2007/12/11

届かなかった手紙

 「おれ、お前に打ち明けることがあるんだ」。つい先日、高校の在京同期会の忘年会にでたときのことである。何ごともあけすけに話して憎めない「ボッチャン」というあだ名の友人が、今回もカラッとうれしそうに話しはじめた。この人のことは2年半前にここに書いたことがある。それに目を通してから、以下を読んでいただくといいだろう。「お前が転校してからさ、すぐのことだったんだけど」。そう、僕は高校3年になって間もない6月、突然の転校をしたのだった。「同期の女の子がおれに頼みがあるといってきたんだ。お前に手紙を送り届けてほしいと」。転校後、僕は近況をクラス宛ての通信として何度か送っていた。その地方では有数の進学校の仲間に東京での受験事情などを伝えれば、少しは役に立つかと思ってのことだった。多分そのことを知って、クラスの代表株のボッチャンに頼めば、僕に手紙を届けられると思ったのだろうか。「いいよ、と引き受けたのだけれど、おれ、けっきょくお前に送らなかったのさ」。こんなことを平気な顔をしていえるのが、この人なのである。

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2007/11/09

九州への旅(3) 新しいものは九州から

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 【Nさんのアンプの音が聞ける西原村・オーディオ道場】

 日本の新しいものは、何でも九州からはじまると、Nさんは私にのたもうた。思い浮かんだのはポップス界のことだったが、それだけではないのだとおっしゃる。技術革新も、芸術での新しい動きも、ファッションその他の流行も、九州オリジンが多いという。中央にいる人は現在とそのすこし先を見ることに汲々とするが、中央から距離をおいた九州人は、もっと将来を見据えてことを行う。だから新しいものを生み出せるのだという。

 Nさんを見ていると、確かにその言は当たっているような気がする。Nさんは、オーディオアンプの分野で画期的な増幅法を発見し、製品化した。彼の作ったアンプは国際的に評価され、ひろく売れている。弱音から強音まで、低周波数から高音まで、その増幅度は直線性からの歪みがごくわずかであるため、音の再生はきわめて自然だという。彼の音響技術のファンは国内にとどまらず外国でも高く評価されていて、個人の音楽鑑賞用だけでなく、営業用の大きな装置を任されたりもするらしい。私は勉強不足で、この革新的技術の基礎的なことすら理解していないが、この人のHPに詳しい解説がある。

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2007/08/24

今年の信濃追分

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 今年もまた信濃追分にある友人の山荘へ行ってきた。ここへは、ほとんど毎年おじゃましている。私たち夫婦だけのこともあり、共通の知人グループが5夫婦集まることもある。晴れていれば、早朝に起き、近くの早稲田セミナーハウスの野球練習場へ行き、浅間山全体を望み、写真を撮る。今年撮りに行った朝は剣が峰に雲がかかっていたが、浅間山(標高2568)自体はよく晴れ、赤い地肌を見せていた。その間の山裾にある側山、石尊山(標高1668m)がくっきりと浮かび上がって見えた。

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2007/07/08

ある食事会

 思慮深く、ていねいに用意され、和やかに、しかしきちんとすべきところは妥協のない食事会だった。表向きは懇談会だったのだが、じつは食事のほうがメインだった。意義深かった。そのように私は感じた。そのことを書いてみよう。

 井の頭公園に近い駅を降りるとすぐ閑静な住宅地に入る。先日知り合ったばかりの大学教授が、途中まで迎えに来てくれた。その温顔とともに招き入れられた部屋には、すでに何人かの若者が集まっていた。隣接するキッチンでは、教授夫人とこの日の食事会の主宰者(旧約聖書学者のMさん)が、ほとんど準備を終え、前菜を大皿に盛りつけていた。この主宰者が、訪れた教授のお宅を場に、若者たちとの食事会を開催しようとしていた。

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2007/05/28

断片的に、現状を

 これは私の現状報告的なメモである。私の生活が、いかにゴチャゴチャであるかを、自己描写的に書いておこう。それぞれにまとまったエントリに発展させるつもりもあるが、それには時間がかかる。このところ忙しく過ごしているので、断片的なメモとする。

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2007/02/12

バスターミナルでの会話

 「ご夫婦ですか」。バス・ターミナルの待合いベンチに座ってまもなく、となりの女性から声がかかった。「え?、私ら夫婦ですよ。もちろん」。ピンクのセーターを着た、丸顔の熟年の女性がニコニコ微笑んでいる。「さっきから、うかがっていると、とてもお仲が良くていらっしゃるようで」と言葉をつなぐ。「夫婦でないとすれば、愛人とかいうことになるじゃないですか」と、こちらはちょっと意地悪く言葉を返す。「いや、趣味の友達とか、そういうお仲間かとも思ったのです」。どうやら、私らの言葉のやりとりが、ポンポンと弾んでいて、からかい合っている友達同士のように聞こえたらしい。

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2007/01/01

年賀新聞「てとら」07年号

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明けましておめでとうございます。

 このブログでのお付き合いを本年もよろしくお願いします。

 

わが家では、A4版両面刷りの家庭新聞というようなものを、年賀状代わりに送っています。同時にHP本館に掲載しています。今年の分(2007年号)をそちらに載せましたので、ごらんください。過去分もこちらからご覧いただけます。

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2006/09/21

55年ぶりの再会

 高校時代の友人と、55年ぶりに再会した。切れていた糸をいくつかの出来事がつないでくれ、間にいた人のご好意もあって、まことに思いがけない再会だった。純真な心で、いつも何かに熱中・没頭する人だった。キョロッと好奇心にあふれた目つき、熱のこもった話しぶり。覚えていた当時の少年が、そのまま白髪の年寄りとなって私の前にいた。55年間のギャップを埋めようと、どっと語りはじめた半生物語を聞きながら、少年時代の性分をそのままに、この人らしく純粋を貫いて生きてきたのだなと感じていた。

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2006/08/20

短く簡潔な語りを危惧する

 短いセンテンスで、簡潔に語り、書くこと。自分の主張を明解に相手に伝えるさい、まずは心がけるべきことだ、とされている。ほんとだろうか。昨今、それがいき過ぎになっていないか。私たちのなかに、私たちの間に、現実にある問題は、きわめて複雑に絡み合っており、スッキリとは割り切れない。複雑・多様な現実の中で、短く簡潔に語る。その狭間に捨てられる現実の含み。それはきわめて大きいし、そこにこそ人の生きることの多様さがある。その含みへの眼差しを失い、粗雑な単純化をおこなってものをいう。そういう風潮が支配的になっていないか。

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2006/07/13

元職場の現状を憂うこと

 このところ、めずらしく元職場の人など、古いつながりの人と会って話をする機会が続いた。HP本館やブログに書いて来たので、退職前の組織やその業界、それに関わる人々との関係にどう処するか、私の原則的な考えを読んでくださった方もあるだろう。できる限り距離を置く、会合には出ない、職場には顔を出さない、現役の人から意見を求められても逃げる、などなどである。しかし、個人的な関係まで絶つつもりはない。声がかかれば喜んで出かけていく。

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2006/03/25

そばを賞で、日本の核武装を論じる

 同期入社の友人から声がかかり、手作りのそばを賞味する会に参加した。同期を中心に、同じ会社に勤め退職したものが7人が集まった。主催した友人は、農地を借りてそばを耕作し、収穫したそばを石臼で挽いて、そばを打つ。香り立つそばはさすがに旨かった。そばには酒である。愛飲する「来福」を持参した。そばよし、酒よしで、おおいに食べ、かつ飲んで、後半は話が盛り上がった。会社のことから、政治へと話は流れた。論客揃いだ。侃々諤々となったが、その中で日本は核武装すべし、との言が飛び出したのには恐れ入った。

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2005/09/17

月島の年寄りたちとの会話

 用事があって月島へいった。もんじゃで賑わう西仲通りは避け、東仲通りから、ひなびた路地を見つけては、少し奥まで入ってみた。住人にとっては、迷惑なちん入者である。いやがられと思いながらも、年々姿を消していく路地の佇まいを懐かしんで歩いた。意外にも、住んでいる人から何度も声をかけられた。いらっしゃい、ちょっと話していきませんか、という具合なのである。そのうち3人の老年男性と、長い立ち話までした。ひとりは、自宅に請じ入れてくれた。みな古くから住んでいる人たちだ。昔の話しを聞いた。記憶に残ったことを、少し書いてみよう。

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2005/01/04

研究者と老後

 年賀状代わりにと送っている近況報告『てとら』に、ていねいな返書をくださる方がいる。メールの場合もある。その中で、私がかつて研究者だった頃つながりのあったO先生からのメールは、自分の人生の転機とその後のことを振り返るきっかけとなった。この先生とは、ある時期、ご一緒に研究をしたことがあった。いや、ちょうど共同研究を始めたところで、事情があって私は研究から離れ、その後、別の道をたどった。先生はその研究を完成し、今なお発展させている。私より若い先生だが、大学を定年退官され、別の研究の場に移り研究を続けておられる。

 研究現場から早々と抜け落ちて、別のキャリアを歩み、今は退職後の老後を楽しんでいると現状を伝えた私に、うらやましいとおっしゃりながらも、ご自分の研究続行の現状を書き送ってくださった。今度は私がうらやましいと思う番である。こんな返書を送った。

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2004/08/30

隣席の人との会話

 能登への3日間の旅の帰途、能登空港から羽田へのフライトが欠航となった。天候のせいではなく、東京から飛んできて折り返すはずの旅客機が、故障のため飛んでこなかったせいである。地方空港の悲哀だ。小松空港まで航空会社の手配したバスで移動することとなった。急場で170人ほどの乗客を運ぶバスを集めるのも大変だったろう。なんとか間に合わせた大小様々のバスに満席に詰め込まれて、3時間を超えるバス移動が始まった。

 「ここいいですか」と、私たち団体が占めていた一角に一つだけ明いていた私の隣席に座った人と、何気なく始めた話が次第に弾み、時間のたつのを忘れて話し込んだ。その時彼が語ったことを、私の脳裏だけにしまい込んおくのはもったいない。ここに書いて、みなさんに読んでいただきたい。ご本人のプライバシーには気をつけよう。大学紛争の渦中から、紆余曲折を経て、50才を越えてから医者になった人の物語である。

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2004/08/10

デジタル型とアナログ型

 デジタルかアナログか。そのような分け方がよくされる。信濃追分の山荘での会話で、話題になったのもこれだった。70才を挟んでその前後の年齢層の男4人の気楽なおしゃべりである。この山荘の主人Aに、あなたもパソコンをやりなさいよと、ドクターSがすすめたことから始まった。

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2004/06/23

のんきな話 by Mamasan

  先日書いた「見えすぎるのも困りもの」を読んで、友人の Mamasan が、「続・見えすぎるのも困りもの」を書いてくださった。題は「のんきな話」である。Mamasanは神奈川県真鶴町に住む元町会議員、消費生活運動家である。また以下の文中に出てくる Papasan は、その夫、現町会議員である。

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2004/06/04

人を殺すということが、

どんなことか、分かっていないのではないかと、Oさんはいう。ビルマ戦争で、殺し合いの修羅場をくぐってきた人である。接近戦で相手の顔が見えている場面では、どうしても小銃の引き金をひけなかったという。数十人の部隊が、闘い終わってみたら、数人しか生き残れなかった、そんな戦いを何度も経てきた人である。その人が、件の女児が、あんなにあっけらかんと、友達を殺してしまうことにショックを受けている。

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