2009/04/23

野町和嘉写真展・『聖地巡礼』

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  【『霧の中の沐浴』写真展チラシから転載】

 野町和嘉の写真展『聖地巡礼』を見た(東京都写真美術館、09/3/28-5/17)。野町が、35年にもわたって撮り続けているテーマは一貫していて、過酷な自然の中での人々のたくましい生きざま、特に彼らが超越者に依り縋り、祈り、献身し、救いを求める姿である。今回の展覧会では、この1,2年インドのガンジス川(現地語では「ガンガー」)を、上流から下流まで、そして雨期の増水時期にも出かけていって撮影した新作と、これまでのアフリカ、イスラム、アンデスなどの作品とをまとめて展示している。過去の写真展や、数多く出版された写真集などで見たものもあるが、壁一面の巨大サイズを含む大小のプリントの迫力はさすがだし、何よりテーマの訴求力には圧倒されてしまう。

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2009/04/16

ネモフィラの丘

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 【画像をクリックすると、拡大画面がポップアップします】

 国営ひたち海浜公園に、この時期、ネモフィラの花で覆われる丘がある。はじめて行ってみたが、なかなか見事である。北海道・網走に近いあたりにシバザクラで知られる丘が1,2カ所あり、訪れたことがある。あれほどの華やかさはないが、ライトブルーに染まった丘も清々しくて好ましい。

 ネモフィラは、花壇の花としてこの頃よく見かけるようになった。ルリカラクサ(瑠璃唐草)とも呼ばれるらしい。ネモフィラの名は、「林を愛する」の意味だという(ここ)。フィロソフィア(知を愛する、哲学)と共通する語源を持つ。

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2009/03/26

『バオバブの記憶』、本橋成一の新作映画と写真展

 タイトルの映画と、本業の写真家としての同じタイトルの写真展を見た(オフォシャルサイト参照)。

 アフリカの巨木バオバブの樹形を見ると、

 「一本一本、みな違うかたちをしている。その幹に刻まれた模様は人と動物、虫たち、そして大自然と五百年も千年も付き合ってきた記憶なのだ。
 ついこの間まで人間も地球上の生きものたちと同じ時間の流れの中で生きてきた。いつからだろう。人間だけが走り出してしまったのは・・・。バオバブの記憶に聞いてみたくなった」。

 本橋成一は、映画の制作意図をそのように書いている(映画解説パンフレット)。また同じパンフレットで、バオバブの樹そのものだけでなく、「暮らしの中のバオバブを撮りたかった」と話している。そうして見つけたのが、セネガル共和国の首都ダカールから東へ100キロほどのトゥーバ・トゥール村だった。

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2009/03/09

怪我の功名

 このブログの読者で、タイトルを読めない人はまさかいないと思うが、最近えらい人でも読み違える人がいるらしい。念のために書いておこう。「けがのこうみょう」と読む。「カイガのこうみょう」とか。「けがのコウメイ」ではない。

 さて、一月ほど前、「とうとう主夫役を」を書いた。その後の経過報告をしようというのが、今日のテーマである。妻が肩を痛めるというアクシデントがあり、主夫役をしぶしぶつとめることになった。その後「仕方がない」から「面白いじゃないか」へと変わってきた。妻は「しめしめ」と思い、私が「楽しみ」、夫婦ニコニコして台所仕事や庭仕事にいそしむ。これぞ「怪我の功名」ではないか、というわけである。

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2008/11/12

ハンマースホイ展を見る

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 夏頃からだったか、東京の街のあちこちで、この絵を入れたポスターを目にするようになった。惹き付けられるものがあった。10月最後の日曜日、東京国際文化会館小ホールで開催されたコンサートに出たあと、夕食までの時間が空いたので、友人夫妻とともに、向かい側の国立西洋美術館へ入った。時間つぶしが理由だったが、ポスターで目にしたあの絵とその仲間の絵を見たいとの念願がやっとかなった。デンマークの画家「ハンマースホイ展」である。

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2008/10/30

しばし東京にて芸術の秋

 7日間ほど東京にいた。ブログの書き込みのできないネット環境だったので、こちらも、サブの「雑記帳」も、空き家状態にしてしまった。iPhoneから「雑記帳」のブログサイト:Bloggerに、写真やテキストを送ることができるソフトがあり、それを試してみたのだが、うまくいかなかった。書き込んだのだが、届かなかった。ゆくゆく何とかこなしたいと思っている。

 7日間、あれこれのスケジュールがずっとあった。うまく繋がっていたともいえる。連日、日によっては二つ三つの用件があったりして、充実した1週間だった。絵の展覧会二つ、コンサート一つ、写真仲間との撮影会一つ、アップルストアで技術相談の予約取り1回、本番1回、あれこれの友人との会食四回、夫婦での外食数回などであった。忙しく時間を過ごしたので、東京に出たときの恒例である、書店でゆっくり時間を過ごしたり、カメラやパソコンなどの新製品を見に行ったりという機会がなかった。

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2008/05/14

薬師寺展を見て

 薬師寺の日光、月光菩薩が東京にお出ましと、話題になっている(薬師寺展)。大和古寺・仏像好きとしては見逃せない。行ってみたが、いささか違和感があった。人が多すぎる。博物館とはいえ、イベントかなにかの雑踏に紛れて、単なる見せ物を見ているような感じである。本来の信仰の対象としての神秘性が消えてしまっている。美の対象としての鑑賞も、この場の雰囲気ではままならない。仏像は、仏への信仰のあるなしに関係なく、その本来の場所で見るとき、心に響いてくるものがある。古来多くの人が、それぞれ必要としている救済を希って、祈りをささげてきた、その厚みをひしひしと感じる。長年にわたりこの仏を仰ぎ見てきた人々の思いに共感して、その眼差しを想像しながら見上げることができる。それがここにはない。押し合いへし合い入場してすぐに、これは駄目だと感じた。仕方がない、群衆に交じって、見せ物として見てみるかと考えた。

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2007/09/05

常ならぬ日々

 年とってくると、日々は平穏に過ぎていく。それに慣れてしまう。だからここ1週間、夫婦二人して、東京で、それぞれの展覧会に参加となるとおおごとである。その顛末、私の、にわか独りもん生活、そして誘われてmixiなるものをはじめたことなど、とりとめなく書いておこう。

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2007/08/25

みや、全国裂織展入賞

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 連れ合いのみやは裂織を趣味にしている。こつこつと根気のいる手作業を得意としているが、しょせん退職後にはじめた趣味程度のものだ。その道に若いときから打ち込んできた手織り作家とはレベルが違う。それでもプロもアマも同列に応募できる「全国裂織公募展」に、毎回応募してきた。入選し、会場に展示される、それでよし、というところだろう。ところが、どうしたことだろう、今回の第4回展に応募した作品が「佳賞」(裂織作品部門)に入賞した。めでたいことなので、彼女の入賞作品と、展覧会の紹介をしておく。

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2007/08/03

二つの「魔笛」

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 先週東京にいた間に、「魔笛」を二つ観た。モーツアルトの有名なオペラである。一つは新国立劇場での二期会オペラ「魔笛」、もう一つは映画化された「魔笛」。実舞台のオペラを観る前々日に映画化されたオペラを観るなんて悪趣味かもしれないなと思いながらも、この機会しかないと観に行って、とてもよかった。二つ目の実舞台のオペラを楽しむのに、マイナスどころか、かえって役立った。このオペラは、これまでも何度も観ている。音楽はすばらしいのだが、ストーリー展開に何か合点のいかない気がしていた。その「魔笛」のストーリーの問題性も浮き彫りになって、よく分かったし、多少無理筋を承知の上で、音楽と演出の妙をパーフォマンスごとに楽しめばいいのだと、はじめて納得がいった。

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2007/07/12

キスリング展を観て

070711kisling キスリングという画家をじつは知らなかった。絵画については、自分なりの嗜好を持っているが、全般にわたっての知識レベルは平均値のあたりである。読者の大多数も同程度ではないだろうか。新聞(朝日07/6/27、be版、水曜アート)で目にした「モンパルナスのキキ」(左画像)に惹きつけられた。大きな目、白い肌のウブっぽい顔が、赤のセーターと清楚なスカーフに包まれて感じよく描かれている。誰もが目を奪われるだろう。茨城近代美術館で開催されている「キスリング展」に関連しての紹介であった。その後、もっと前に「スエーデンの少女イングリッド」(下方に画像あり)が紹介されていたこと、地方版には「オランダ娘」が掲載されているのを見た。

 うれしいことに地元での開催である。さっそくというか、新聞掲載のほとぼりが冷めるのを待って、出かけてきた。地方の美術館のありがたいのは、入場者が少なく、ゆっくりと鑑賞できることである。大都市ではこうはいかないだろう。逆に閑散としている分、無遠慮な大声で、くだらない感想を言い合っているおばさま方が邪魔だが、順路を変えて、距離をとることができる。

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2006/12/11

小澤征爾、水戸来演、新曲初演も

 小澤征爾のコンサートが3日間(06/12/7-9日)、水戸で開催されていた。8日の分を聴いた。体調不良でしばらく休むと昨年末耳にしていたので、水戸室内管弦楽団の定期演奏会で小沢の姿を見るのはしばらく駄目かなと思っていた。今は徐々に復帰しつつあるようで、水戸の場合、例年2回だった来演を一回休んだあと、今年最後のコンサートに来てくれた。今年はモーツアルト年。その最後を交響曲ジュビターのメリハリのきいた指揮でしめくくり、小澤健在を見せてくれたのはうれしいことだった。今回は日本人作曲家の新曲を、ヨーロッパで活躍中の日本人女性ピアニストを招いて、本邦初演するというイベントつきでもあった。

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2006/11/07

裂織協会HPの紹介

 パートナーのみやが会員であることで、全国裂織協会のHP作りを手伝っている。更新作業をしたばかりなので、ついでに、このHPを紹介することにした。この協会では、隔月に「全国裂織ニュース」を発行している。全8ページ程度の機関誌である。その内容をHPに掲載している。最新号(21号)には『風の旅人』編集長の佐伯剛さんが巻頭論文『「いのち」を循環させる織物』を寄せている。

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2006/08/10

「裂織人を訪ねて」を紹介する

 連れ合いの趣味は裂織(さきおり)である。使わなくなった和服の布を細く裂いたものを糸として織りなおす。タペストリ、敷物、着るもの、小物などを作る。実用的にはある種のリサイクルだが、糸の織りとは違った素材感があり、織り込む布の模様・色彩をアレンジすることなどで、面白い味が出る。アートとしても、タペストリや敷物など、見事なものを制作する人がいる。

 数年前から裂織をする人たちの団体「全国裂織協会」ができ、全国公募展などの活動をしている。連れ合いが、どんな経緯からか、この協会の活動を手伝うようになり、私まで協力する羽目になった。ホームページの作成と更新、展覧会や催しものの際の写真撮影などである。これについては、以前このブログでぼやきを書いたことがある。(『僕が「くろご5号」になったわけ(05/7/31)』『くろご専業10日間(05/9/1)』

 昨年から、連れ合いと二人で、「裂織人を訪ねて」という企画を担当してしている。裂織をしている人は、全国に散在し、千あるいは数千という人数がいるらしい。その中から、これはという人を織りの現場に訪ね、インタビューする。連れ合いが記事を書き、私が撮影した写真を添えて、協会の機関誌(隔月刊)に毎号掲載される。機関誌では字数やスペースが限られるが、ホームページには載せきれなかった部分の記事や写真を追加している。

 私は、織りのことなど分からないが、カメラマンとして同行し、織り人と、工房、それに作品の写真を撮る。何度か同行して感心したのは、何かに打ち込んでいる人のすごさだ。カメラマンという役割を超えて、感じたことを書いてみよう。

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2006/06/01

W杯の熱狂を避けて

 スポーツのもたらす熱狂が嫌いである。オリンピックとか、ワールドカップとか、国を挙げて熱狂するのが嫌いである。とりわけサッカーの熱狂ぶりは異常だ。スポーツ番組でも、サッカーとなると、テレビに登場する人は、異常な熱気を帯びている。「絶対」を頻発し、「勝ちます」と強い語調で断定する。野球やその他のスポーツでは見られないことだ。世の中「絶対」なんてものはないとかんがえ、「ぜったい」ということばを使わないよう心がけている私にとっては、まことに聞き苦しい。サッカー族が登場すると、直ちにテレビを消すか、チャンネルを変えることにしている。

 開会日が近づいてきた。すでにこの騒ぎである。これから先、テレビや新聞でワールドカップの話題を避けるのが難しい。国外へ脱出することにした。できるだけ辺境がいいだろう。折良くタクラマカン砂漠旅行の誘いが来た。ただちに誘いに乗って出かけることにした。W杯開会の日、6月9日出発というのがいい。11日間、砂まみれで、らくだに乗ったりしているうちに、日本での騒ぎは収まっていることだろう。

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2006/04/25

「皇帝ティトの慈悲」で旧交が甦る

 オペラを見ることがきっかけになって、思いがけない旧友の消息に接することになった。モーツアルトの作とはいえ,まれにしか上演されないオペラ「皇帝ティトの慈悲」の二期会公演を観、それが予想を超えてよかったことと、このオペラを観るに至った経緯で、思いがけず懐かしい旧友の近況を知るに至ったことと両方を書いてみたい。この旧友のことを、数年前HP本館のほうに書いていたのも奇談というべきか。

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2006/03/06

ピアニスト深町純のこと

 ピアニスト深町純のことを少し書いてみよう。異色のピアニスト深町純のことを知る人は少ないのではないか。しかし一度彼の生演奏を聴くと、そのすごさにとらえられる。音楽界の商業主義に背を向け、あらゆる権威に逆らい、引き立てを拒んできている。自分の音楽を広く聴いてもらうためにとか、音楽的成功を収めるために、自分の生き方、とくに音楽について、妥協をする気が全然ない。彼との共演や彼の伴奏をぜひにと望むミュージシャンや、彼の真価を知る少数の音楽ファンにどうやら支えられて、独特の音楽活動を続けてきた。

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2005/11/09

宗教音楽を聴くこと

 バッハの教会カンタータのコンサートを聴きに行き、そこには自分の居場所がないことをあらためて思った。宗教音楽を聴くとき、それを音楽として鑑賞するか、信仰心を抱いて内容に共感して聴くか、そのどちらかだろう。どちらもできないとなると、居場所がない。当日のコンサート(バッハ・コレギウム・ジャパンによる日本YWCA百周年記念コンサート@タケミツメモリアル)は、キリスト教団体主催のものだから、聴衆には教会関係の人たちが多かった。一緒に聴きに行った私の仲間もみなそうだった。しかし私は、かつて教会にいたが、今はそれを批判して離れている。信仰深い聴衆にまじって、教会での礼拝のために作曲されたバッハの教会カンタータを聞き続けることは、私には、ある種の苦痛だった。

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2005/11/07

杉本博司『時間の終わり』?

 杉本博司の写真展「時間の終わり」を見た。特に注目していた写真家ではない。正直なところ、その名すら聞いたことがあるような、という程度だった。東京に滞在中、一日だけブランクの日があった。何をしようか、と思っているときに、本屋で立ち読みした雑誌に、浅田彰が、この写真展のことを書いて「写真の終わり」とタイトルを付けていた。中身をちょっと拾い読みしただけだが、写真の終わりとは聞き捨てならない。一つ見に行ってみようという気になった。

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2005/07/24

花酵母の純米吟醸酒「来福」

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 日本酒をたしなむ。和食とのとりあわせは何といっても日本酒である。酒は味のバラエティが豊富で楽しめる。なかでも冷やした純米吟醸酒がいい。生酒や冷やおろしを特に好む。かつては姫路でなじんだ酒屋から兵庫県加西市の富久錦の生酒「播磨路」をクール宅急便で送ってもらったりもした。しかしいつまでも姫路の生活を引きずりたくない。地酒へのこだわりを捨て、全国銘柄の八海山や吉乃川でよしとしてきた。旨い酒との出会いは、偶然に来るものである。以前「十四代」の場合もそうだった。今回は、「来福」という酒が、福をつれてやって来た。先般外国旅行帰りのおり、遅い時刻の到着便ゆえに泊まった成田のホテルの夕食の席に、店長お勧めの酒として、これがあった。一口飲んで、これは何という酒だ、こんな日本酒があるのかと衝撃を受けた。舌の上で微細な泡がはじけるのか、シュワッとした渋みのような刺激がある。上品な香りが漂う。フルーティですっきりと甘く、軽ろやかでありながら、しっかりした主張がある。ビンを持ってきてもらって、酒造の名と住所をメモした。何のことはない、茨城県の酒だ。

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2005/07/22

小沢征爾、今年も水戸でやってくれた

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 小沢征爾の音楽を生で聞けるのは、水戸に住むものの特権であると、小沢の水戸来演のことをブログやHPに書くたびに、くりかえしてきた。毎年1度か2度、水戸室内管弦楽団の指揮にやってくる。今年もその時期が来て、昨日(05/7/21)から3日間定期演奏会が開かれている。彼はサービス精神旺盛である。みんなに音楽を楽しんでもらいたい。しかしコンサートのチケットの入手は難儀である。そんな事情を小沢はよしとしない。今年は新企画がおこなわれた。昨日、コンサートの初日、会場から1kmほど離れた、千波湖畔にある芝生の広場に大スクリーンを置き、コンサート会場の中継をしてくれたのだ。事前申込は必要だったが、無料である。主催者の予想を超えて、4千人が集まった。

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2005/07/16

NINAGAWA 歌舞伎『十二夜』

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 今月の歌舞伎座公演は蜷川幸雄演出のシェークスピア劇『十二夜』である。大の蜷川ファン、多少の歌舞伎ファンとしては必見である。果たして、というより、大々的に予想を上回って堪能させてくれた。これぞ、観劇の醍醐味。商業演劇の世界で、古典的なものに新鮮な息吹を与えて観るものを魅了し、演出の妙を示してきた蜷川。他方、たいそうな伝統を世代伝承のなかで守りつつ、新しいスター性のある役者を生み出して、芝居好きを惹きつけ続けた歌舞伎。この二つの世界が見事な共同作業で、古いシェークスピア(沙翁)を、新しい装いで産み直してくれた。本家のシェークスピアや、英語圏のシェークスピア劇ファンが見たら、これがシェークスピアか、「十二夜」かと、たまげる出来映えだったのではなかったか。シェークスピアにしても、歌舞伎にしても、大衆演劇である。要は、観客を楽しませるもの。そのためのさまざまの趣向がそれぞれに違っても、基本は同じ。その点で共振し合い、予想以上の高みに達したといえる。それを可能にしたのが、主演の菊之助と芸達者な助演者たち、そして蜷川の演出と、歌舞伎座という大舞台だった。

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2005/04/10

映画「永遠(とわ)の語らい」

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 ポルトガルに旅をしたこともあって、にわかにポルトガルづいている昨今、評判の映画「永遠の語らい」を昨日観た。水戸芸術館で2週間後にあるファド歌手クリスティーナ・ブランコのコンサートの関連で、映写会をしてくれたのである(上記リンクはAmazon販売のDVD紹介)。

 観ながら、そして見終わって、なんとできの悪い映画なのだろうと、期待していただけにがっかりした。それが第一印象である。しかし、くりかえし思い直してみると、現在96歳で現役のオリヴェイラ監督が、2003年に作り、ヴェネチア映画祭に出したこの映画で、何を言いたかったがだんだん分かってきた。西欧人が今、イスラム世界起源のテロリズムに出会っての衝撃、理解不能をそのまま描写したかったのではないかと。

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2004/12/03

小沢征爾 second time this year in 水戸

 今年は小沢征爾が2度も水戸に来てくれた。前回のことは7月8日にここに書いた。水戸室内管弦楽団の定期演奏会。この楽団の音楽顧問として、年に1,2度来てくれる。こんな機会に恵まれるのは、水戸在住の特権だ。今回は「オール・モーツアルト・プログラム」で、交響曲36番「リンツ」や協奏交響曲(K.364)など。楽団も小沢が来ると、ふだん以上にいい音を出している。さすがだ。小沢のモーツアルトはいかにも楽しげな演奏で、大いに楽しめた。今日から3日水戸芸術館で演奏会。地元だけではなく、首都圏から、わざわざやってくるクラシックファンが多いようだ。この滞在期間に、前回と同じく「子供のための音楽会」をする。さらに今度は小沢の発案で、北越の震災被災者を慰問のため、6日には新潟県長岡で、予定のなかったコンサートを開くという。「世界の小沢」だが、日本のこと、特に若い人の育成にとても力を入れている。

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2004/10/03

光る風船の漂う広場

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          (画面をクリック→拡大画像)

 昨日(04/10/2)夜、水戸芸術館広場で、光る風船のイベントがあった。White Base(平野治朗ほか)のGINGAと題するライト&サウンド・インスタレーションである。芸術館の広場を約800個の浮かぶ風船で埋め尽くす。それぞれに豆電球が入っていて、おぼろげに光りながら、地上1メートルくらいを漂っている。広場の各所や風船のいくつかにスピーカーが設置されていて、幽玄な音が出ている。ただそれだけなのだが、ふだん見慣れた広場の様子が一変し、鬼火が燃えているような、祭りで提灯を持つ人が無数に歩いているような、不思議な雰囲気であった。東京やNYで、あるいは地方都市でやって来たものらしい。水戸では夏の間、カフェ・イン・水戸と称する行事が、芸術館と市内各所で開催され、アートずくのである。

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2004/09/02

香月泰男展@水戸

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シベリア抑留生活を、独特の表現で描き続けた香月泰男(かづきやすお)の没後30年を記念する大規模な展覧会『香月泰男−〈私の〉シベリア、そして〈私の〉地球』が、水戸に来ている。よく知られている「シベリア・シリーズ」は、全点を所蔵している山口県美術館ですら、一度に全部を展示できない。その全点を含めて、戦前の作品、戦後のシベリア以外の作品を含めて、おもちゃや陶器まで、170点が展示されている。圧倒されるような充実感だ。じっくり見るなら3時間はかかる。

 立花隆は、この香月に特別思い入れがあり、長年にわたり書いてきた香月論を『シベリア鎮魂歌−香月泰男の世界』と題して出版したばかりであるが、そこで、香月の「シベリア」は画集で見るだけでなく、実物を見るべきと言っている。なるほど、見てみると分かる。木炭を混ぜて厚く塗り固め、さらにその上に色を載せた絵画は、レリーフのように立体的凸凹感があり、さらにその質感は、実物でなければ到底味わえない。

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2004/08/19

蜷川演出のシェークスピア劇「お気に召すまま」

 蜷川幸雄演出の演劇を一度なまの舞台で観ると、出演者のを意のままに動かし、何か奇抜な仕掛けもして、原作のもともと持っていたもの以上を引き出して見せてくれる、この人の演出力の虜になる。これまでの蜷川演劇の常連でない若手を使っての新演出は、どう見せてくれるか特に興味をそそられる。炎熱ともいえるカンカン照りのアスファルトの道を歩いて観に行ったのは、さいたま芸術劇場でのシェークスピアの喜劇「お気に召すまま」である。

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2004/07/29

自分をはかる2択問題

ALLABOUTGEORGE.comDe rigueur cultural concurrence indexes.(「文化傾向あぶり出しテスト」とでも訳すか)は面白い。まねして自分もやってみよう。黒白のはっきりする2択問題を自分でたてて、自分で答えるゲームである。少し例を挙げると、

犬か猫か。私は犬。
Macか、PCか。Mac。
赤ワインか、白ワイか。白。
フェルメールか、レンブラントか。フェルメール。
シューベルトか、モーツァルトか。モーツァルト。

といった具合である。様々なジャンルの2択問題を立て、それに答えることで、自分の趣向と生活上の好みを表明する。紹介したブログには、150もの設問がでている。半分程度は、アメリカ事情と最近の文化を知らないため分からない。自分で設問を立て、自分で答える、このやりかたを、真似してやってみた。設問の範囲はどうも月並みだ。よろしければ、あなたもやってみてください。コメント欄にでも、ご自分のブロッグにでも。

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2004/07/28

奥さんを亡くし「体の半分なくなった」と吉田秀和

音楽評論家の吉田秀和はずっと書き続けてきた朝日新聞の「音楽展望」を休んでいる。90歳にもなったのだから無理もないのだが、その元気な姿を水戸芸術館のコンサートでは見かけている。つい先日の小沢征爾指揮の水戸室内管弦楽団の定期演奏会でも、毎回指定席のように決まっている中央後方寄りの席に白髪で品のいい姿を見せていた。なぜ休筆しているのだろう、と思っていたが、今日の朝日新聞夕刊に近況を書いている。昨年11月に奥さんを亡くし、「いまは体の半分がなくなったよう」な気持ちで過ごしているという。

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2004/07/23

宮本亜門演出「ドン・ジョヴァンニ」の奇抜さ

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 何かやってくれるだろうと期待半分で観に行った宮本亜門演出の二期会オペラ「ドン・ジョヴァンニ」は、想像を超えた奇抜さだった。オペラ好きの常連(年配者が多い)は、たまげたのではなかったか。ドンファン伝説をもとに、モーツアルトが1787年にオペラ化したこの「ドン・ジョヴァンニ」は、これまでもいろいろな解釈で上演されてきた。宮本は、場面を現代、それもテロで破壊されたニューヨークに移し替えた。舞台全面は倒壊したままの瓦礫の街である。ドン・ジョヴァンニはテロリスト。物語の発端で主人公にたまたま殺された騎士長が、テロの犠牲者に擬せられる。その棺には星条旗がかけられる。アンモラルな主人公を追いつめ、最後に撃ち殺すのはアメリカの軍隊、という設定である。ラスト、「悪人の末路はこの通り」と明るく唄って幕になる場面では、大きな星条旗が中央高く掲げられ、舞台に立つ全員が星条旗の小旗を振る。アメリカ的正義の勝利を称えているのではない。むしろ痛烈に風刺しているのだ。

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2004/07/22

二期会「ドン・ジョヴァンニ」を観に東京へ

 暑い。特に東京は熱せられたフライパン状態らしい。こんな時に行くものではない。とはいっても、半年も前に買ってある高価なチケットを無駄にするわけにはいかない。いつもなら前後にいろんな用事をつけて出かけるのだが、今回は最短の滞在にすることにした。夜の講演開始に間に合うように上野に行く。終演後は多少涼しかろう。四谷の東京宅までたどり着いて一泊。朝のうちに東京を発って水戸に戻る。

 二期会のオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を観るためである。宮本亜門が新演出をするという。人並み程度のオペラ好きである。特に数少ないモーツアルトのオペラは好きである。「フィガロ」「魔笛」。何度も観ている。去年プラハへ行った。そこで初上演されて、喝采を浴びたという、この「ドン・ジョヴァンニ」も是非みたい。

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2004/07/08

小沢征爾 in 水戸

 小沢征爾が水戸にきている。水戸室内管弦楽団の定期演奏会(58回)の指揮をとるためだ。年に1度か2度、この楽団の指揮を欠かさず続けてくれている。水戸市民としては、世界の小沢が、こんな地方都市に律儀にやって来てくれることをありがたく思う。小編成だが、この楽団のレベルはとても高い。総監督の吉田秀和、指揮の小沢が声をかけて、選りすぐりで編成されている。オーボエの宮本文昭、フルートの工藤重典など、名手がメンバーとなっている。潮田益子など、弦楽器には女性の優れた弾き手がそろっている。

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