2010/12/02

深町純の死

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 純が亡くなった。突然の死だった。心臓の動脈解離(動脈の層構造が剥がれてしまう)が原因とされる心嚢血腫(心臓を包む袋の中に出血)で、22日夜、寝ているうちに突然死してしまった。葬儀で会った純の妹、エリによると、一週ほど前に、視界が真っ暗になるという予兆があったらしい。その時に診察を受けていれば、死を避けることができたかもしれない。彼の死で失ったものが大きいだけに惜しまれる。病院嫌いは親譲りなのだろう。彼の父も病院嫌い、医者嫌いを通し、何か訳の分からないままに自宅での死を迎えた。私の叔父に当たるこの父親の死についてはここに書いた。純とこの父親についても話題にしている。

 彼は稀代の反逆児だったから、自分の葬儀などまっぴらごめんというところだらう。しかし、遺族や周辺の音楽関係者にはそうはいかず、この葬儀となったようだ。弔辞の中で友人が語っていたことによると、彼はこのところ「カドが取れて」丸くなったというから、それでいいよと言っているかもしれない。日本基督教団の目白教会で葬儀が行われた。その場所は、純にとっても無縁ではない。幼児の頃、その教会の近くに住んだ。母親の通った教会であり、自分も教会付属幼稚園に通った。日曜学校にも出たことがあっただろう。その教会に、多くの音楽関係者や彼のファンが集まり、彼の死を悼んだ。彼の棺に花を手向け、彼との最後の別れを惜しむ人々の列は、1時間以上に及んだ。親族ゆえ最初に献花をすませ、そのまま会場の外に出てしまったあと、久しぶりに顔を合わせた姉弟たちと四方山話するために寄った近くの喫茶店の窓外を、ひっきりなしに弔問を終えた喪服の人たちが通り過ぎるのを見た。

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2010/09/23

深町純ピアノコンサート

 右の欄の「最近のコメント」にみどりさんという方が、深町純のピアノコンサートの予告を書いてくださった。本エントリにタイトル付きで掲載しておこう。

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はじめまして、突然ですが私のプロデュースで深町純クラシックピアノソロコンサートをご案内します。

鎌倉「きよこ」
10月16日15時スタート
10月17日14時スタート

両日ともに限定40名様チャージ5000円
ショパンを中心にシューマン、バッハを弾きます。
芸大受験の時よりも真面目にお稽古しています。
いつものライブより緊張しています。
「きよこ」は江の島と沈む夕日の見れるとても素敵な場所です。
たくさんの方に初めてのクラシックコンサート応援していただきたくご案内差し上げます。
お問い合わせはメールアドレスまでお願いします。
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2009/04/23

野町和嘉写真展・『聖地巡礼』

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  【『霧の中の沐浴』写真展チラシから転載】

 野町和嘉の写真展『聖地巡礼』を見た(東京都写真美術館、09/3/28-5/17)。野町が、35年にもわたって撮り続けているテーマは一貫していて、過酷な自然の中での人々のたくましい生きざま、特に彼らが超越者に依り縋り、祈り、献身し、救いを求める姿である。今回の展覧会では、この1,2年インドのガンジス川(現地語では「ガンガー」)を、上流から下流まで、そして雨期の増水時期にも出かけていって撮影した新作と、これまでのアフリカ、イスラム、アンデスなどの作品とをまとめて展示している。過去の写真展や、数多く出版された写真集などで見たものもあるが、壁一面の巨大サイズを含む大小のプリントの迫力はさすがだし、何よりテーマの訴求力には圧倒されてしまう。

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2009/04/16

ネモフィラの丘

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 【画像をクリックすると、拡大画面がポップアップします】

 国営ひたち海浜公園に、この時期、ネモフィラの花で覆われる丘がある。はじめて行ってみたが、なかなか見事である。北海道・網走に近いあたりにシバザクラで知られる丘が1,2カ所あり、訪れたことがある。あれほどの華やかさはないが、ライトブルーに染まった丘も清々しくて好ましい。

 ネモフィラは、花壇の花としてこの頃よく見かけるようになった。ルリカラクサ(瑠璃唐草)とも呼ばれるらしい。ネモフィラの名は、「林を愛する」の意味だという(ここ)。フィロソフィア(知を愛する、哲学)と共通する語源を持つ。

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2009/03/26

『バオバブの記憶』、本橋成一の新作映画と写真展

 タイトルの映画と、本業の写真家としての同じタイトルの写真展を見た(オフォシャルサイト参照)。

 アフリカの巨木バオバブの樹形を見ると、

 「一本一本、みな違うかたちをしている。その幹に刻まれた模様は人と動物、虫たち、そして大自然と五百年も千年も付き合ってきた記憶なのだ。
 ついこの間まで人間も地球上の生きものたちと同じ時間の流れの中で生きてきた。いつからだろう。人間だけが走り出してしまったのは・・・。バオバブの記憶に聞いてみたくなった」。

 本橋成一は、映画の制作意図をそのように書いている(映画解説パンフレット)。また同じパンフレットで、バオバブの樹そのものだけでなく、「暮らしの中のバオバブを撮りたかった」と話している。そうして見つけたのが、セネガル共和国の首都ダカールから東へ100キロほどのトゥーバ・トゥール村だった。

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2009/03/09

怪我の功名

 このブログの読者で、タイトルを読めない人はまさかいないと思うが、最近えらい人でも読み違える人がいるらしい。念のために書いておこう。「けがのこうみょう」と読む。「カイガのこうみょう」とか。「けがのコウメイ」ではない。

 さて、一月ほど前、「とうとう主夫役を」を書いた。その後の経過報告をしようというのが、今日のテーマである。妻が肩を痛めるというアクシデントがあり、主夫役をしぶしぶつとめることになった。その後「仕方がない」から「面白いじゃないか」へと変わってきた。妻は「しめしめ」と思い、私が「楽しみ」、夫婦ニコニコして台所仕事や庭仕事にいそしむ。これぞ「怪我の功名」ではないか、というわけである。

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2008/11/12

ハンマースホイ展を見る

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 夏頃からだったか、東京の街のあちこちで、この絵を入れたポスターを目にするようになった。惹き付けられるものがあった。10月最後の日曜日、東京国際文化会館小ホールで開催されたコンサートに出たあと、夕食までの時間が空いたので、友人夫妻とともに、向かい側の国立西洋美術館へ入った。時間つぶしが理由だったが、ポスターで目にしたあの絵とその仲間の絵を見たいとの念願がやっとかなった。デンマークの画家「ハンマースホイ展」である。

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2008/10/30

しばし東京にて芸術の秋

 7日間ほど東京にいた。ブログの書き込みのできないネット環境だったので、こちらも、サブの「雑記帳」も、空き家状態にしてしまった。iPhoneから「雑記帳」のブログサイト:Bloggerに、写真やテキストを送ることができるソフトがあり、それを試してみたのだが、うまくいかなかった。書き込んだのだが、届かなかった。ゆくゆく何とかこなしたいと思っている。

 7日間、あれこれのスケジュールがずっとあった。うまく繋がっていたともいえる。連日、日によっては二つ三つの用件があったりして、充実した1週間だった。絵の展覧会二つ、コンサート一つ、写真仲間との撮影会一つ、アップルストアで技術相談の予約取り1回、本番1回、あれこれの友人との会食四回、夫婦での外食数回などであった。忙しく時間を過ごしたので、東京に出たときの恒例である、書店でゆっくり時間を過ごしたり、カメラやパソコンなどの新製品を見に行ったりという機会がなかった。

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2008/05/14

薬師寺展を見て

 薬師寺の日光、月光菩薩が東京にお出ましと、話題になっている(薬師寺展)。大和古寺・仏像好きとしては見逃せない。行ってみたが、いささか違和感があった。人が多すぎる。博物館とはいえ、イベントかなにかの雑踏に紛れて、単なる見せ物を見ているような感じである。本来の信仰の対象としての神秘性が消えてしまっている。美の対象としての鑑賞も、この場の雰囲気ではままならない。仏像は、仏への信仰のあるなしに関係なく、その本来の場所で見るとき、心に響いてくるものがある。古来多くの人が、それぞれ必要としている救済を希って、祈りをささげてきた、その厚みをひしひしと感じる。長年にわたりこの仏を仰ぎ見てきた人々の思いに共感して、その眼差しを想像しながら見上げることができる。それがここにはない。押し合いへし合い入場してすぐに、これは駄目だと感じた。仕方がない、群衆に交じって、見せ物として見てみるかと考えた。

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2007/09/05

常ならぬ日々

 年とってくると、日々は平穏に過ぎていく。それに慣れてしまう。だからここ1週間、夫婦二人して、東京で、それぞれの展覧会に参加となるとおおごとである。その顛末、私の、にわか独りもん生活、そして誘われてmixiなるものをはじめたことなど、とりとめなく書いておこう。

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