくると、(もちろん病気ではなくて)、どうにも眠くてうつらうつらすることがある。そんなときには、まるで田園風景の中に動く牛の群でも見るように、時のたつのがものうく思われるものだ。〉
 妻は寝入りばなに本を読む。そのまま枕元のスタンドを消さず、本、雑誌、新聞などを手に持ったまま寝入ることが多い(注)。昨夜もそうだった。新聞がまるで3角屋根のテントのように、すやすや寝ている彼女の上に立っていた。そのことを今朝になって言うと、出てきたのが、これである。James Hilton "Good-bye, Mr. Chips"(J. ヒルトン「チップス先生さようなら」1934年出版) の書き出しの一節だ。

 妻と私は、昭和28年、大学一年生の時、この小説を英語教科のテキストとして習った。別々の大学で、たまたま同じ教師から全く同じ時期に教わった。どの大学でも、教養課程の外国語教育を専任教師だけでまかなえるほど教授陣を揃えていなかったのだろう、非常勤講師があちこちの大学を掛け持ちするのは普通だった。今でもその事情は変わっていないのではないか。それにしても同じ先生から同じテキストで習ったとは、かなり偶然の賜物だろう。幼なじみ同士であったとはいえ、当時はそんなことは知るよしもなかった。結婚後何かのきっかけでそのことが分かったのだった。

 その後、何かにつけて、この小説のさまざまなシーンが、共通の話題になった。妻は、長年、高校の教師をしていた。私が兵庫県に転勤したとき、妻は退職して姫路での住まいをともにしてくれた。近くに小学校があった。授業時間の始まりや終わりを告げる鐘が聞こえてくる。彼女はそれで時の経過を知るのを楽しみにした。チップス先生のように。そして、こんなテキストの一節を思い浮かべるのだった。

It was Brookfield far more than Greenwich time that both he and his landlady kept. "Mrs. Wickett," Chips would sing out, in that jerky, high-pitched voice that had still a good deal of sprightliness in it, "you might bring me a cup of tea before prep., will you ? "
When you are getting on in years it is nice to sit by the fire and drink a cup of tea and listen to the school bell sounding dinner, call-over, prep., and light out.

(彼とこの家の主婦とが守っているのは、グリニッチ標準時間というよりは、むしろプルックフィールド学校の時間であった。「ウィケット奥さんや」と、チップスはいまだに昔の快活さを失わぬあのひきつるような疳高い声で呼びかける。「自習の前にお茶をいっぱいほしいものですな」 年をとってくると、暖炉のそばに座って、お茶を飲み、学校から聞こえてくる夕食や点呼や自習や、消灯を知らせる鐘を聞くのは悪くないものだ。)

 妻は「チップス先生」のテキストの断片を、暗誦できるのだ。期末試験に備えてよほど勉強に励んだのだろう。この小説の英語は、たしかに朗読に適した名文だ。

 歳とともにチップス先生はますます他人事ではなくなってきた。私が晩酌後にテレビを見ながらうとうとしてしまったとき、そして妻が本などを読みながら、スタンドを消し忘れて寝入ってしまったとき、When you are getting on in years, ・・・を、どちらかが復唱するのだ。この状況にふさわしいのは、もう一つ、二番目に引用したパラグラフに続く次の文だろう。

 Chips always wound up the clock after that last bell; then he put the wire guard in front of the fire, turned out the gas, and carried a detective novel to bed. Rarely did he read more than a page of it before sleep came swiftly and peacefully, more like mystic intensifying of perception than any changeful entrance into another world.

(チップスはその最後の鐘が鳴り終わると、きまって時計のネジを巻き、炉除けの金網を暖炉の前に立てかけ、ガス灯を消し、その上で、探偵小説を持って寝床に入るのだった。ものの1頁も読むか読まない中にもう静かな寝息をたてたが、それは身を変えて別な世界に入って行くというよりは、不断の知覚作用を強めるために神秘な力を借りたと評した方がいいようなものだった。)

 ただし、「身を変えて別な世界へ・・・」とこれに続く一文、"For his days and nights were equally full of dreaming." (彼の夢うつつの状態は昼夜の別なく続いていたからである。)は、まだ私らにはあてはまらない、と断っておこう。

 チップス先生は、英国のパブリックスクール(エリート養成の私立中高一貫教育校、全寮制)の教師を長年勤めてから隠退し、学校近くの下宿屋に住む独身老人である。彼の夢うつつの脳裏に去来する回想を綴ったのが、この小説だ。私にとっては、さしてぱっとしない教師生活を淡々と送って老境に至った、その生涯の物語が、穏やかで、微笑ましく、心に沁みてくるのが、何ともいえず好ましかった。英国紳士の精神的バックボーンを造る場が、こんな学校であり、こういう教師なんだな、こんなところで教育を受ける英国人エリートをうらやましく感じもした。

 「ある満月の夜のことだった。チップスが4年下級にラテン語を教えていると・・」で始まる第1次大戦下、爆撃を受ける中での授業が、いかにもチップス先生らしい。原文は省略して、先ほどから引用している菊池重三郎の和訳(新潮文庫、絶版)で紹介しよう。

 チップスは、校舎の一階からそのまま動かないで凝っとしている方がいいと思った。(・・・)そこで彼はかまわずラテン語を続けていった。ドカンドカンと響き渡る砲声と高射砲弾の耳を貫くような唸りに、ともすれば消されそうになる声を大きくして。生徒は苛々して、勉強に身を入れてるものは殆どなかった。彼は静かにいった。
 「ロバートスン、世界歴史のこの特別な瞬間に、・・・あーム・・・二千年前ゴールで、シーザーが何をしようと、そんなことは、・・・あーム・・・「tollo」という動詞が不規則変化をするなんてことは、・・・あーム・・・どうでもいいと、君は思うかもしれない。しかし、わしははっきり言っておくが、・・・あーム・・・ロバートスン君や、真実はそんなもんじゃないんだよ」
 丁度その時、凄まじい爆発の音が、それもすぐ近くで、爆発した。
 「・・・だめなんだ、・・・あーム・・・もの事の重大さを、・・・あーム・・・その物音で判断してはな。ああ、絶対にいけないんだ」
クスクス笑いが聞こえた。
 「二千年もの長い間、大事がられてきた、・・・あーム・・・このようなことは、テキ屋(stink-marchant)が、実験室で、新種の害悪を発明したからといって、そんなもので、消し飛んでしまうものではないんだよ」疳高いクスクス後笑いが起こった。(・・・)この時また、先刻よりもっと近くで爆弾が落ちた。
 「さて、・・・あー・・・さっきの続きを始めよう。やがて、・・・あーム・・・中断される運命にあるにしても、何か、・・・あーム・・・もっと適切なことをやっていることにしよう。誰か文脈解剖をやってみようというものはいないかな」・・・

 チップス先生は、歳をとり退職した後、第1次世界大戦が勃発したため、教師の人手不足となり、臨時教員として復職していた身だった。時おり入る「あーム」は、年寄りっぽい「間投詞」である。チップスが再び職を解かれ、隠退生活に戻ったのは、第1次世界大戦の終わった1918年末のこと。それからすると、この物語の時期は、19世紀の後半のある時期から、この年を経て、1930年頃までにわたる。

 チップスが大事にしたのは「釣り合いの感覚」であった。ある生徒の父親が、チップスの冗談を真に受けて抗議の手紙を校長宛に送ってきたことがあった。その時チップスの心にあったのは、

「怒りっぽく、諧謔を解せず、釣合のとれた感覚というものを欠いている、それが成り上がり者の正体で、・・・全く、均衡精神の欠如である。だから、何はさて措いても、プルックフィールドで教えこまなければならぬものは、このことであって、その意味では、ラテン語もギリシャ語も化学も機械学もじつはそれほど重要ではない。しかも、この釣合の感覚という奴は、試験問題にしたり、修了証書を与えて、それでどうこう決りをつけるわけにはいかんじゃないか・・・」

しかし彼はひとことも口に出さず「あーム」というだけであった。

 妻の言い訳代わりの決まり文句から、チップス先生のことを思い出して、時を過ごしてしまった。ひとこと付言しておく。このチップス先生にもロマンスがあった。山歩きでの出会い、思いがけない若くて賢い女性との結婚、堅ぶつから人間味のあるひとへの変貌、出産時に母子をともに失うという不運。その部分がこの小説に彩りを添えている。

 なお、この小説は、1939年に映画化され、アカデミー賞主演男優賞を得ている。DVDで見ることができる。

 (注)書いているうちに思い出した。妻のこの習慣については、以前書いたことがあった。これだ。「なぜ、男は老いによわいのか?」を読む妻

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コメント

アク様:
お久しぶりです。何となく思い出深い「Good-bye, Mr.Chips」です。1969年製作のピーター・オトゥール主演を見る前に読んでいたので、高校でのリライト版副読本だったのか、英文解釈の一節だったのか、思い出せませんが、No birds, no flowers, Novemberという駄洒落が記憶にあります。
昨日は、父の一周忌、手作りの干し柿や庭の花を飾って、家族3人で済ませました。

投稿: Viola | 2011/01/30 18:44

Viola さん

お久しぶりです。

あまり書かなくなったこのブログに、よく来てくださいました。

このエントリには、DMでコメントを寄せてくださった方がいて、映画の話もしました。旧版と新版とがあると、その時はじめて知りました。

引用なさった”駄洒落”のくだりは、思い出せません。原文をあたってみましょう。

投稿: アク | 2011/01/30 23:00

Gutenberg ProjectでGood-bye, Mr. Chipsをテキスト検索してみましたが、ありませんでした。40年以上前の記憶で、英語の駄洒落の作り方として覚えていたのですが、記憶違いであったことが分かりました。ググって見ましたら、19世紀の英国詩人Thomas HoodのNo!という詩の一節でした。何処で混乱してしまったのか分かりませんが、便利な時代です。

投稿: Viola | 2011/01/31 23:55

viola さん

わざわざのお知らせありがとうございました。
私もパラパラと探してみたのでした。

さまざまな作品などのテキストを全文検索ができるのですね。それは便利ですね。

日本でも国会図書館や大学の図書館で、そのようなサービスを計画しているようですが、研究や調査に大いに役立つことでしょう。

重ねてありがとうございました。

投稿: アク | 2011/02/01 12:38

 高齢者講習で投稿(「記事投稿者が公開するまで」の意味が分かりませんが)した後、気づいた「チップス先生」でした。
 受験時代に一部読んだ懐かしい作品で、自分も50年近く前に高校教師をした時、少数の英語好き連中を相手に読んでいったことがあります。その時の生徒の一人が3年前同窓会誌にその思い出を書き、それがきっかけで手紙の往復があります。アクさんのご夫婦による濃密な作品享受の素晴らしさを羨ましく思っています。

投稿: 岡山市民 | 2011/06/01 18:01

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